第1階層、突入!






 大地に盛られたお灸のような形をしたダリ山の麓に、神宮達は立っていた。


 山はとても険しく、その岩肌は人を寄せ付けないようにゴツゴツと尖っている。



「これがダリ山」



 サリアは、クリクリとした瞳でその尖った山を下から上まで一通り見回した。



「うー、サリアついてきてよぉ」



 詠那は青白い顔をしてサリアのマントの裾を親指と人差し指で掴んでいる。



「詠那と真咲さんなら大丈夫ですよ、必ずクリアーできます!」



 そう言って笑顔で親指を立てるサリア。



「サリア、あんたはこの訓練の本当の危険性を分かってないのよ」



 危険なのは、モンスターよりもトラップよりも、この神宮真咲という変態。

 詠那は真咲のベヒーモスを思い出し、身震いした。



「詠那、顔色が悪いけど、体調悪いですか?」


「いいえ、武者震いよ」



 そうやって詠那が青くなっている横で、神宮は一歩間違えば通報されそうな怪しげな笑みを浮かべ、妄想に耽っていた。




 ダリ山の麓。

 神宮と詠那、2人の目の前には、ガッシリとした大きな扉があった。

 訓練施設の入り口である。

 今、ガ―ディスがその頑丈な施錠を解いた。



「おい、神宮」



 ガ―ディスは、神宮のもとに近寄ると、鞘に収まった長剣を差し出した。

 それは、ガ―ディスと対戦した時に神宮が渡された長剣だった。



「これを、お前に与える」


「え、いいんですか?」


「あぁ。ルールでは決まった装備で挑むことになっているが、早くこの剣に慣れる為だ。特別に使用を許可する」


「ありがとうございます」


「名を、ガーディヴァインという」



 ガーディヴァインか。

 ガ―ディスめ、ちゃっかり自分の名前をもじったネーミングなんかしやがって。

 でもいい。

 初めて手にした自分の剣。

 やっと、戦士っぽくなれた。


 神宮の胸は高鳴った。



「では、いってこい」



 そう言って、ガ―ディスは大きな扉を開いた。

 扉の奥には、真っ暗な闇が佇んでいる。

 中は風が吹き抜けている。

 その先に、道が開けている証拠だ。



「頑張ってくださいね」


「健闘を祈る」



 サリアは笑顔で、鳳来は無表情で手を振っている。



「お見送りありがとう、いってくるわ」



 詠那は肩を落としながらよろよろと手を振り、闇の中に消えていった。

 再び、厚い扉が閉じられる。


 サリアは、2人の姿が見えなくなると、少し心配そうな表情をした。



「さぁ、我々も準備に取り掛かるぞ」



 鳳来が励ますようにサリアに声をかけた。



「はい、いきましょう!」










 訓練用に渡されたアイテムは、簡単な装備と松明だけだった。

 回復薬や魔石など、攻略に必要な他のものは現地調達しろというわけだ。

 神宮達は、白いTシャツに茶色の短パンといった初期装備のような恰好をしている。武器と魔具も与えられた。


 洞窟の中は真っ暗だ。

 松明がないと、全くの無の世界になってしまう。

 詠那が松明に火をつけると、後ろの扉が完全に閉じられた。

 これで、頂上に辿りつくまでは、出られない。



「とうとう始まっちゃったね」


「はぁ……。神宮、ダッシュでクリアするわよ! 5日で、いや3日で、いや、1日よ!」


「そんなこと言わずに、ゆっくりいこうよ。疲れちゃうし」


「ダメダメ! さぁ、持って!」



 詠那は松明を神宮に押し付けた。



「さぁ、行くわよ!」


「うん! 頑張ろう」



 神宮たちは、まだ見えぬ困難に向かって歩き出した。

 2人の足音だけが、異様に大きく響き渡る。


 その音を合図にして、闇の住人たちが目を覚ます。










 神宮達を見送ると、鳳来、サリア、タージェン3人の偵察部隊もすぐに出発した。



 盗賊団『黒い月』のアジトは、大体の見当はついていた。

 神宮達が越えて来た樹海、ダリの森である。

 しかし、サルバの兵士達がどれだけ探してもアジトらしきものは見つけられなかった。



 鳳来とサリアは、黒い忍び装束に身を包み、ダリの森に潜んでいた。

 神宮達を見送ってから1日中森の中を探し回ったが、やはりアジトらしきものは発見出来なかった。

 月明りが照らす木の上から、辺りの様子を伺う。



「サリアと私ならすぐに見つけられると思ったんだが……。サリア、どう思う?」



 鳳来はサリアの方を見て聞いた。サリアは、森の方を見て答える。



「何か、おかしいですね」


「おかしい?」


「はい、森のかたちが、不自然です」


「森のかたち……」



 他人を超越した洞察力と身体能力を持つ鳳来だが、しかしそれでも元は平和なリアル世界の一般的なJKである。

 この危険に溢れた異世界での知識や経験値はサリアの方がよっぽど上だった。



「すまない、どういうことか教えてくれるか?」


「はい。恐らく、黒い月の連中は幻術を使ってアジトを隠していますね」


「幻術……魔法とは違うのか?」


「そうですね、魔法とは別に特殊能力というものが存在します。真咲さんの魔法剣がまさにそれなのですが……。魔力を消費して使うのは魔法と一緒ですが、誰にでも使えるものではありません。魔法よりも個人差が大きく、一部の選ばれた者しか習得する事が出来ません。習得というか……、元から備わっている力と言った方が良いかもしれません。個々に備わった才能のようなものです」


「その特殊能力を使える者が、黒い月のメンバーの中にいると」


「そうだと思います。最近勢力を伸ばしてきてるのも、その為だと思われます」


「その特殊能力である幻術で、アジトの姿を隠しているという訳か」


「恐らく」



 考えが甘かった。

 鳳来は、サリアと2人なら黒い月を殲滅できるとさえ考えていた。

 しかし、この異世界は、鳳来がうかがい知らぬ未知の領域がまだまだ沢山あるようだ。

 もっと知り、もっと強くなる必要がある。



「ならば、慎重にいった方がよさそうだな」


「そうですね」



 サリアは鳳来の方を見て微笑んだ。

 鳳来も同じ様に微笑んだ。

 サリアの笑顔は、癒される。


 その時、サリアが森の中で動くものに気が付いた。



「あれ、なんでしょう」



 鳳来もそちらの方を見た。



「あれは……」











 洞窟の中は真っ黒で、心もとない松明の灯りを頼りに進んで行く。

 自然と、2人が寄り添うような恰好になる。


 不意に、手が触れる。


 神宮は生唾を飲んだ。

 こ、これは……、付き合い始めたカップルが初デートで手を繋ぎたいけど恥ずかしくて繋げない時のシチュエーション!


 もちろん違う。

 今は強くなる為の訓練中である。

 決してデート中などではない。

 しかし、神宮の頭からはすでに訓練のことはすっかり消えていた。



 神宮は、勇気を出して詠那の手を握る。

 詠那の指の間に、自分の指を絡める。

 恋人つなぎだ。

 詠那の柔らかくて暖かい指の感触。



「なにすんのよ!」



 その刹那、詠那の拳が神宮の頬に食い込む。



「ぐはぁ!」



 もろに拳を食らった神宮は、衝撃で松明を落してしまう。



「あんた、2人きりだからって調子乗ってんじゃないわよ」



 詠那が拳をポキポキやる。



「ごめんなさい、ごめん」



 神宮はすかさず頭を守るように身を屈める。

 その時、地面に落ちた松明の灯りの中に、浮かび上がっている黒い影が見えた。



「モ、モンスターだ!」



 神宮が指さした先に、松明の灯りに照らされた大きな芋虫のようなモンスターが現れた。


 詠那は、迷わず木の杖で攻撃する。

 巨大芋虫に直撃するが、固い殻にダメージを与えられない。



「神宮、攻撃して!」


「えぇ、でも芋虫キモい……」


「なに言ってんのよ、早く!」


「う、うん。おりゃあ!」



 腰が引けながらも、ガ―ディスにみっちり教えられた太刀筋は正確に獲物をとらえ、巨大芋虫を真っ二つにする。

 巨大芋虫は光りの粒となり、弾けて消える。



「やった!」


「やるじゃん神宮!」


「えへへ」



 詠那に褒められ、少し照れている神宮が地面に落ちていた松明を拾おうとした時、壁際に置かれている赤い箱を発見した。



「あ、これ、もしかして、宝箱?」


「おぉ、ちょっと神宮、開けてみてよ」


「な、何で僕が」


「いいから早く!」


「もう、わかったよ」



 神宮が恐る恐る箱を開ける。

 松明をかざし、2人で宝箱の中を覗き込む。

 中には、白い回復の魔石が3個入っていた。



「やった、魔石ゲットね」



 どうやら、こうやってRPGのようにアイテムを探して行くようだ。






 ダリの訓練施設第1階層『迷路の洞窟』。




 2人の訓練はまだ、始まったばかりだ。

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