第21話

僕は久し振りに休み時間を図書館で過ごした。何となく落ち着きたい時やぼんやりしたい時、1人になりない時は決まって図書館へ行った。

本を読むことは嫌いじゃないし、むしろ好きな方かもしれない。現実から離れて物語の世界に浸っていたいから、出来るだけ主人公が自分と全く違うタイプの、ファンタジー小説を選んで読むことが多い。

そしてもう一つ、僕が図書館へ足を運ぶ理由は、ピアノの音が聞こえてくるからだ。中庭を挟んだ向かいの棟にある音楽室から休み時間には必ずと言っていいほど、耳に心地よい音色が届いていた。手慰みに弾いてるようなガチャガチャしたものではなくて、穏やかに淀みなく弾いているような印象があった。僕は1年生の時からそれをBGMに本を選んだり、時にはぼーっと空を見たり、うたた寝したりするのが結構好きだった。

しかし今日はピアノ音を楽しむ余裕はなかった。閲覧席の窓際に陣取って昨日の木下きのしたとのやりとりを思い出して、不安が大きくなっていたのだ。事を急ぐあまり自分の経験値の低さを全く考慮に入れず、漫画の主人公よろしく謎の無敵感で約束を取り付けてしまったことに、言い知れぬ恐怖すら感じていた。相手は木下だ。いつも通り話せば問題はないはずだ。でも、惚れ薬を使っているとなれば向こうは僕に、少なからぬハートマークのついた視線を送ってくる。そこに生まれる男女の空気を僕は知らない。どうやって対処すればいいのか。先輩だし男だし、主導権を握るべきはきっと僕なんだと思う。あぁ、ますます憂鬱になってくる。

僕はしばらく頭を抱えた。文字通り、両手でがっちりと頭を抱えた。

どれくらい経ったか。深く深く深呼吸をする。だめだ、考えろ。ここはイメージトレーニングをして来たる週末に備えるんだ。

僕は図書委員が見知らぬ生徒だという事を確認すると、普段読まないような恋愛小説を手に、意を決して貸出カウンターへと向かった。



放課後、部活が終わると航太こうたは用事があるからと足早に帰っていった。

「あんなに急いで、用事ってなんだろう?」

「さぁな。俺らも帰ろうぜ」

予期せずひかると2人で帰ることになった。

そういえばがっつり話せるのは久し振りだな…。

僕は夏休みからずっと気になっている事を聞きたい衝動に駆られた。3人の時に聞かなきゃいけないってこともないし、別に航太がリーダーだなんてこともない。話してくれるのを待とうと言っていたけれど、僕らが聞いてくるのを待ってる可能性だってある。光なら女の子と遊びに行く時の心得を知ってるだろうから、その辺も聞きたいし。僕は色々な言い訳を並べて、航太への罪悪感を振り払い、思い切って口を開いた。


「光さ、夏前に言ってた子とはどうなの?いい感じ?」

出来るだけフランクに、何気なく。そんな僕とは全く相入れない空気が、光の表情に一瞬だけ現れた気がした。しかし次の瞬間には悪戯が失敗してしまったとでも言うような困り顔で笑い、頭をかきながら僕の質問に答える。

「俺、チャラいからかなー?振られちった!」

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