戦う理由




「大人しくしな、抵抗しても無駄だぜボウズ。ククク」




 峠の切通しにさしかかった時だった。


 神宮がぜぇぜぇ息を切らしながら歩いていると、目の前に、ヒゲ面で頭に黒い布を巻いている、ボロキレの様な服を着た男が立ちはだかった。鈍い神宮でも、即座に理解した。



 こいつは、盗賊だ。



 とりあえず逃げようとして後ろを振り向くと、もう1人、ハゲ散らかした頭に、口元を黒い布で覆っている男が剣を持って立っていた。前後に盗賊、左右は高い岩の壁。逃げ道はなかった。強制バトルだ。




「出ましたね。真咲さんは前のヒゲをお願いします。わたしは後ろのスキンヘッドを倒します。詠那は、大変ですが両方のサポートをお願いします」


「う、うん!」


「わかったわ」



 敵でさえも、直接的にハゲと言わずにスキンヘッドと言うところがサリアの優しさだろう。


 その小さな身体に不釣り合いな大鎌を横に構えた。



「おう、お嬢ちゃん。それはおままごとの道具かい?」



 スキンヘッドの盗賊は剣をふらふらさせてゆっくりと近づいてきた。





 一方真咲の方は、



「おう、やろうってのかい。おもしれぇ」



 真咲が小刀を構えると、ヒゲも同じような短い剣を取り出した。刃の部分が少し湾曲しており、変わった剣だ。




 神宮が人間を相手にするのは、現実でも異世界でも初めてだった。殴り合いの喧嘩など、したこともなかった。


 しかし、モリウルフとの闘いで鍛えた今なら勝てる――



 神宮は勢いよく斬りかかった。



 しかし、簡単にはじき返され、小刀は手元から吹き飛んでしまった。



「口ほどにもねぇなぁ」



 カラン、と音を立てて地面に落ちる小刀。



 ヒゲはニヤッと笑った。





 いとも簡単に、唯一の武器を失った。



 実力の差は、歴然だった。



 神宮は理解した。


 自分が、甘かったことを。


 某RPGで例えるなら、スライムを倒しただけで、まるでボスキャラを倒したみたいに大喜びしていたのだ。それでいい気になって、碌にレベル上げもせずに、ボスのいるダンジョンに挑んでしまった。結果、ボスに辿りつくまでもなく、雑魚キャラとの通常バトルで危機に陥っている。




「神宮!小刀を拾って」




 詠那が叫んだ。


 しかし、まるで防音室に籠っているみたいに、神宮の耳には届かなかった。


 神宮は絶望し、完全に諦めていた。


 現実世界で言えば、このヒゲの男は、神宮がおよそ関わり合いになる事がないような怖い系の人間だ。


 そんな奴に、魔法も必殺技も持っていない自分が勝てるはずがない。




「なんだ、もう諦めたのか? まぁ賢い選択だ。楽に死なせてやるよ」





 あっけなかった、僕の異世界生活。



 やはり異世界でも、僕はぱっとしない役回りだったのか。




「なに諦めてんのよ、神宮! そいつを倒さなきゃ、前には進めないのよ。故郷に帰れなくてもいいの!?」



 しかし、その詠那の声も神宮には届かなかった。





 ここで僕はこのヒゲおやじに殺されて、その後は安曇野とサリアも同じように……



 いや、安曇野とサリアは捕まって……



 はっ、そうだ。



 安曇野達は女の子だ。



 しかも可愛い。



 きっと生け捕りにされて、ヒゲやハゲ、またその仲間の盗賊たちにあんなことやこんなことを……



 もう許して、と涙目で訴えるサリアや、普段強気でナマイキな安曇野が悔しがりながらもビクンビクンと感じてしまう表情なんて……もう最高じゃないか!



 これはまさに……凌辱プレイ!






 僕がまだ全然いい思いをしていないのに、このヒゲオヤジやハゲオヤジがいい思いをするなんて、そんなの許せない。




 そんなの、僕は認めない!!!






 短刀をゆらっと振り上げたヒゲに、神宮は思いっきり体当たりをした。

 

 完全に油断していたヒゲは、よろめき、バランスを崩して尻もちをついた。



 神宮は素早く落ちていた小刀を拾い、叫んだ。


 

「安曇野、僕にファイアーの魔法を放って」


「は? 頭おかしくなったの?」


「いいから、早く! 僕を信じて」


「もう、どうなっても知らないからね」



 詠那は、素早く魔石を入れ替え、ファイアーを唱えた。



「いくわよ神宮。ファイアー!」



 詠那の両手から放たれた炎の渦は、神宮目がけてまっすぐに飛んでいった。


 神宮が炎を斬りつけるように小刀を振ると、炎は小刀の刃にくるりと巻き付き、小刀は炎の剣となった。


 神宮の小刀は、燃え盛る炎の刃で2倍の長さになっている。



「お前、魔法剣の使い手だったのか!?」



 ヒゲは、後ろにのけ反り、逃げるような素振りを見せた。


 しかし、神宮は素早く地面を蹴り飛びかかった。神宮が炎の剣で斬りつけると、炎はヒゲの身体を包み込み、その衣服と髭を焼いた。


 髪と髭がチリチリになり、下着1枚だけになったヒゲはその場で倒れた。




「すごいじゃん神宮! どうしてそんなすごい技隠してたのよ」


「ふっ、能ある鷹は爪を隠すってね」


 

 神宮はそう言ったが、完全に咄嗟の思い付きで偶然であった。以前、どこかのRPGで見た技を真似しただけだった。



 しかし、神宮が安曇野とエロいことをするまでは死ねないという下心が、とてつもないエネルギーとなって奇跡を起こしたのだ。神宮は、煩悩だけが原動力で生きている。




「そういえば、サリアは」


 神宮と詠那が振り向くと、ついさっきまで威勢の良かったハゲがサリアの足元で白目を向いて倒れていた。



「サリアは、心配いらなかったみたいね」


「ガタイが良いだけの人でした。それより、神宮さん、魔法剣が使えるなんて、すごいです!」


「そ、そうかなぁ」



 神宮は後頭部に手をあてながら得意げだ。



「魔法剣が使える人なんて、限られた才能を持った人しかいませんよ」



 偶然に魔法剣らしきものを放っただけでドヤ顔の神宮を、詠那は感心したように見つめていた。






「それじゃあ、行こうか」


「ちょっと待ってください。詠那、昨晩真咲さんに使った手錠はありますか?」


「うん、あるけど」


「はっ、まさかここでプレイを!?」


「バカ、そんな訳ないでしょ。はい、どうぞ」



 そう言って詠那が手錠を渡すと、サリアはヒゲとハゲに手錠をかけた。



「お金を稼ぐ方法は、懸賞金という手もあります」



 サリアは、ハゲが巻いていた黒い布を取って2人に見せた。


 黒い布には、小さく白い月のマークがついている。



「この黒い布は、ここら辺では有名な『黒い月盗賊団』のメンバーであるしるしです。この人達を、次の街まで連れていって、役人に差し出しましょう。きっといくらか懸賞金が出ますよ」


「わぁ、素敵! また美味しいものが食べられるわね」


「安曇野、今度はちゃんと装備買うからね」



 詠那の美味しいものを思い浮かべてキラキラ光る瞳には、鉄の剣や鎧は映っていなかった。









 山を下ると、サルバの街に着いた。


 石造りの建物が並ぶ、ダリの村に比べるとはるかに都会な雰囲気の街だった。人も多く、賑やかで、お店も沢山あった。街の中央には、砦が聳え建っている。



 やはり、制服姿で盗賊を連れて歩く神宮たちは注目の的だった。道行く人が神宮達を見て、何やらヒソヒソ話しをしている。やがて、兵士らしき男が2人、近寄ってきた。



「盗賊を捕えてきました」



 そう言うと、兵士は驚いた様子で、街の中央にある砦まで連れっていってくれた。

 砦は、周りを高い城壁で覆われていた。異世界でも、やはり戦争というものは存在するのだろうか。




 砦に入ると、小さな個室に案内された。


 石の壁で囲まれた、薄暗い部屋だった。なんとなく威圧感のある雰囲気に、少し緊張する。



「ここで待っていてくれ」



 そう言うと、兵士はヒゲとハゲを連れて行ってしまった。神宮達は、狭い個室に取り残された。



「サリア、この街にはお風呂があるの?」


「ありますよ、アルテナほど立派ではないですが、十分身体を休められると思います」


「それなら、懸賞金もらったら早速お風呂に入りましょう」


「そうですね、わたしもゆっくりお湯に浸かりたいです」



 風呂で盛り上がる女子達の会話を聞いて、神宮の頭の中はたちまち裸の詠那とサリアと、更に猫耳娘や可愛い妖精の女の子のイメージで一杯になった。



「うん、早くお風呂行こう!」



 そう言ってガッツポーズする神宮。



「意外、神宮も割と綺麗好きなのね」


「お、男だってお風呂入りたいよ」




 そうこう話しているうちに、木の扉が開き、先ほどの兵士よりも上官らしい兵士が入ってきた。


 上官は3人を一瞥して、キリっとした声で言った。





「不審者3名、お前達を拘束する」




「……はい? 」








 あっけにとられ、抵抗する間もなく武器を取り上げられ、地下の牢屋に閉じ込められてしまった。




 狭く暗い牢屋で、ポツンと正座する3人。






「ちょっと……どうなってるのよ!?」



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