ありがとう、縞パンツ






 除念士の家は、断崖絶壁の山肌の中腹にある、洞窟の中にあった。


 崖の前に立っている、ひと際大きな木を上っていくとそこに辿りつける。



「これを登るの……?」


 大木を見上げる。


 高所恐怖症の神宮にとっては、耐えがたい試練である。


「ほら、何してんのよ。先に行くわよ」



 スポーツ少女の詠那は、喜々として気を登っていく。


 この大木はリアル世界にはないもので、所々に突起があり、ボルダリングのように登る事ができる。


「これは面白そうだ」



 どうやっているのか知らないが、鳳来は木の幹を歩くようにして登って行った。



「ちょっとヒナ、ズルいわよ」



「勝負の世界は結果が全てだ」



2人は何を競っているのか、壁を這うGのようにすらすらと登っていく。



「真咲さん、行きましょう」



 神宮と地上に残っていたサリアが言った。



「あ、あぁ」



 サリアも樹皮の突起に手をかけ、木登りを始めた。



「大丈夫、下を見なければいいんだ。上だけを見て、登ろう」



 神宮が上を臨んだ時、動きが止まった。



「こ、これは……」



 神宮の目に入って来たのは、3人の、色とりどりのパンツだった。



 下から見ているので、遮るものは何もない。


 

 目を凝らせば、スジまで見えてくるようだ。



「これだ……」



 神宮はパンツに意識を集中させた。そうすることによって、下の地面を気にせずに済む。


 神宮は、上を見上げながら、突起に手をかけた。



「真咲さん、ファイトです」



 パンツを見られてるとは知らず、サリアは無垢な笑顔で神宮に微笑みかけた。



 ありがとう、サリア……の縞パンツ。 



 これなら、高さを気にせずに登り切る事が出来そうだよ。



 しかし、上ばかり見ていた神宮は、横から伸びている細長い木の枝に気が付かなかった。


 次の突起に手をかけようとした時、神宮のベヒーモスと化した下半身の突起が枝に引っかかり、強烈な刺激と痛みを与えた。



「はうぁ!!!」



 その衝撃で手を離してしまい、神宮はそのまま地面に落下した。



「バカなのか……」











 3度目の正直で、神宮は崖の洞窟まで辿りついた。



「ここか……」




 洞窟に入ってすぐのところに、天井から几帳のようなものがかけてあり、その奥は伺い知れない。



「すみません」



 神宮が声をかけるが、返事はない。



「ショルクの村長さんから手紙を預かって来ました」



 更に沈黙。


 几帳を捲ってなかに入ろうか迷っていたその時、奥から低い声が響いて来た。



「入れ」


「はい……」



 神宮達は、恐る恐る几帳を捲り、中に入る。


 洞窟の中は、それほど深くはなかった。


 地面には赤い絨毯が敷いてあり、部屋の奥の両端に置いてある長い燭台の上には、蝋燭が柔らかな光を灯して内部を照らしている。


 その左右の燭台の間に、長い白髪に、サンタさんを凌駕するほどの長く白い髭、その毛髪の間に見せる、皺が刻まれた皮膚と、鋭い眼球を持つ、1人の老人が座っていた。


 白いローブに身を包む姿は、まさに仙人といった風貌だ。



 間違いない、この人が除念士だ。





 除念士は、鋭い視線で神宮を見て、そして後ろにいる詠那、鳳来、サリアを見た。



「また、強力な念を持ってきたな」


「わかるんですか?」



 太古よりかけられた呪いと、大地の神の怒りである。


 強力に決まっている。



「顔を、見せてみろ」


「はい……」



 神宮は顔に巻かれた布を取った。この世のものとは思えないアホ面が姿を現す。



「やれやれ」



 除念士は、顔を歪めた。



「呪いは、解けそうですか?」



 神宮は、消え入りそうな声で尋ねる。



 除念士は、目を瞑ってなにも答えない。



 その雰囲気に、詠那達にも緊張が走る。



「後ろの女子たちには、外に出ていてもらおう」



 詠那達は、何も言わずに頷き、音を立てないようにひっそりと、洞窟の外へ出て行った。



 暫く、無言の時間が流れる。


 張り詰めた空気に、神宮はこめかみから汗が1筋流れた。



 やがて、除念士は口を開いた。



「その呪いは、とても強力なものだ」


「はい」


「長年、除念を生業にしてきた私でさえ、このような強力な呪いにかかった者を見るのは稀である」



 神宮は泣きたくなった。


 僕が一体何をしたっていうんだ……



「しかし、私になら解ける」


「ホントですか!?」



 神宮は身を乗り出した。



「あぁ。ただし、この除念は相当な労力を伴うだろう。それ相応の対価は支払ってもらうぞ」



 対価……


 除念の相場は一体いくらなのだろう? 



 5万ヤッホで足りるだろうか。



「あの、対価というのは……お幾らくらいになりますか?」



 ビビりながら訪ねる神宮。







「パンティーだ」







「は……?」





 突然、厳格な雰囲気を持つ除念士から飛び出したパンティーという単語を、神宮は理解できずにいた。




「お前が連れて来たあの女子3人分の使用済みシミ付きパンティーだ。それを手に入れれば、お前にかけられた呪いを解いてやろう」







 こ、こいつ……、変態だ……






 リアル世界ならとっくに逮捕され、晒しあげられる案件である。





 神宮が言えたことではないが。







 しかし、手段を選んでいる場合ではない。





 僕は、何が何でもこの呪いを解かなければならない……




「分かりました。だけど、あの女どもはとても凶暴なのです。上手くパンツを盗み出す事ができるかどうか……」


「それならば問題ない」



 そう言って、除念士は懐に手を入れて何かを取り出した。


 それは、茶色い小瓶に入れられた液体だった。



「強力な睡眠薬だ。今夜の晩飯にこれを混ぜれば、あとは容易い」





 こいつ、絶対前科あるよ……





 呪いを解いてもらったら、帝国騎士団団長として逮捕してやろう。




「分かりました」



 神宮は、睡眠薬を受け取った。



「私は、今夜中に除念の準備をしておく。明日の正午、あの女子達のパンティーを持ってまたここに来い」






 それだけ言うと、また除念士は瞑想に入った。





 瞑想か妄想かは定かではないが。








 神宮は、ズボンのポケットに小瓶を入れ、変態に背を向けた。







 しかし、あの3人のことだ。





 果たして、睡眠薬程度で上手くいくだろうか……

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