第20話

部屋で筋トレをしていると、スマートフォンが鳴った。画面にはチャット形式のSNSのアイコンが表示されている。誰かからメッセージが来たらしい。周りはこのアプリをほとんど入れていて、僕も中学生になってからスマートフォンを買ってもらい、ひかるに教えられて始めた。見ると、木下きのしたからだ。一応陸上部の後輩にも聞かれた何人かにはアカウントを教えたが、実際に連絡が来るのは試合後や大きなイベントがある時くらいで頻度は低い。僕は正座した。


あかり:「明日は練習ありますよ!消臭剤も忘れずに~」


僕はスマートフォンを投げた。なんて色気のない内容だろう。「先輩、大事な話があって・・・」くらいのことが書いてあると期待して開いたのに。なんで木下にしたのか。やっぱりおばあさんにからかわれているのか。そんな上手い話あるはずないんじゃなかろうか。このままだと疑心暗鬼になりそうだ。とりあえず、簡単に返事をかえそう。


柳瀬:「知ってるよ!今日だって忘れてないし」


数秒で返事が来る。


ピロリンッ

あかり:「ほんとですかぁ~?」


こいつは、本当に・・・。


柳瀬:「だから今日は自主錬のためって、さっきも言ったじゃん」


ピロリンッ

あかり:「そんなにムキにならなくても、ちゃんと分かってますって♪」


それからしばらく他愛のないやり取りを続けていたけれど、いつもと変わらない言葉ばかりが積み重なっていく。甘酸っぱい台詞を言ってくれるのを今や遅しと待っているのに。いつになったら僕の青春は始まるんだ。こうなったらこっちから仕掛けてやる。だって木下は僕に惚れているんだから。


柳瀬:「部活ない日とか何してんの?」


ヘタレなんて言わせない。こういうことは慎重にいかなくちゃ。


ピロリンッ

あかり:「んー、友達とだべるか筋トレですかねー?」


柳瀬:「何だよ、男子かよ!遊びに行ったりしないの?」


ピロリンッ

あかり:「友達も部活やってるし合わないんです!帰りに寄れるとこもないし、田舎だから。」

ピロリンッ

あかり:「てか短距離はウェイトも大事なんですからね!」


なかなかの反応が返ってきた。この勢いで・・・いくか。


柳瀬:「えっ、じゃあ休みの日一緒に行く?大会も終わったし」

柳瀬:「熱心なのはいいけどほどほどにな」


できるだけ自然な流れになるようにさらっと返したかったのに、何度も消して読み直して、ぽっかりとおかしな間ができてしまった。今送ったら意味ありげになるかな、なんて考えてドツボにはまる。丸出しの下心をどう受け取ったのか、木下の返事もさっきの勢いはどこへやら。

あぁ、やっちゃったかな。


ピロリンッ


あかり:「2人でですか?いいですよ!」


柳瀬:「よし、決まりな。今週末とかどう?」


平静を装って、何気なく返信を打つ僕の指は、少しだけ震えていた。

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