第27話

「いいなずけ?」

「このご時世に古臭いと思っただろ?でも本当のことだ」

頭が混乱してきた。許嫁って要するに婚約者ってことだろ?あの堅物の航太こうたに、しかも相手は榎原えのはらさん。悪いけど、信じられない。

「おい、お前ら!早く帰れ!」

生徒指導の先生が校門の方から僕らを怒鳴りつけた。辺りを見回すともう僕ら二人以外誰もいなくなっている。光のこともすっかり忘れていたし航太と微妙な空気のまま話を切り上げ、慌てて駐輪場へ向かった。

光は健気に待ってくれていた。この頃すっかり肌寒くなってきたせいか、ポケットに手を入れ肩をすくめていた。

「早くしてよ~!風邪引いちゃうだろ~」

「ごめん、ごめん」

急いで光に駆け寄ろうとすると、航太が僕の腕を掴んだ。

「さっきの話は、他言無用だぞ」

耳元で早口にそれだけ言うとパッと手を離し、何事もなかったように自分も駆け出していった。その日の帰りはいつにもまして聞き役に徹していた。



翌日の休み時間、僕は図書館に行った。しかし、今回は落ち着くどころか裏目にでてしまった。雑音は本に吸い込まれ、生徒もほとんどいない。混じりけのない静けさの中で、かえって頭は航太の言葉でいっぱいになる。振り払おうとすればするだけ繰り返され、もはや無限ループだ。

許嫁だって?僕らまだ十四歳だぞ?そしてなにより時代錯誤も甚だしいじゃないか。一字一句、嫌と言うほど思い出してみてもどうしても信じられなかった。あいつが何でそこまでして榎原さんから僕を遠ざけたいのか別の理由は思いつかなかったけど、色恋沙汰には興味のなさそうな航太がこんな嘘をつくとも思えないけど、僕の中でどうしても納得ができない。そりゃ僕らみんな女の子が気になるお年頃だし、航太だって例外じゃないんだろうけど、想像ができない。どうしても。すまん。

一人悶々としながら閲覧席を占拠し、再び頭の中から昨日の光景を追い出そうとした時、遠くでピアノの音が聞こえた。図書館に来ると必ずと言っていいほど聞こえるあのピアノ。

「まさか・・・榎原さん?」

何度も聞いていたはずなのに、誰が弾いているのか気にしてみたことはなかった。しかし今、確信した。勉強も、部活も、そしてピアノも抜群にできる榎原さん。何故今日まで彼女の名前が出てこなかったのか逆に不思議なほどだ。そして同時に、僕はとんでもないことを思いついた。

聞きに行こう。航太とのことを。

学年のマドンナに取り巻きは付き物だ。だからクラスにいる時に聞くのは至難の技。でも今の僕が航太の言葉を信じられない限り、その真意を確かめる方法はただ一つ。もう一方に聞くしかない。これまでの経験上、図書館に聞こえるあの音色は途中で途切れることはなく、集中して弾いているのだと思う。つまり取り巻きの子から声をかけられたりお喋りしながらじゃなく、一人で弾いている可能性が高い。聞けるとすれば、今しかない。これは行けと言われているのと同じだ。

迷いなく図書館から飛び出した。ここ最近の階段事情を知り尽くした僕は、その知識を駆使してできるだけ知り合いに会わないように、安全なルートを選んで目的地を目指した。怪しまれないように、ちょっと急いでいます、くらいの速度を保ちつつ最大限の小走りに努めた。しかしいざ音楽室が見えてきた時、僕の中にほんの一瞬躊躇う気持ちが出てしてしまった。するとみるみる足が動かなくなって、先ほどまでの勢いがぽろぽろと剥がれ落ちていく。立ち止まりたい気持ちを堪え、必死に自分を鼓舞した。

行かなくちゃ。航太を信じるためにも。

僕は重くなった足で最後の一歩踏み出し、そっと音楽室を覗いた。


「んっ?」

そこにいたのは、榎原さんではなかった。


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