戦いの後の一風呂
鳳来が暴れた後の片付けが一通り終わると、砦の窓からはやわらかい光が差し込んできた。
詠那が窓から外を覗くと、空は白み始めていた。
異世界でも、太陽の光は平等に降り注ぐんだな。あれが、あたし達が知ってる太陽なのかはわからないけど。
「結局オールしちゃったわね、ふぁぁ」
詠那は大きくあくびをした。
「もう僕のライフはゼロだよ」
神宮は壁にもたれてぐったりしていた。
昨日も1日、色んなことがあり過ぎた。流石に若い神宮の身体も、休息を求めていた。
「お疲れさまです。こちらも片付きました」
サリアと鳳来が階段を上って現れた。サリアは疲れた様子を一切見せず、無邪気な笑顔で笑っている。
「昼勤の兵士さんも起きて来たし、わたし達も休みましょうか」
「そうだね、寝よう寝よう」
「私は寝なくても全然平気だ」
鳳来は相変わらず一定の表情を保ったままだ。綺麗な黒髪を束ねているポニーテールも一切乱れていない。
「ヒナ、あんたはタフ過ぎるのよ」
「真咲さんはもうお疲れですね」
サリアはくすくす笑った。
神宮は座ったまま、よだれを垂らして寝ている。
「そういえば、詠那、お風呂に入りたいって言ってましたよね」
――はっ、お風呂? 神宮の耳が、ピクリと動いた。
「うん、入れるの?」
「はい、公衆浴場は朝から開いてますよ」
「やったぁ、やっとお風呂入れる! じゃあ行こう」
神宮は俊敏な動きでさっと立ち上がった。
「僕も行くよ」
「えぇ、あんたは寝てなさいよ」
「僕だってお風呂入りたいし、えへへへへ」
「なんか顔がにやけてるわよ! 絶対覗きに来るつもりでしょ」
詠那は両肘を抱いて身をよじった。
「そんなことないよ、へへへへ」
「安心しろ、もしそういう素振りを見せたらこのクナイで一突きしてやる」
鳳来はチラッと胸元からクナイを取り出して見せた。
「へへへ……――しゅん」
神宮は縮こまった。
やっぱり、鳳来のガードは固い。
「では、ガ―ディス、見張りを頼むぞ」
鳳来は、領主の寝室の前に立っているガ―ディスに呼びかけた。
「お、俺は一睡もしてないのだぞ。そろそろ眠気が」
「私のおかげで少し眠れたであろう。すぐ戻る」
「そ、そんな……」
腹痛の次は、眠気との闘いが始まった。
異世界の公衆浴場は混浴――ではなかった。
入り口で気の良さそうなおばちゃんに30Yを支払うと、そこからは男と女で隔離された世界だった。
神宮は落胆しながら制服と下着を脱ぎ捨てた。
しかし、早朝の公衆浴場は先客がおらず、神宮の貸し切り状態で最高だった。
「はぁ、やっぱお風呂っていいもんだな」
改めて、お風呂の素晴らしさが身に染みた。暖かいお湯が、身体をもみほぐす様に癒してくれる。
異世界に来てから3日目だが、もう一週間くらい居るような気がする。それくらい密度の濃い時間だった。
母さん、心配してるかな。
無断で家を開けたことがない神宮にとっては、それが心配事だった。
現実世界と異世界の時間の流れは違うかもしれないし、なんとも言えないけど……早く帰った方がいいのかな。
でも……
「わぁ、広い!」
石の壁1枚隔てた向こうから、詠那の声が響いてきた。
異世界生活は、まだまだやめられない……!
神宮は、壁の前に立った。
男湯と女湯を隔てる壁と天井の間には、30センチほどの隙間が空いている。そこには、遮るものはなにもない。あそこまで上り切れば、夢の楽園が広がっている。
この壁が、目標達成の為に越えなければいけない壁だとしたら、越えてやろう。
例えそれが、どんなに高い壁だとしても。
壁は、いくつものブロックが重なってできており、ブロックとブロックの間にすき間があり、そこに手をかけることが出来た。
神宮は、その強度を確かめるように、壁の狭いすき間に指をかけた。そして力を入れ、身体を持ち上げる。
「サリア、あたしが身体洗ってあげる」
「いいんですか、じゃあお願いします」
なに、身体の洗いっこだと?
神宮の身体に、パワーがみなぎった。
オーラを指の先に集中させると、蜘蛛の様にすらすらと壁を上ってゆく。
そして、壁の天辺に手をかけた。
「ちょっと詠那、また変なトコさわって」
「いいじゃないか、ほれほれ。段々固くなってきたよ。ほら、ピンって。つんつん」
「も、もう。あ……」
裸のサリアに、背中から覆いかぶさっている詠那の背中と、小ぶりな尻が見えた。
リアルに初めて見る女子の裸。
しかし、それは、一瞬のことだった。別方向から、鋭いものが神宮目がけて飛んで来たのだ。
「うおはっ!」
――ドン! 神宮は、間一髪でそれを避けたが、手を離してしまい、地面に落下した。
「いてててて」
カラン、と神宮の隣りにクナイが落下した。
「はっ、クナイ!? 鳳来、確実に僕を殺りにきてる……」
その時、更衣室の扉が開き、中から大量のおっさんたちが浴場に攻め入ってきた。夜勤上がりの兵士や工場のおっちゃん達だった。
「おう、ボウズ。お前あのガ―ディスを倒したんだってな。俺が背中流してやるよ」
「え、あ、いいです。遠慮しときま――」
「なんでぇ、みずくせぇじゃねか。ほらほら遠慮すんなって」
「ひ、ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ」
神宮の悲鳴が、浴場にこだました。
「ったく、神宮がいるとゆっくりお風呂も入れないわね」
詠那とサリアは、身体を洗終えて湯船に浸かっていた。
「あやつには一度痛い目を見せてやらないといけないな」
「ダメよ、あいつドMだから痛いのもイケる口よ、逆に喜んじゃう」
「でも、罰は受けてるみたいですよ」
壁の向こうから、神宮の叫び声が聞こえてくる。屈強な男達と、身体の洗いっこを楽しんでいるようだ。
「お風呂はやっぱり良いな。サルバに来てからは、これが1番の楽しみだった」
鳳来は、いつもポニーテールにしている髪をストレートに下ろしていた。お風呂の癒し効果か、いつもより柔らかい印象を受ける。
「ヒナ、ずっと疑問だったんだけど、サルバに来てからどれくらい経った?」
これは、異世界に来てからどのくらい時間が経過したか、という意味だった。サリアの手前、現実世界から来たことはまだ言えない。その意味は、鳳来も理解したようだった。
「約1か月だ」
1か月――あたし達とは随分ズレがある。
異世界へのトンネルから脱したポイントで、場所はおろか時間のズレもあるというのか。
まだ見つかっていない、時子と梨々花の事が心配になった。
「少しでも皆を見つけやすいようにと、ここの領主であるファリプの側近になった」
「帝国騎士団に入るというのも、その為ですか?」
「そうだ。その方が、首都アルテナでも動きやすいし、情報も沢山得られるからな。目立てば、向こうから気が付いて寄って来てくれるかもしれない」
「やっぱヒナは考えてるわ」
「あぁ、だが、策士である時子の方が更に上手な策を練ってきそうだがな」
「それあるわぁ、時子は学年トップだもんね」
「サリアは、帝国騎士団に入っても大丈夫なのか?」
「えぇ、実は、わたしとしてもその方が都合よかったり、えへへ」
「それならよかった。サリアとは、なんかずっと前から一緒だった気がするんだよね」
「そうなんですか? 嬉しいです」
「では、まずは盗賊団黒い月のアジトを突き止めなければな。それと……」
「それと?」
「神宮を、鍛える」
男湯の方からは、絶え間なく神宮の悲鳴が聞こえていた。
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