第18話
欠伸を噛み締めながら始業式を終え、あっという間に下校の時間になった。普段なら明るさの中に夕暮れの気配を感じるけれど、今日は特別。まだまだ太陽がギラギラと容赦なく照りつける時間に帰れるとあって、学校全体がそわそわしてる感じがした。
朝は何の苦にも思っていなかったリュックが心なしか肩に重く圧し掛かる。せっかく頑張ったのにお預けとは。手にぶら下げたシューズ袋をもてあそびながら駐輪場へと向かう。
「あれ?
僕の自転車の前で何だか不自然に一人で立っていたのは他でもない木下だった。とたんに心臓が跳ね上がる。もしかして。
「あ、先輩!」
「こんなとこで、なにしてんの?」
木下はクラス替えで別々になってしまった友達を待っていると言っていつものように笑った。わざわざ駐輪場で待つなんて、女子はよく分からない。直接クラスに行けばいいのに。グループの人数が多いから何となくここを集合場所にしてるんだろうか。学年が違う木下の交友関係などさっぱりな僕は、そうなんだ、とだけ答えた。
「先輩こそ、今日部活ないのにその荷物どうしたんですか?あ、間違えたんでしょ?」
「自主錬だよ!」
何故か僕はこの後輩に主導権を握られがちになる。本気なのか冗談なのか判断がつかないから余計にかき乱されて醜態を晒すことになることが多い。今もまんまと見透かされ、意地になっている僕を木下は可笑しそうに見ていた。惚れ薬の効果を確認しようにもこんな調子で、色っぽい話の糸口を見つけられないままとりあえず様子を見る。
「先輩、いい匂い。今日も消臭剤持ってるんですか?」
木下が自転車の籠に入れてあったシューズ袋を掴み上げた。あの日は計画を実行するために入れていただけで当然今日はリュックの中に忍ばせている。まずい。
「あれー、入ってない」
「母さんが勝手に入れてただけだし、今日は持ってないよ」
ごめんよ母さん。
「後輩にあんなのこと言われてちょっと恥ずかしかったしなー」
からかった仕返しと母さんへの罪悪感を込めて木下に視線を送る。
「えっ?」
一瞬木下がしょげた顔になった気がした。しかしすぐさま反撃にあい今度はマザコンとまで言われ、意地になって否定しまた笑われた。それでも最後には「自主錬頑張ってくださいね」と、労いの言葉をかけて見送ってくれた。彼女の友達は結局姿を見せなかった。
照りつける夏の日差しから逃げるように自転車を走らせ、約束の公園に着いた。豊かな緑だけが取り柄みたいな田舎の公園では、たくさんの木がさわさわと風に身を委ね、茂らせた葉を揺らし、ゆったりとした時間が流れていた。木陰に自転車を停め、暑苦しい制服からジャージに着替えて
さっきの木下の反応をどう解釈すればいいのだろう。
草の上で胡坐をかき、真っ白な雲を目で追いながら駐輪場でのやり取りを振り返ってみた。いつもと変わったところはなかったし、顔を赤らめるとかそんな素振りは全くなかった。多少気になることもあったけれど、惚れ薬を使ったことが頭にあったし僕が自意識過剰なだけかもしれない。
そんなことを考えていると、突然ある言葉を思い出した。
「あいつ、僕のこといい匂いって言わなかったか?」
やっぱり駐輪場で待っていたのは本当に友達だったのか?しばらく話してたけど一人も合流してこなかった。それにたまたま友達を待ってたにしては、正確に僕の自転車の前にいたし、どうもでき過ぎている気もしてくる。信じていいのかな。
ふいに視界の隅で影が増えた気がした。
「
顔を上げると航太が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます