第23話

週末。僕は木下と映画館にいた。デートといえば映画館、映画館といえばデート。それは僕の中の揺るぎない真実だ。しかしお小遣い制の中学生には少し高い。電車で30分かけて市街地に出ないといけないし、映画館のポップコーンも「そんな馬鹿な」と思うようなアミューズメントパーク価格。青春するためには必要な出費と割り切って売店へ足を向けると、木下に呼び止められた。

「先輩、あたし買ってきますよ!何にします?」

「いいよ、僕が誘ったんだし。ポップコーン食べる?」

「やだ太っ腹~。でも先輩が買うならそれ食べるんで大丈夫です!」

木下はおどけて言った。図々しい奴と笑いそうになるが、待てよ。映画館で食べると、いつも観る方に集中してしまって余るのが常だ。半分ずつ食べるなら無駄もないし、何よりもデートっぽくていいじゃないか。僕は飲み物を2つとポップコーンを1つだけ買った。



「それにしても、本当にこれでいいの?」

「何か問題でも?」

「いや、いいならいいんだけど」

今日観る予定の映画のポスターの前で僕は思わず立ち止まった。

木下を誘ったあの後、週末の予定を決めようと、僕からは「洋画が観たい」という要望だけ出してみた。木下も賛同してくれたので、何を観るかは彼女に任せることにした。そして前日だった昨日、3つの候補が送られてきたのだが、田舎だからなのか木下が天邪鬼なのか、ちょっとマイナーなラインナップだった。しかも僕が苦手なホラーが2本。夏だし邦画は怪談物が多いだろうと踏んでわざわざ洋画って指定したのに。とは言えホラーだから嫌だと言うのは恥ずかしいし、今後部活でからかうネタを提供するようなマネは避けなければならない。それに何だかんだせっかく探してきてくれたのに今からまた別のものをというのはさすがに申し訳ないという気持ちもあった僕は、しぶしぶ残りの1本を観ようと返事をした。予想に反して木下の反応はすこぶる良くて少しホッとしたけれど、よくよく聞いてみると日本人の俳優も出ているらしく、その人がお目当てという単純な動機だった。内容はというと、主人公がミステリアスな少女に恋をするというもの。ここまでは良いのだけれど、その少女と付き合うためにはたくさんの元彼と戦わなくてはいけないんだとか。恋愛なのかアクションなのかコメディーなのか、とにかくデート向きじゃない!というのが僕の本音だ。まぁ木下とならこれくらいが調度良いのかもしれないなどと自分を納得させてきたものの、ド派手なポスターを見ると色気を求める心の中の僕が「いいのか?」と囁いてくる。本当に、いいのか。


「先輩。これそんなに観たくないですか?」

「え?あ、いや。そういうわけじゃ・・・派手なポスターだなと思っただけだよ」

「このパンチがいいんですよ〜!」

木下の表情がパッと明るくなった。

女の子の気持ちを盛り上げること。これも光から教えてもらったコツの一つだ。後輩とはいえデートのお相手と思うと緊張するけれど、僕に好意を持っていることは間違いない。それが気持ちの余裕を与えてくれる。向こうは僕を好きで、楽しい時間を過ごせるしこっちもいい経験ができてどっちもハッピー。お互い損はない。


木下が僕の手から甘いキャラメル味のポップコーンを一粒取って口に放り込む。ニッコリとこちらを向いたその顔は、とても幸せそうだった。

恋する乙女というのは、こんなにも可愛い顔で笑うのか。

そしてこの笑顔の先にいるのは、他の誰でもない、僕なのだ。

今までに感じたことのない優越感に浸りながら、指定されたスクリーンへと急いだ。

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