支払いはスマートに
神宮が戸を開いたのは、トリル・バーだった。
ここでなら、呪いを解く情報も得られるかもしれない。
昼間っから飲んだくれる客たちの喧騒を分け、得意げにカウンターまで行き「呪いを解く方法を知りたい」と言うと、黒ローブのアジトの情報を売ってくれた男が話しかけて来た。
「よう、修羅のダンナ。あの情報は役にたったみたいだな」
「なんでそれを知ってるの?」
神宮にとっては、早くも消し去りたい黒歴史である。
「あんだけ派手にやりゃ、嫌でも目立つさ。帝国騎士団には珍しい、派手なタイプだな。ところで、奴らの正体はわかったのかい?」
「えーと……」
神宮は目を泳がせた。
神宮の中では、黒ローブの事などどうでもよかった。
とりあえず、この顔を早くもとに戻したい。
「ははは、それはまだ調査中さ。それより、呪いを解く方法を知っているの?」
男はガッチリとした輪郭の上に乗っている唇を緩ませて言った。
「あぁ、良い除念士を知っている。Y500でどうだ?」
情報だけでその値段……
しかし、某クリニックで顔を治すことを考えたら安いものだ。
神宮は躊躇わずに財布に手を突っ込んだ。
「あ……」
しまった、所持金が底をついていた事をすっかり忘れていた――
「どうした? この値段では納得出来ないかい?」
「いや……申訳ない、金を忘れて来た。ATMに行ってくる」
「えーてぃーえむ?」
修羅は、わき目も降らずにバーを飛び出した。
お金を支払おうとして所持金が足りなかった時の恥かしさといったらない。
「ちょ、修羅のダンナ?」
「どうしましょうか……」
詠那達は茫然と修羅の背中を見送っていた。
「まぁ、待ってればいいんじゃない? マスター、キャラメルマキアート」
詠那はマスターに注文をしながら椅子に座った。
「伊右衛門をくれ」
「じゃあわたしはトム・コリンズ」
3人はカウンターに腰かけて雑談を始めた。
ヘンな所でプライドの高い神宮は、焦っていた。
スマートにお金を払わなければ、カッコ悪い――
しかし、もうすでに今の時点でスマートでないという事実に彼は気づいていなかった。
神宮は急ぐ。
RPGだと、モンスターを倒して金を稼ぐのがセオリーだが、それは時間に余裕のあるゲームの中での話だ。
今は余裕がない。
すぐにお金を稼ぐとなれば……、道具を売る!
しかし金になりそうなものなんてあったっけ……
そして、神宮は視線を下に向けて自分の身体を見回した。
あ、あるじゃないか、高く売れそうなものが。
神宮は、勢いよく道具屋に駆け込んだ。
10分後、神宮は500ヤッホを調達して現れた。
「まいど。また頼むぜ、修羅のダンナ」
そう言って、情報屋の男はメモに書いて渡してくれた。
バーを出ると、神宮はほっこりした顔でメモも見つめていた。
もう、呪いが解けたような心持になっているようだ。
「ショルクの山村に住む除念士ラムさんかぁ。ここから北東の山だな、さぁ、ショルクを目指して出発だ!」
そう言って西の方を指さす神宮。
「ところで、お金はどうやって工面したの?」
率直な疑問だ、詠那が尋ねる。
「あぁ、ガーディヴァインを道具屋で売ったんだ」
誇らしげに言う神宮。
女子3人は固まった。
「売った……?」
「うん、5万ヤッホで売れたんだ、これで暫くはお金に困らないね」
ほくほく顔の神宮に対して、3人は青白い顔をしている。
「バ、バカなのか……?」
ガーディヴァインは、PRGで例えれば物語の終盤で出てくるような強力な武器相当だと言える。
確かに、神宮はこれまでの経験で強くなってはいるが、ここまで生き延びてこれたのは、ガーディヴァインの高い攻撃力に依るところが大きい。
しかも、神宮の強力な魔法剣に耐えられてこれたのは、名剣ガーディヴァインだったから、と言っても過言ではないのだ。
ガーディヴァインを失ったことで、これからは本当の実力で勝負しなくてはいけなくなった。
自ら無理ゲーを強いる神宮。
まさに、ドMの成せる所業である。
鼻歌を奏でながらスキップで進む神宮の背中を見て、詠那達はダークサイドに堕ちたような表情で後に続く。
絶望の中目指すは、山間部に位置するショルクの村。
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