第43話

毎年参加している隣町の駅伝大会まで、二週間を切った。

大きな大会ではなけれど部員みんなで電車に乗って行くからか、なんだか少しイベント感が増すし、中長距離の見せ場でもあるから僕は結構この大会が好きだった。実をいうと、僕が一人で切符を買って電車に乗ったのは去年一年生で参加したこの駅伝の時だった。小学生の頃は遠くで遊ばなくても友達の家へ行ったり外で秘密基地を作ったりするだけで十分過ぎるほど楽しかったから、親の車での送り迎えで全て事足りていた。そんなわけで電車とは無縁だった僕は「電車で現地集合」と聞かされただけではまだピンときていなくて、当日の朝券売機を目の前にして初めて、どうやって買うのか分からず内心パニックになっていたことを今でも鮮明に覚えている。あの時僕に気づいてこっそり教えてくれたのはひかるだったっけ。

今日のメニューは三kmのタイムトライアルだ。今回のタイムを参考に駅伝のメンバーと大体の走順が決まる。男女別々に一本ずつ走って、それぞれ一区から五区までの正規メンバーと補欠を合わせた七人が選ばれる。男女混合のチームのレースはないから、多くて男女二チームずつくらい。バトンを使ってリレーする短距離と違ってトップスピードで入ってくるわけでもないから襷の練習はほとんどなく、明日以降また駅伝に向けた練習に戻っていく。ただ二チームだからといってのんびりと構えられるわけではなくて、タイムが良かったメンバーから単純にAチーム、Bチームと振り分けられるので、専門種目の部員たちはAチームに入りたいと思うのが当然で、自然と気合も入るのだ。

全体のアップが終わったら、まずは男子から。その間女子部員たちはタイムの計測や記録をとってくれる。

「タイム計るって言われるとやっぱ緊張するね」

晴人はるとは緊張しぃだからな~」

「光ってなんでいつもそんなリラックスできるの?」

「・・・ん~、余計なことは考えない、かな!」

微妙な間があった。迷ってたとかじゃなくて、いつもなら航太こうたが冷静に何か言うタイミングなのだ。僕らの会話に三人セットのリズムが知らないうちに染み込んでいたことに最近気づいた。だから二人で話していても何となくテンポがズレたなと感じることがあって、理由はハッキリ分かっているけど口には出せない。特に光は、たぶん気が付いているけど気づかないふりをしているんだと思う。航太は、どうなんだろう。

秋の気配はすっかりいなくなり、冬が顔だけ出したような季節の境目の肌寒い日だったけれど、僕らは半袖半ズボンになってスタート位置に立った。隣には光と、同じ専門の後輩がいた。航太は一番端に陣取って真っすぐ前を向いている。

「いくぞー、よーいスタート!」

顧問の高橋先生の号令を合図に、一斉に走り出した。

コースは校舎の周りをぐるっと三周走るもので、少しでこぼこした土の場所やコンクリートの駐車場を横切ったりする。テニスコートの横なんかも通るから、他の部活の人にも走っているところを見られるけど、その辺はあまり気にならない。むしろたまに声援を送ってくれる同級生がいたりして、僕は格好悪いところを見られたくないからやる気が出る。

二周目も半分くらいに差し掛かると、だんだんと集団が縦長になり上位陣が絞られていく。去年はここでトップ争いからは脱落し、Bチーム入りとなってしまった。今年こそはなんとしてもAチームに。僕は上位集団の後方でなんとか食らいついていた。

そしてラスト一周。じわじわとペースが上がっていく。光も航太もしっかりと付いている。いよいよラスト半周まで来た時、先頭を走っていた部長がスパートをかけた。それにつられるように皆がグッとギアを入れる。僕も今出せる全速力でスパートをかけた。目の前には航太の背中がある。ゴール直前、ほとんど気力で航太の横に並んだ。その横顔は、やっぱりカッコよかった。

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