イデアについて説明回
詠那と鳳来とサリア女子組は、昼頃に目を覚ました。
しかし、魔力を使い切った神宮は目を覚まさなかった。
魂が抜けたみたいに、ぐっすり眠っている。
その瞼の上には、目の形のラクガキがされているので、眠っていても目は開いているように見える。
実に不気味だ。
詠那達は、宿屋のオヤジの家の広いリビングルームでお茶をすすっていた。
「はぁ、穏やかな午後」
詠那は紅茶を飲んで幸せそうな顔をした。
昨日の地獄のような光景が嘘のようである。
「出来るならゆっくりしてきなよ」
奥さんはそう言ってくれた。
「ありがとうございます。でも、神宮が目を覚ましたら行かないと」
「そうなんだ、帝国騎士団だもんね、しかたないわね」
奥さんは、少し寂しそうな顔で笑った。
奥さんに「せっかくだから街を見てきなよ」と言われ、詠那たちはトリルの街を探索することにした。
会話をしながらブラブラと歩いていると、街の広場に出た。
広場の中央には特設ステージが設けられており、その上では、スカートの短い煌びやかなドレスを着た若い女の子達が楽器隊の演奏に合わせて踊っていた。
ステージの下には、むさ苦しい野郎どもが歓声を上げながら必死に手を振っている。
「ここにも、アイドル文化があるのか……」
詠那と鳳来は呆気に取られていた。
これはまさに、リアル世界でも見た光景である。
まさか、異世界でも握手券付きの何かを売ったりしているのであろうか。
「そうですね、まだ都会の方だけですけど、けっこう流行ってますよ。みんな可愛いですよね」
サリアが解説する。
例え異世界であっても、人間の趣味嗜好というものは変わらないのであろうか。
「でも、アルテナに行くとアイドルが多くて、凄い競争になってるみたいですよ」
「じゃあこの子達は地元のアイドルってこと」
「そうですね、地元から足場を固めていってるようです」
「地下アイドルというやつか」
鳳来が真面目な顔で言う。
「地下?」
どこの世界も、アイドルは大変なのである。
「じゃあトップアイドルみたいなのもいるわけ?」
詠那はひらひらと揺れるアイドルのスカートの裾を見ながら訪ねた。
「そうですね、圧倒的に人気なのが、イデアで活躍されてる『うい☆ろう』ですね。最近可愛い新人が加入して、更に勢いを増しているんです」
「なんだその名古屋っぽい名前は」
「なごや?」
「そう言えば、イデアってなに?」
「イデアは、空に浮かんでいる島の国ですよ」
「えぇ!? そんな国があるの!?」
アイドルには興味なさそうにしていた詠那のテンションが急に上がった。
空に浮かぶ島、それでこそ異世界っぽい!
「はい、地上を離れ、空で暮らす人々の国です。長い間交易もなく断交状態だったので、アルテナとはだいぶ文化も違いますよ。最近では、うい☆ろうが人気のように、少しずつ交流も出来てきたんです。でも……」
サリアの顔が、少し曇る。
「どうしたの?」
「100年前、イデアとアルテナ、空と地上の戦争が起こりました。そのわだかまりがまだ残ってって……、言わば両国は冷戦状態のようなものなのです」
「そうなんだ。あんまり穏やか、って感じでもないのね。イデア、見て見たかったのになぁ」
詠那は、頭の後ろで手を組んだ。
「でも、わたしは、戦争のない平和な世界を願っています。そう願う人も、両国にいます。その願いが互いに通じ合う事を、私は願ってます」
その不意に現れたサリアの真剣な眼差しを見て、詠那と鳳来は感じた。
サリアはサリアで何かを背負っている。
それは、別に無理に聞く必要はない。
その時が来れば、そっと教えてくれればいい。
詠那は急にサリアが愛おしくなり、抱きしめた。
「サリアぁ!」
「え、詠那、くるしいですよぉ」
「いいじゃない、ほれほれ」
「も、もぅ……」
その後、お茶をして、買い物して、最後は銭湯に行く事にした。
「サリア、あたしが身体を洗ってあげるからね」
「いいです。詠那に任せてると、そのうち大人にされちゃいそうなので」
「ヒヒヒ、じゃああたしが立派にオトナにしてあげる」
そう言って、詠那はサリアのワンピースの中に手を入れた。
「あっ……雛月、助けてくださいよぉ」
「私は百合が大好物だ」
鳳来はじっと、サリアの服の中で蠢く詠那の指先を見つめている。
「そうなんだって! 観念しなサリアぁ」
「そんなぁ~……あぁっ」
夕日に照らされた3人の影が、石畳の地面に映っている。
3人は、ゆっくりと、夕日の中に消えていった。
しかし、地面に映った影は、3人が去った後も、暫くそこに佇んでいた。
ゆらゆらと、楽し気に揺れながら。
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