詠那の脇とタオルとキス

 




 目が覚める。


 部屋の反対側の地面に、青白く光る魔法陣が見える。

 部屋の壁や地面は、ゴツゴツした茶色い岩だ。


 そうだった、今は強くなる為の訓練中だった。



 詠那はベッドの上で身体を起こした。茶色い髪に、少し寝癖が付いている。



「ふわぁ~……。あ、神宮」



 隣りのスライムの部屋に行くと、神宮は布団に包まれたままぐっすり寝ていた。


 詠那は、神宮の寝顔を見て微笑み、そしてまたベッドのある部屋に戻った。

 そして、魔法陣の上に立つ。

 身体がしびれるような不思議な感覚があった。



「これで魔力が充てんされるんだっけ。一体どんな仕組みなんだろう」



 数秒で、詠那の魔力は回復した。

 なんとなく、身体が軽くなる。


 魔法陣を出ると、ベッドに座って自分のアイテム袋をチェックした。

  火、水、風、土、回復の魔石は数個あるが、ライトで使ってしまった光の魔石はあれ1つだけだった。

 貴重な魔石だったので、あの時使うのを少しためらったのだった。



「次の訓練は単純に身体動かす系がいいなぁ。ヒナとサリアが心配だし、早くクリアーしないとね」



 詠那はぴょんと跳ね上がるように立ち上がった。



「さて、バカ真咲を起こしにいくか」






 詠那に拘束具を解かれた神宮は、魔法陣の上に立ち、魔力を回復させていた。



「おぉ、なんだこれ!」


「不思議でしょ」


「うん、異世界ってやっぱり不思議だなぁ」


「あれ、神宮、目の下に隈できてるけどよく眠れなかったの?」



 それは色々な意味で君のせいだよ、安曇野……



 魔力を満タンにし、装備を整えると、休憩部屋の奥にある次に続く扉を開けた。



 扉の奥は、すぐに階段になっていた。

 壁に備え付けられたランプのおかげで薄暗くはあるが、灯りに不便することはない。


 階段を上り切った先にまた扉があり、そこを開けると、第2ステージの始まりだった。



「うわぁ、広い」



 そこは、広い空間に、巨大なアスレチックコースが設けられていた。

 バランスが必要な細い通路や、進路に立ちはだかる絶壁など、天然の洞窟を改造して作られているようだ。

 コースのゴールと思われる広い空間の反対側の壁には、次の部屋に続くであろう扉があった。



「これはまるで、某テレビ番組のサス……」


「あ、神宮見て」


「え、どうしたの?」



 詠那が指さした壁には、


『第2階層では魔法使用禁止』


 と、書かれてあった。

 詠那が望んだ通り、本当の体力勝負のステージのようだ。



「よっしゃ、やったるかぁ!」



 そう言って詠那は半そでシャツの袖を肩のところまで捲った。

 詠那の白いにの腕が露わになる。

 そして、髪の毛をポニーテールに束ねる時、綺麗な腋がチラッと見えた。


 もちろん神宮がガン見である。

 しかし、目の前のアスレチックに興味津々な詠那はそんな神宮の視線に気づかずに目を輝かせていた。



「さぁ、行くわよ神宮!」


「あ、う、うん」



 最初は、川にある飛び石のように数本並んだ柱の上を飛んでいくアトラクションだった。

 柱の上から地面には3メートルくらいの高さがあり、落ちると登って来れず、入り口の階段があるところまで戻ってくる仕組みになっている。


 詠那は細い身体で軽く跳ねて簡単にクリアーしたが、高所恐怖症の神宮にとっては早くも難関だった。



「あ、安曇野、ちょっと待って……」


「もう、置いてくわよ?」



 詠那はスイスイと進んでいく。

 神宮は1つ1つ確かめるように飛んでいく。

 基本的に落ちたらダメとなってるこの施設は、どこも高所(神宮的には)になっており、ただでさえ体力のない神宮にはとてもキツイ訓練だった。


 詠那は、神宮が最初の方の綱渡りで手こずっている頃、詠那は中間地点の給水ポイントに辿り着いていた。

 ここでは、湧き水を飲むことが出来る。


 詠那は、湧き水を両手で汲み、口に運び、喉を潤した。



「ぷはぁ! やっぱ運動の後の水は美味しいわね、神宮、早くおいでよ」


「はぁ、はぁ、待ってよ」



 詠那がいる給水ポイントに辿りつくには、まだ遠い。

 給水所手前には、前半最後の難関、絶壁崖上りがある。



 神宮は、なんとかこの絶壁の前まで辿りついた。



「神宮、もう少しよ!」



「うん!」



 神宮は崖をよじ登った。

 しかし、腕力がなく、落下。

 尻もちをついた。



「いてててて」


「神宮!」



 上から聞こえる詠那の声。

 見上げると、冷たい水が上から降ってきて、神宮の火照った顔を冷やしてくれた。

 詠那が、上から湧き水をかけてくれたのだ。



「もうちょっとよ、頑張って」



 上からガッツポーズをする詠那。

 これはまさに……、運動部だけが味わえる、爽やかな青春!


 神宮に力がみなぎり、再び絶壁に挑む。



 この崖を登り切れば、詠那が「お疲れさま」と言って白いタオルを渡してくれて、その後、キス!



 神宮は、モリモリと崖を登って頂上に辿りついた。



「やるじゃん」



 詠那の白いタオルもキスもなかったが、達成感はあった。



「じゃ、あたし先に行くから」


「え?」



 そう言うと、詠那は給水所から飛び降りて次のポイントへ向かっていった。



「はぁ……ちょっと休も」



 お疲れさまのタオルとキスをお預けにして、体力勝負は後半戦に突入する。

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