隣りで寝息をたてて眠る詠那





 サルバの砦には、ヴィジョン(映像を送ったり出来る魔法)で、鳳来とサリアの拘束の事実、タージェンが黒い月の盗賊達にボコボコにされている映像と、タージェンの身代金、その身代金の取引を魔法剣の使い手の少年が行う事、等の要求が収録されていた。



「なんだ、魔法剣の使い手の少年というのは」



 領主ファリプが憤りながら言った。



「神宮真咲の事だと思われます」



 ガ―ディスが答えた。



 サルバの砦では、幹部達が集められ、緊急会議が開かれていた。



「身代金がタージェンの分しかないのは何故だ?」


「あの少女2人は返さないつもりだろう」


「卑劣な奴らめ」


「しかし、何故あの少年を指名してきたのだろうか」



 タージェンは、神宮の事を思い浮かべた。

 確かに不思議(色んな意味で)な少年だが、他に何か秘密があるのだろうか。



「奴らの要求など飲むことはない。力で殲滅させる」



 幹部の1人が言った。



「しかし、まだ黒い月のアジトは判明していない。それに、むやみに襲撃すれば鳳来達に危険が」



 ガ―ディスが反論した。



「そんな甘いことを言っていられる状況じゃない。それに、あの盗賊達が約束を守るわけはないだろう。身代金とあの少年を奪われ、タージェンは殺される。それで終わりだ」


「くっ!」


「今までは単なる盗賊だったが、こうなってきてはもう黙っていられない。ファリプ様、援軍を要請しましょう」



 幹部の提案に、ファリプは少し顎をさすって考え、そして言った。



「うむ、わかった。すぐにアルテナに使いを送ろう」


「よし、我々も準備だ!」



 幹部達はすぐに会議室を出て行った。


 ガ―ディスだけが1人、会議室に残っていた。





「鳳来……」



 ガ―ディスの握った手がガクガクと震え、爪が食い込んだ手の平から血が滴り落ちた。



 ガ―ディスは何かを決意したように、会議室を飛び出した。











「くらえ! ファイナルクラッシュ!」



 と、神宮が勝手に名付けたただの振り下ろしで、馬男の腕を切り落とした。



「よし!」


「油断しちゃダメ、シールド!」



 詠那のシールドの魔法で、馬男の斧を防御した。



 第2階層のボス戦では、回復、補助魔法以外は禁止されていた。

 間違って使ってしまうと、また巨大アスレチックをやり直しだ。



「ありがとう安曇野、よし、一気に決めてやる。いくぞ、ショックウェーブカタストロフィー!」



 神宮は無駄に大袈裟な技名で通常攻撃を放ち、とうとう馬男を倒した。



「やったぁ!」



 喜び飛び跳ねる神宮に、詠那が微笑みかけた。



「少しは強くなったようね」


「フフフ、見直したかい?」


「はいはい、調子に乗らない」





 ボスを倒し、次の部屋に進むと、そこはやはり休憩所になっていた。

 魔力回復の魔法陣は同じだが、ベッドが寝袋になっていた。

 しかし、その代わりに、パンや水など少量の食料が置いてあった。



「パンがあるじゃない! おなか空いてたんだぁ」


「そう言えばなにも食べてなかったね」



 神宮と詠那は、パンと水を分け合って食べた。

 パンのほのかな甘みが、身に染みる。




 久しぶりに口にした食べ物で忘れていたが、神宮は今、詠那と2人並んで、身を寄せ合いながら、壁にもたれて体操座りをしている。


 少し身体を動かせば、肌と肌が触れあってしまう距離だ。


 神宮はチラリと詠那の方を見る。


 透き通る白い肌、艶やかな唇、シャツの上からでもわかる胸のかたち、それらが全て手を伸ばせば触れられる距離にあるのだ。



 神宮は考えた。



 この距離なら、キスや胸タッチなど、1撃なら必ず成功するだろう。

 その後、どれほど強力なカウンターが返ってこようと、代償として全てを受け入れよう。


 もうこれで立ち上がれなくなってもいい、そんな覚悟で神宮は決死の1撃を放つ決意をした。



 しかし、どこを狙おう。

 チェリーの神宮にとっては、どこを触っても初めての経験であり、とても尊いものである。




 うーん、やはりここは……、キス!




 そうだ、やはりファーストキスと言えば思い出に残るもの(安曇野はとっくに経験済みだろうが)だし、やはり最初はキスから入るものであろう。



 それが、日本人が大切にする礼節というものだ。




 そして、神宮が意を決したその時、とんでもない事に気づいた。





 安曇野が、寝ちゃってる。





 詠那は、壁にもたれたまま、そのままの姿勢で瞳を閉じて眠っていた。



 これは……千載一遇のチャンス!



 うまくやれば、初手に続き、2手、3手と繰り出せる。



 もう一度確認する。



 単なるクラスメートである神宮が決して見る事の出来ない無防備な寝顔。


 微かな寝息。



 これは確実に……、





 いける!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る