ノッキンオンヘブンズドア





 異世界の地で最期を迎えるとは思わなかった。


 漫画の主人公みたいに、なんだかんだで危機を脱し、いつかは元のリアル世界に帰れるだろうと、漠然とそう思っていた。



 しかし自分は今、現にこうして天国にいる。


 ふかふかの雲の上で寝ている。


 あの時、背中から落ちて……、気づいたら、ここにいた。



 あ、何か、声が聞こえる。




 神宮は、恐る恐る目を開ける。

 そこには、光に包まれた天使がいた。

 その天使は、安曇野に似ている。

 やはり安曇野は天使だったのか。

 どうりで可愛いと思った。


 天使安曇野は穏やかな表情で……いや、穏やかではない。

 どちらかというと、険しい表情でこっちに何やら呼びかけているようだ。



 やれやれ安曇野、君は天国でもそうしてプンプン怒っているのかい? 

 そんなに意地を張らず、大人しく僕に抱かれればいいのに。



 天使詠那はなお、木の杖をこちらに突き出して何やら叫んでいる。

 やがて、神宮の意識がはっきりしてきて、天使詠那の声が届く。



「バカ真咲! なにしてんのよ、早くつかまって!」


「うん?」



 詠那は、細い絶壁の通路の上から神宮に向かって木の杖を伸ばしていた。

 そこにいるのは、天使詠那ではなくただの詠那だった。でも可愛い。


 あ、っていうことは、ここはまだ現世? 


 でも、このふわふわした雲は?


 神宮は身をよじって自分が身体を預けているふわふわを見ると、それは白い雲なんかではなく、緑色のブヨブヨしたジェル状のものだった。



「な、なんじゃこりゃ?」


「早く、こっち!」



 訳が分からず、神宮は詠那が差し出した杖につかまろうとするが、無理に身体を動かそうとすると、身体が緑色のジェル状のものの中に沈んでいく。


 なにこれ、底なし沼?


 神宮は、プールの中で溺れもがいているような動作でなんとか詠那の杖につかまり、崖の傍まで来た。



「早く上って!」



 メートルくらい上の崖から詠那が手を差し出していた。

 神宮は詠那の手を借り、崖をよじ登る。



「はぁ、ありがとう。一体どうなってるの?」


「モンスターよ、バカでかい!」



 詠那の光魔法で明るくなった洞窟内を見回すと、神宮が落下した深い谷底だと思っていた部分一面が、緑色のジェル状のもので満たされていた。

 これはまるで……



「スライムの池!?」



 そして、神宮が落ちていたあたりに、大きな顔のような模様が浮かんで見える。

神宮があっけに取られていると、池の一部が盛り上がり、大きな手の形に変形して神宮達を攻撃してきた。



「きゃあ!」



 神宮と詠那は攻撃を避け、とりあえずこの部屋から逃げようとする。

 しかし、部屋を出ようとした瞬間、バタンと上から鉄格子の扉が降りて来た。



「え……?」



 そして反対側を振り向くと、部屋の出口だと思われる通路もバタンと降りて来た鉄格子によって塞がれた。


 スライムの顔になってる部分がもりもりと盛り上がり、天井に届くくらいの高さになった。

 顔のような模様は、不敵な笑みを浮かべているように見える。



 神宮は詠那は顔が真っ青になった。

 これは紛れもなく、



「第1階層のボスだ……」



 つまり、こいつを倒さないと前に進めないようになっているのだろう。

 神宮の頭の中で、ボス戦のミュージックが流れ始める。


 神宮は鞘に収まっていたガーディヴァインを抜いた。



「最初のボスにしては大きすぎないかな?」


「神宮、ヤバい」


「どうしたの?」


「あたし、魔法が使えない」


「え……?」



 しょっぱなから無理ゲーなボス戦、開始!


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