対ガ―ディス戦

 




 ガ―ディスは、その身長ほどもありそうな大剣を、ほうきを持つように軽々と持ち上げ、上段の構えを見せた。


 神宮も負けじと、長剣を両手でしっかりと握り、構えた。




 互いに動かない。



 暫し、時間が止まったかのような空白。



 そして、ガ―ディスが口を開いた。




「お前は何故、このようなことをしでかした?」


「それは――」



 ――分からない。


 雛月に聞いてくれ。とは言えない、この状況で。


 とりあえず、こいつを倒して、領主を捕まえて、それからどうするんだ? 


 サルバの街を乗っ取るつもりか? 


 うーん、わからない。


 っていうか、何故、僕はこんなことしているんだ。


 そもそも、この超平和主義の僕は、脱走なんて望んでいなかった。


 安曇野とサリアと一緒に監獄プレイを楽しめればよかったのに、それがなんでこんな事に。



 うーん……


 あ、ヤバイ。


 ガ―ディスがこっち睨んでる。


 早く何か言わなきゃ。



 えーと、あーと、えーと、あぁー――  





「――世界を、救う為だ!」





 あたりは、静まり返った。


 深夜番組を見ていたテレビが突然切れたみたいに。


 あれ、もしかしてこの異世界は何かの脅威にさらされていなかった? 


 至って平和?





 沈黙を破ったのは、ガ―ディスの笑い声だった。


「ははは、まさか、同じようにイデアに殴り込みに行く気か?」


 そう言うと、ガ―ディスは大剣を地面に突き刺した。



「俺の負けだ」



「え?」


「トイレに行った時点で、俺の負けだ。やれやれ、お前らみたいな連中は初めてだよ」



 ガ―ディスはその場で胡坐をかいた。



「さぁ、斬れ」


「え、なんで?」


「正直、あの領主は気に食わんかったが、主は主。主を見捨てて自分だけ生き延びたとあっては、剣士としてぇぐはぁっ!!!」



 ガ―ディスが喋っている途中で、鳳来が刀の鞘で後ろから無慈悲な一撃を食らわせ、ガ―ディスを倒した。



「貴様の武士道、しかと見届けた。暫くそこで寝ていろ」


「もう、ヒナはせっかちなんだから」


 詠那とサリアが大の字になって倒れている大男を覗き込むと、ガ―ディスは白目を向いて気絶していた。さっきまでの威圧感がまるでない。



「こんな大男を一撃で倒しちゃうとは、やはり鳳来さん、ただものではないですね!」



 サリアは何故かものすごく嬉しそうだ。



「こんなことなら最初から鳳来がやっつけてくれればよかったじゃないか」



 神宮はブーブー言った。



「バカなのか? それではこの作戦がダメになってしまう」


「そんな、作戦なんて聞かされて――」


「行くぞ」



 鳳来は神宮の話を遮り、領主の寝室の扉を開けた。


 神宮はしゅんとして鳳来の後に続いた。







 領主の寝室には、中央に大きなベッドが置いてあり、そのベッドの上で領主ファリプが下品な寝息を立てていた。


 部屋の周りには立派な鎧や、謎のオブジェなど様々なものが配置されてある。ファリプの個人的なコレクションであろう。



 4人はベッドの周りを取り囲んだ。



「領主ファリプ、起きろ」



 鳳来が言った。


 起きない。


 もう一度、語気を強めて呼ぶ。


 ファリプがうっすらと目を開いた。


 ファリプは詠那、鳳来、サリアを見て言った。



「おぉ、ベイビーたち、今日はどんなプレイで楽しもうかのう、ヒヒヒ」



 どうやら、ファリプは寝ぼけてハーレムで美女たちに囲まれているのと勘違いしているようだ。顔がニヤニヤしている。



「なんか、あんたに似てるわね」



 そう言って詠那は神宮を睨んだ。



「い、一緒にしないでよ、こんな変態と」


「自分のこと棚に上げて言ってんじゃないわよ、このド変態が」



 詠那は神宮の頬をつねった。



「いててて」



 その光景を見て、ファリプは目を覚ました。



「お、お前たちは!? 鳳来、これはどういうことだ」


「どうもこうもない。牢を脱し、ここまで来たのだ。私は彼らの仲間だ」


「な、なにぃ!? ガ―ディスはどうした?」


「彼が倒した」



 鳳来は神宮を指さした。



「え、僕?」


「そ、そんな、まさか……他の兵は?」


「全員眠っている。皆、平和ボケし過ぎだ。もう少し鍛え直した方がいいな」


「信じられん」



 ファリプは諦めたように、両手を広げてベッドにもたれかかった。



「お前らの目的はなんだ?」


「この我々の力を示したかったのだ」


「なに、力?」


「そうだ。たった4人でサルバの砦を落してしまうほどの武力があるという事を領主であるあなたに証明したかった」


「証明してどうする」


「我々を、帝国騎士団に任命して欲しい」


「帝国騎士団に?」


「そうだ。そして隊長には、我々のリーダー、この神宮を推薦する」



 鳳来は、その細く白い指でビシっと神宮をさした。



「え、僕がリーダー? 隊長?」


「いきなり帝国騎士団の隊長にするというのか?」


「そうだ、この男は、ガ―ディスを倒したのだぞ? 申し分あるまい」









「帝国騎士団ってなに?」



 詠那がサリアに聞いた。



「主に、帝国直属の任務を遂行する為の部隊です」


「それって、すごいの?」


「そうですね、やはり特別な任務を与えられるだけあって、それなりに権限もあるます。それに、やはり強くなければ勤まらないので、ガ―ディスさんレベルの人がわんさかいますよ」



 詠那は、変なポーズでトイレに駆け込むガ―ディスの姿を思い出した。



「あんなのが沢山いたらたまらないわね」



 






「その為に、これだけの事をしでかしたというのか」


「あぁ、そうだ。強さを証明するには十分であろう? 多少強引でないと、このような提案は聞いてもらえないだろうからな」


「その神宮とやらが拘束されるのも計画の内だったというわけか」



 それは偶然だが、敢えて言うまでもあるまい。



「まったく」



 ファリプはため息をついて、身体を後ろにのけ反らせた。そして詠那、鳳来、サリアの顔を見た。



「その少年は騎士団に入れるとして、君たちはわしのハーレムに入るというのはどうだ? 騎士団と違って危険でないし、一生金にはこまらないぞ」



 ファリプはニヤニヤして両手でもみもみする仕草をした。


 鳳来は、凍てつくような殺気と共にスチャっと鞘から刀を抜いて見せた。鍔と鞘のすき間から鋭い光が覗いた。



「あああ、冗談だ冗談! わかったわかった」



 鳳来は刀を収めたが、視線は冷たいままだった。



「お前らの力は分かったが、何分実績がない。さすがに、実績がない者を帝国騎士団に任命する訳にはいかん」


「実績、どのような?」


「そうだな……こんなのはどうだ? 最近、盗賊団の黒い月が、私の領内でも悪さするようになってきておる。昨日、お前らが捕えてきた盗賊の仲間だ。こいつらを壊滅させたら、その功績を認めて帝国騎士団に任命してやろう。どうだ?」


「わかりやすいな。よかろう」



 神宮は、黒い月のメンバーとの闘いを思い出した。あんな凶悪なのがうじゃうじゃいる所に殴り込みに行くというのか。怖すぎる。



「契約成立、と言ったところだな。それでは、お前達は本日よりこのサルバの兵として勤めてもらうぞ」


「あぁ、承知した。物わかりの良い領主でありがたい」


「わしだって、伊達に領主はやっとらん。色々な人種を見て来たからな、わかる。では、とりあえず寝かせてくれ。わしは眠い。あと、この後始末は、朝までにしといてくれよ。わしの立場がなくなってしまう。それと、誰か1人、寝室の前で見張っててくれ。怖くて寝れん」



 そう言って、ファリプは横になって布団をかぶった。3秒後、またあの下品な寝息が聞こえてきた。



「さすがというべきか、度胸が据わっているな」



 ファリプの寝顔を見て、鳳来は一息ついた。



「ただの変態じゃ領主は勤まらないってことね。神宮、あんたも頑張るのよ」



 そう言って詠那は神宮の胸をぽんっと拳で叩いた。



「えぇ~」


「期待してますよ、真咲隊長」


 サリアはガッツポーズを作って笑顔で言った。


「隊長かぁ……」



 いいかもしれない、隊長っていう響き。








 神宮達は、手始めにガ―ディスを叩き起こし、その後気絶している兵士を起こしたり介抱したりした。





 なんだかよくわからないけど、兵士になっちゃったよ。



 しかも騎士団の隊長って。



 あ、でも、隊長になったら、隊員である安曇野達に命令できるのかな。



 あんなことやこんなことも……ぐふふふふ。







 神宮のいやらしい夢が広がる、異世界兵士ライフの始まりである。

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