第3話

木々が青々として、1年生の専門も決まり部の雰囲気に馴染んできた頃。

その日の練習メニューが発表されると、余裕の表情を見せる3年の先輩と初めての内容にざわつく後輩。そして僕ら2年生は忘れていた1年前の初々しい記憶を引っ張り出していた。


「今日は部内記録会に当てる。専門を問わず全員同じ距離を走ってもらう。ただしフィールド競技は幅跳び以外やらん。他のフィールドは秋口か冬休みにやるからそれまで待っとけよー。」


それぞれ専門によって反応が違うのが面白い。

「1000mやだー!」

「50mの新記録を出すのはこの俺だ。」

「幅はいいなぁ・・・。」

陸上部はリレー以外全て個人競技で、短距離、中・長距離、幅跳びや砲丸投げなどのフィールド競技のような大きなブロック分けはあるけれどそこに強い連帯責任のようなものは生じない。学年の差もあまりなく、男女の差もメニュー量の差はあれ、専門が同じであれば同じ練習時間を共有する。そのせいなのか、田舎の平凡な陸上部だからなのか、上下関係がおおらかだ。他の部活の友達が、1年は靴下の長さがこれ以上で色は白じゃなければ先輩に目をつけられるんだと嘆いていたが、陸上部は各々が思い思いのシューズや靴下やウィンドブレーカーで過ごしていた。僕はこのおおらかさや距離感も含めて今では陸上が好きだ。ペアを組んだりチームで闘う競技に比べて、結果が記録となって自分に返ってくる。ほぼ100%の濃度で。風向きや天候以外に自分の試合を左右するのは自分とライバルたちだけだし、この身一つが頼りだ。シンプルだからこその繊細さが、面白い。



短距離部門は50m、300mと100mハードル、中・長距離部門は1000m、そしてフィールド部門が幅跳びだ。

「専門に関わる者はそれ以外の奴に負けるな。もちろん専門じゃないからって手を抜くな。瞬発力、柔軟性、持久力、この3つはどんなものにも最低限必要な要素だ。・・・頑張った奴には、帰りにアイスを買ってやるぞ!」

「「よっしゃあ!」」


去年は言われるがまま必死にやって、散々な結果だった。

でも今年は憂鬱ではない。ほんのちょっとの自信と、どのくらい記録を伸ばせるのかというワクワク感が僕の中にあった。


「晴人、勝負しねぇ?」


あらかた準備が終わった頃、谷川たにかわひかる青柳あおやぎ航太こうたが嬉々としてやってきた。

同学年で同じ長距離だった僕らは自然と3人でつるむようになった。

光はお洒落で明るく、友達も多い。そしてモテる。部活でもムードメーカーで面倒見がいい、時期部長候補の筆頭だ。専門が同じライバルであり友人であり色んな面で憧れの存在だ。ただ、きっと今回のゲームは光の提案に違いない。航太は一見堅物そうにみえるけど、話してみるとちょっと抜けてて冗談も通じる気さくな奴だ。こんな遊びにも付き合ってくれる。3000mの選手で長距離ランナーにしては筋肉質でがっしりしているが硬派な印象と相まって、女子からの人気が以外に高いという噂だ。


「勝負って、1000mで?そんなのやらなくたって、僕が負けるよ。こないだのタイムトライアルも・・・。」

「でも上がってきてんじゃん?それに勝負するのは50m。航太が有利な気もするけど、ただ走るんじゃつまんないし。」

「おい、なんかペナルティがあるのか?」


僕は光がにっこり笑うその顔を見て、全てを悟った。

「さすが航太くん!お察しの通り、罰ゲームがありまーす。」

負けられない戦いが、こんなところにも、ある。

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