第49話
「あ、その・・・・こんにちは」
半端な挨拶を返す僕を通り過ぎ、
「あら、あなた天野さんといったかしら?ごきげんよう」
「こんにちは」
やっと挨拶を交わした二人だったが、はるかさんは笑っているけどぎこちないし、東堂さんに至っては全く笑っていなかった。当然と言えば当然か。
「柳瀬くん、ちょっといいかしら」
有無を言わさぬ口調で僕を一瞥し、歩き出す。ついて来てということだろう。はるかさんに待っててもらうよう声をかけ、後を追う。通行人の邪魔にならないような近場のカフェの軒先まで来ると、彼女はこちらに向き直った。
「先約って、あの子のことだったのね」
「テストと大会が終わったタイミングでって、前から誘われてて」
「大会?」
「部活の駅伝大会です」
「・・・そうでしたの」
東堂さんが悔しそうな顔をする。グレーのロングコートに身を包み、黒タイツのスラっとした足が伸びていた。低めのヒール、上品なファーのついた手袋。今日も大人っぽくて思わず見惚れてしまう佇まいだ。そんな彼女の笑顔を奪ったのは。
「最近、しつこく聞いてこなくなったと思っていたけれど、それもあの人が関係しているの?」
ポシェットから取り出したのは、あの桜色の惚れ薬が入った小瓶だった。
「いや、それは・・・」
僕は動揺した。正直に言うと忘れていた。あの小瓶を落としてから
「分かったわ」
東堂さんが握りしめた小瓶を見つめながら、ぽつりと言った。
「え?」
「私がいつまでも持っているとご迷惑でしょう。お返しするわ」
「いいんですか?」
「おかしなことを言うのね。元々あなたの物でしょう?」
そう言うと、少しだけ微笑んだ。
しかし次の瞬間にはまた厳しい顔に戻り、動けないでいる僕の腕をつかんで無理やり小瓶を握らせた。東堂さんと僕との接点だった小瓶を。
「そんなもの、なくったって・・・」
彼女はくるりと背を向け、早足に去って行った。
どんどん小さくなり人ごみに消えていく東堂さんの背中を見つめながら、しばらく立ち尽くす。何か月かぶりにこの手に戻ってきた小瓶がやけに冷たかった。
言葉では言い表せない何某かを感じつつ、すっかり待たせてしまっているはるかさんの所へ戻った。
「すみません、お待たせしちゃって」
「ううん。もういいの?」
「はい」
唐突に沈黙が訪れる。はるかさんは僕らの様子を見ていただろうか?だとしたら、それを見て何を感じたのだろうか?僕にそれを聞く勇気はないけれど。
「腹、減りましたね」
「そうだね、何食べよっか?」
ちょっと気まずい空気は流れたものの、何事もなかったかのように二人並んでまた歩き出した。
それにしても、今まで東堂さんとは色んな所へ遊びに行ったけれど、ミス・パーフェクトのあんな悲しげで悔しそうな顔を見たのは初めてだった。ショッピングモールのゲームコーナーでマリカーして負かした時だって、悔しそうだったけど、なんか違う。さすがの僕もそこまで鈍くはない。東堂さんはきっと僕に好意を持ってくれていたんだ。たぶんあの桜色の惚れ薬を使って。ただの落とし物としか捉えていないだろうと油断していた。罪悪感が押し寄せてくる。
そうこうしているうちに駅前のファストフード店へ着いた。やはりお昼ど真ん中を避けた甲斐あって、席もいくつか空いていた。レジで注文を済ませ、番号札を持って四人掛けの席につく。
「そうだ、これまだ渡してなかったですね」
「本当にもらっちゃっていいの?」
「もちろん」
はるかさんは目を輝かせて、袋の中をのぞき込みパンフレットを眺めている。しかし出して読もうとはせず、大事そうに隣の椅子に置いた。
「見ないんですか?」
「だって、せっかく
ほどなくして店員が二人分のハンバーガーを運んできた。はるかさんの考察を聞いたり僕の大会の話をしたり、何だかんだと会話は弾み楽しい時間は過ぎていった。
一緒に頼んだドリンクもあらかた飲み終わり、一息ついている時だった。
「晴人くんさ、東堂さんと知り合いだったんだね」
「まぁその・・・落とし物を拾ってもらった縁でというか」
「そうだったんだ」
「はるかさんは、別のクラスとかですか?」
「同じクラスだけど、私あんまり友達いないから」
「は、はるかさんとはちょっと違うタイプですもんね!」
「ごめん、気遣わせちゃったかな?」
今日二度目の気まずい空気の中、ここぞとばかりにトイレに行き、そそくさとトレーを片付けて店を出た。その後は腹ごなしに駅ビルでウィンドウショッピングをすることにしたが、女性向けの洋服屋でどこを見ていればいいのかお手上げ状態で、曖昧な答えを返すしかできずに挽回の機会を活かせぬまま、この日のデートはお開きとなった。
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