第25話
早速用事のない休み時間を利用して、予め当たりを付けていた静かな廊下へと急いだ。制限時間は二十分。ただ、帰りの時間も考慮して五分前には切り上げて教室に戻らないと。授業に遅れて悪目立ちはしたくない。
僕は常に右手が相手とすれ違うように、左手で壁を触りながら歩いた。ポケットに突っ込んだ右手はピンクの小瓶を握り締め、いつその時が来てもいいようにポンプの部分に人差し指を添えて、女の子を待った。
五分後。
今日のここは思ったより人がいてダメだ。早々に見切りをつけて別の場所へ移動する。一箇所で粘るって無駄に怪しまれないように、候補はいくつか考えてある。そんなところも抜かりはない。
次の場所は理科準備室のある廊下。そのつきあたりに理科室があるのだけれど、何故か少し暗くて人気があまりない。でも準備室の正面におあつらえ向きな階段があって、そこからこの廊下に来ることができる。それが狙いだった。僕は理科室の正面に陣取った。そこもつきあたりになっていて、右に曲がると渡り廊下と一年生の教室がある。僕のいる廊下からは死角になっているから、二人きりになれる確率が上がるのは良いのだけれど、逆もまた然り。油断すると確実に目撃されてしまうというリスクもあるのだ。僕は靴紐を結び直したりしながらそちらにも気を配りつつ時間を稼いだ。先生も生徒も来ないのをいいことにここでは少し粘ってみる。窓から中庭を眺めてみたり、窓に映った自分を見ながら髪をいじってみたり・・・そろそろネタがつきそうになったその時、階段を下りて来る足音がした。
話し声が聞こえてこないところをみると、恐らく一人でいる。僕は曲がり角の先まで戻り、何食わぬ顔をして理科室の方へと角を再び曲がった。すると案の定一人の女子がこちらに向かって歩いていた。廊下には僕ら二人だけ。
チャンス。
上履きにはいったラインを見ると僕と同じ緑色だった。同じ学年ということは、知っている子のような気もするけれど、パッと名前が出てこない。たぶん違うクラスだ。向こうも何の反応もないし、同じことを考えているのかもしれない。目立つ女子達のグループって感じでもないけれど、かと言って凄く地味な感じでもない。ちょうど中間、僕みたいなポジションといったところか。
では改めてお顔を拝見。うん、悪くないかな。
僕は練りに練った作戦を実行に移した。
名無しの緑子さんの右手と僕の右手が出会うように歩いていく。お互いに前を向いていて、存在は目の端に確認しているのに、決して目は合わない。親しくない人間同士の絶妙な距離感を保ちながらどんどん近づいていく。そしてすれ違う瞬間。僕はすかさずポケットから小瓶を引っ張り出し、ピンク色の惚れ薬を二吹き。リレーのアンダーパスからバトンを受け取るように素早く小瓶を握り締め再びポケットの中へ。彼女のどこにかかったかは分からない。でも確認する必要なんてないのだ。明日か明後日か、向こうからアクションが来るのを待っていればおのずと答えは分かるのだから。
緑子さんは僕の顔と名前を知っていた。地味な委員会だったから忘れていたけれど、1年の時同じ栽培委員だったらしい。はにかみながら声をかけてきた彼女の耳は、トマトみたいに真っ赤で、ちょっと可愛かった。
「あの、良かったら、これ!私のケータイの、書いてあるから・・・じゃっ!」
そう言って顔までトマトそっくりになりながら、黄色っぽい紙を僕に押し付けんばかりに渡すと、脱兎の如く自分のクラスへ帰っていった。中を開くとチャットアプリのIDとメールアドレスが女の子らしい丸っこい字で書かれていた。
木下の時より緊張もしなかったし、余裕のある対応だった。こんなに簡単に女の子の連絡先が手に入るなんて。
僕はにやけるのを必死に堪えつつ、家に帰ってから彼女に送る文面を早速考え始めていた。
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