ほろ酔いで交差する思惑





「安曇野ぉ、野宿は嫌だよぉ」



 神宮は詠那に泣きついた。



「さわらないでよ! じゃ、明日ね、神宮。良い夢を」


「嫌だぁ、寒いよぉ、寂しいよぉ。僕を見捨てないでぇ」



「まぁまぁ、皆さん若いしいいじゃない、1部屋で仲睦まじくみんなでワイワイしながらさぁぁぁぁぁああああああ!?」



 仲裁に入ろうとした宿屋のオヤジは急に叫び出した。



「ど、どうしたんですか?」



 オヤジは、目を丸くさせて神宮の胸の辺りを見ている。



「も、も、もしや、帝国騎士団の方ですか?」


「まぁ、一応」









 神宮達は、宿屋の隣りにある、オヤジの自宅に招待された。


 何故か、宿屋よりオヤジの自宅の方が大きくて立派だった。




「これはこれは失礼しました、帝国騎士団の方だとは知らずに、お許し下さい」



 なんと現金なオヤジだろう。


 神宮の騎士団の紋章を見た瞬間に、手の平を返したように態度が変わった。




「若いのに帝国騎士団なんて、頼もしいわね。沢山食べてね」



 そう言って料理を作ってくれたのは、宿屋のオヤジの奥さんだ。

 ふくよかな、面倒見の良さそうな年配の女性である。


 事実、神宮達にも良くしてくれた。




 神宮達はダイニングルームに通され、丸いテーブルを囲んで奥さんの手料理でおもてなしを受けた。





 異世界の料理は変わっているものが多い。




 シチューの様な白いスープの中に、赤い卵と青い肉が串に刺してあるおでんのようなものが入っていて、その中央には謎のみどり色の触手が何本か突き立っている、闇鍋のような料理があった。



 サリア以外は皆、その見た目にやられている。



「どうしたんだい、食べていいよ」



 奥さんは、笑顔でそう言った。


 あんな屈託のない笑顔で言われたら、食べない訳にはいかない。




 神宮は、完全に白いスープから飛び出した触手の前にフリーズしている。


 仕方がないので、詠那は触手を1本抜き取ると、恐る恐る口に運んだ。



 神宮は、その光景を固唾を飲んで見守っていた。




 詠那は、触手の先を舌でペロっと舐めてみる。


 そして、その柔らかそうな唇で触手を咥えた。




 はぁはぁ……安曇野、君は触手プレイもイケるのかい?




「うん……イケる!」


「え、やっぱりイケるのかい!?」


「うん、美味しいよ!」


「あ、味のこと?」


「そうよ、他に何がイケるのよ、歯ごたえとか?」



 神宮は何故かガックリしている。


 そして、諦めたように触手を口に運んだ。



「あ、美味しい」


「そうでしょ?」



 触手に見えたものは、どうやら野菜のようだった。


 他にもサラダなどを食べてみて分かったのだが、異世界の野菜はとてもみずみずしく、美味しかった。


 見た目はヘンだけど。



「ささ、どうぞ」



 そう言って、オヤジは神宮にジョッキになみなみと注がれたビールを手渡した。



「い、いや僕は……」


「遠慮なさらずに、ほれほれ」


「がばばばば」



 神宮は無理やりビールを飲まされた。




 に、苦い……




「いい飲みっぷりだ」



 オヤジは嬉しそうである。


 詠那達女子はワインを飲んだ。



「皆さんは、どこの領から来られたんですか?」


「あ、サルバです」



 神宮は、ビールの白い泡に苦戦しながら答えた。



「なんと! あのファリプが?」


「そうそう、ファリプさんに任命してもらって。ご存知なんですか?」



 そう言えば、神宮達は異世界の領主がどのくらいの地位なのかイマイチ分かっていなかった。


 やはりそれなりに著名人的な存在なのだろうか。



「よく知ってるよ、あいつとは同郷でね、ホントはあいつなんて言っちゃいけないんだけど」



 オヤジは、ファリプとの子供時代を語り始めた。


 ファリプとの昔話をするオヤジは、とても嬉しそうに話し、気分がいいのか酒がドンドン進む。


 そして、それに伴って神宮も飲まされる。



「でも、あのファリプが帝国騎士団を出すとはねぇ」


「今までサルバの帝国騎士団はなかったんですか?」


「あぁ。あいつは変にこだわる所があってね。帝に使える者を生半可に選べない、ってことで今まで騎士団を持っていなかったんだ。まぁ、それでアルテナからは随分言われてたらしいが」


「それにしては簡単に神宮を団長に任命してしまったな」



 ワインを飲んだ鳳来はすでに頬が赤くなっている。


 いつも以上に目が鋭くなっている、っていうか目がすわっている。


 逆に、サリアはどれだけ飲んでも顔が変わらなかった。



「それだけあなたが素晴らしい方だという事ですよ」



 そう言って、オヤジは優しく微笑んだ。



「ささ、どんどん飲みましょ」


「あ、いや、ありがとうございます」



 それから奥さんも加わり、宴会は夜遅くまで続いた。







 ほろ酔いで赤くなった詠那は、触手をしゃぶりながら神宮の横顔を、獲物を狙う目で見つめていた。



 その詠那を見つめる目のすわった鳳来と、奥さんと楽しそうに話しをするサリア。





 神宮は、オヤジの酒に付き合うので一生懸命になっており、詠那の視線には気が付いていなかった。







 夜はまだ、長い。





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