第22話
予想もしない言葉に僕の思考は突然止まった。急に口が乾いていく。強烈な浮遊感。僕はジェットコースターに乗っているかのような、いやそれ以上の今までに感じたことこない、あの浮遊感に似たものが僕の腹をたった今通り過ぎていった。
こんなに運動神経がいいのに?
こんなにいい奴なのに?
あの光が、無理して笑ってる?
「おい、なんつー顔してんだよ!」
いつものように大げさに僕を小突き回し、ゲラゲラ笑った。
「いや、あの、ごめん、知らなくて…」
「だって言ってないし。なんか辛気臭くなったら嫌だし…って、この世の終わりみたいな顔するなよ〜。むしろそれ俺!」
しどろもどろになる僕を責めることは微塵もなく、いつもの明るい光だった。でも、僕がさっき感じた違和感が頭を離れない。
ちゃんと整理がつく前に聞いてしまったのではないか。ただただ光の傷をえぐってしまったのではないか。あの時僕らを信じて、告白することを打ち明けてくれたのに。友達失格だ。
「も〜、晴人ってば!」
泣き出さんばかりに意気消沈しその場に立ち尽くしていた僕は、いつの間にか引きずられるようにして小さなスーパーの駐輪場に来ていた。
光に促され、中に入ると僕らはトイレの近くにあるちょっとした休憩スペースに座って無料の水を飲みながら、しばらくぼーっとしていた。制服姿の2人を横目でうかがうおばさん達を見るともなしに見て、やたら冷たい水を味わった。
「なんか大騒ぎしてごめん。本当にびっくりしてさ」
「少しは落ち着いたかい?晴人くん」
「ありがとう。本当はこっちが気にかけてあげなきゃいけないやつだよね、これ」
自嘲気味にこぼれた僕の言葉に、光が一転真面目な顔になって黙り込んだ。その横顔がなんだか最高にカッコよく見えて、どうしたって勝てないなと思った。それにしてもコロコロと表情が変わり、急に何も言わなくなって正直ちょっと面食らっていた。とにかく待つしかないかなとイケメンを眺めていると、おもむろに口を開いた。
「心配してくれてたんだな。俺ってば自分のことばっかで、ごめん」
そして、こんな結果になってしまって流石に誰とは言えないけれど、きっと驚くだろうこと、ちょっと照れながらそれでも気持ちを伝えずにはいられなかったことをゆっくりと話してくれた。僕と航太に打ち明けた時「いい感じ」なんて言ったけど、実は見栄を張ってしまったからで、本当は件の女の子とは何回かしか喋ったことのないことを聞いて心底驚いた。
芸能人みたいに感じていた友人は今、僕の隣で汗をかいてヨレヨレになった紙コップを持って爽やかに笑いながら叶わなかった恋の話をしている。
「変な言い方だけど、なんかホッとした。光も女の子の扱いに四苦八苦してるんだな」
「も?」
「え?」
光がじっと僕の顔を見る。そしてニッと口角を上げた。
「晴人も、好きな子とかいんの?」
不自然なほど「も」に力がこもっていた。光に相談したい気持ちが無意識に出てしまったのか。惚れ薬を使って青春を謳歌してるところだなんて言えるはずがない。でも話を合わせて好きな子がいると言ってしまうと、じゃあ誰が好きなんだと聞かれる。それも困る。
「いや、別に好きな子はいないけど、その、彼女欲しいなとは思うから、なんていうか光は僕みたいにつくしじゃないし・・・」
「つくし?なんじゃそりゃ!」
光は盛大に笑った。ちょっとからかっただけだと言って、しばらく腹を抱えていた。あんなに真剣に自分の失恋話を語った後とは思えないけど、自分の状況と比べると遥かに純粋で、少し良心が痛んだ。でも、半分は本気で相談したかったし経験のなさに悩んでいたからそんなに笑わなくたっていいじゃないかとも思った。僕は運動も勉強も中途半端なもやしっこ君として過ごしてきたけど、光は小学校の時からきっと人気者だったに違いない。僕は注目されたいとは思わない。ただ、中学生男子の誰もが抱く希望を叶えたいだけなんだ。
「そんなに笑うなよ、光」
「ごめん、ごめん。急にもやしとか言うからさ~」
「いいよ、帰ろう」
僕らは冷え切った身体で自転車を押して歩いて帰った。再びしょんぼりしている僕に光は女の子と話すコツを教えてくれた。自慢話はしないとか、後輩と話す時みたいに自然に話せば問題ないとか、光なりに色々気を遣って励ましてくれた。
「なんかあったら隠さず相談しろよ?ま、説得力ないけど!ほんじゃまた明日~」
軽々と自転車にまたがり手を振る光の背中を見送った。学校からほんの30分の間に何度も感情が大きく揺れ、僕は頭がパンクしそうだった。
そして僕は振り返らずに自転車のペダルを思い切り踏み込んだ。
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