ドンドンのステーキと合法ロリ

 



 ダリの村は、こじんまりとした小さな村だった。


 小川の周りに、シルバニアファミリーみたいな小さくて可愛らしい民家が数件並び、お店と言えば、道具屋、宿屋、バーがあるだけの、RPGで言えば、大したイベントも起こらず、1度通過してしまえば、たとえ飛空艇を手に入れた後でも2度と訪れることのないような村である。


 しかし、神宮達にとっては、異世界に来て初めて訪れた村である。物珍しさのあまり、キョロキョロしてしまう。学校の制服姿で村をはしゃいでうろつく2人は明らかに不審者だったが、この村の住人は優しかった。


 


「お若いの、その変わった服は城下での流行りかい?」



 そう言って、道具屋のおっちゃんは笑った。

 この道具屋は、剣から魔石、生活用品までなんでも売っているコンビニの様なお店だった。それ故に、村人に重宝されているようだった。


 

「よくこんなに獲ってきたね、少し色をつけとくよ」

 


 そう言って、神宮達が獲得した資材を1300Y(ヤッホ)で買い取ってくれた。Y(ヤッホ)とは、少し間抜けな響きだが、この異世界での通貨のようだった。



「じゃあ、公平に3等分しましょう。あたしと神宮が300Yで、サリアちゃんが400Yね」



 そう言って、詠那はそれぞれにヤッホ硬貨を手渡した。



「え、なんでわたしだけ400Yなんですか?」


「サリアちゃんは装備を貸してくれたし、色々教えてくれたから、レンタル代と授業料よ。ホントはこれだけじゃ足りないんだけどね」


「そんな、いいですよ」



 サリアは困ったように両手をパタパタと振っている。



「もう、いいのよ。受け取りなさい」


「うぅ、ありがとうございます。隙あらば人の物を盗ろうとする盗賊もいるこの世の中で、詠那さん達はいい人ですね」



 サリアは瞳をうるうるさせて言った。



「大袈裟だって。さ、ご飯にしましょう! ご・は・ん」







 道具屋を出て、バーに入った。


 薄暗い小さな店内にテーブルが並び、その奥にカウンターがある。高校生である真咲と詠那はバーというものに入るのが初めてだったので、少したじろいだ。



「いらっしゃい、どうぞ」


 そう言ってくれた店員さんは、優しそうなおばさんだったので、少しホッとした。

 席に着き店内を見渡すと、他にも旅人らしきお客さんが数人いた。


 その中で、少し異様な男性がいた。頭に猫耳を付けており、頬にはピンと生えたヒゲ、椅子からはみ出しているフサフサの尻尾。異世界でコスプレということは考えにくいので、あれは紛れもなく、



 ――獣人族!



 とすれば、あの人は男性だが、女性の猫耳キャラも存在するということか。



 神宮のテンションは一気に高まった。



 必ず行こう、猫耳キャラが群がる獣人族の国に……!





「なにニヤニヤしてんのよ」



 詠那が頬に手をつきながら目を細めて睨んでいた。



「いや、なんにも」


「さ、注文しましょう。えーとメニューは……」



 詠那がメニューを手に取ると、



「あ……」



 そこには、見たこともないような文字が並んでいた。

 ラテン文字でもキリル文字でもない、もちろん平仮名でもない、初めて見る文字だ。



 でも、読める。



 思えば、異世界人のサリアとも普通に話せている。自分の身体に、一体なにが起こっているのだろう。詠那の頭は混乱した。が、今は頭の神経が全て空腹の一点に向かっており、そんなことはどうでも良くなった。


 女子は、本能に忠実なのだ。



「サリアちゃん、オススメはなに?」


「そうですね、ではドンドンのステーキはどうですか? ここでは、高価なドンドンのお肉もお安く頂けるんですよ」


「ド、ドンドン?」



 その名前からは、どんな生物か想像できなかった。


 ゲテモノだったらどうしよう。


 しかし、こんなところでひるんでいては異世界で生きていけない。詠那は覚悟を決めた。



「よし、ドンドン3つ!」


「え、僕まだ決めてないよ、ポテ……」


「ステーキでいいの!」


「は、はい。ではマスター、ドンドンのステーキとパンとぶどう酒をください」


「あいよ」



 マスタ―であるおばさんは気前よく返事をした。が、



「ぶどう酒!? お酒!?」



 真咲と詠那は目を丸くさせて驚いた。

 こんな小学生のような少女が、まさかのお酒を注文しているのだ。



「はい、3人の出会いに乾杯しようと思いまして」


「え、お酒飲むの? でも小学生……サリアちゃん、歳はいくつなの?」


「はい、16歳ですよ。真咲さん達と同じくらいかなぁと思いますが」


「同い年だったの!?」



 真咲はガッツポーズをした。



 これは、まさに、合法ロリ!



 異世界、なんて素晴らしいところなんだろう。僕の為に作られたような世界だ。ありがとう、異世界の神様。




「すごく幼く見えるから、年下かと思ってたよ」


「よく言われます」



 そう言ってサリアは照れるように、少し困ったような顔をした。



「詠那さん達は何歳ですか?」


「あたしと神宮も同じ16歳だよ」


「そうなんですね、なんか嬉しいです」


「じゃあこれからは詠那って呼んでよ」


「えへへ、じゃあそうさせてもらいますね。わたしもサリアでいいですよ」


「うん、よろしくね」




 しかしこのご時世、未成年が飲酒をするというのは色々問題がありそうなので、ぶどうジュースで乾杯することにした。




「かんぱーい!」



 3人でグラスを掲げた。



「おいしーい、ずっと歩きっぱなしだったから、身に染みるわぁ」


「安曇野、おっさんみたいな発言だね」


「うるさい。神宮こそ、ワイングラスが全然似合ってないのよ」


「だって僕まだ高校生だし、これからだよ」



 そうしてるうちに、ステーキが運ばれて来た。



「わぁ、美味しそう」


 見た目は牛肉と変わらない、ステーキだった。

 驚いたのは、なんと言ってもそのボリューム。こんな分厚いステーキ、現実世界ではそうそう巡り合えない。それが50Yで食べられるのだから、それもまた驚きだった。

 異世界の物価はまだ未知数だったが。



「うん、味もいける」


「なんだろう、とても美味しい」


「お口に合ったようで、よかったです」



 ドンドンの肉は、とてもまろやかだった。ぶどうジュースもそうだったが、なにか、優しい味がする。




「ごちそうさまでした」



 3人は、ペロッと分厚いステーキを平らげてしまった。「さすが、若いねぇ」と言ってマスターのおばさんは喜んでいた。そして、食後の紅茶を入れてくれた。



「真咲さんたちは、どうして旅をしているんですか?」


「友達を探しているんだ。バラバラになってしまって、どこにいるか分からないんだけど。その友達を探し出して、一緒に故郷に帰るのが、僕達の目的なんだ」



 サリアに嘘を言うのは心が痛んだけど、異世界から来たってことは今はまだ言ってはいけない気がした。



「お友達を探す当てはあるのですか?」


「それが、全然なの」


「それなら、首都アルテナに行ってみてはどうですか? そこなら、様々な情報が集まってくるので、お友達の情報もあるいは見つかるかもしれません」


「首都アルテナ……。安曇野、どうする?」


「そうね、今は何も当てがない状態だから、少しでも可能性があるなら行ってみましょう」



「それなら、わたしもご一緒させてもらえませんか?」



「え、いいの!?」



 神宮と詠那は声を揃えて言った。



「はい、わたしもアルテナに行こうと思っていましたし、それに、お2人と一緒にいると楽しいから」


「もちろん!」



 神宮的には、美少女ならいくら増えてもウェルカムだ。



「神宮だけじゃ頼りなかったからね。別の意味の身の危険もあるし。サリアが一緒だと心強いよ」


「な、なんだよ別の意味って」



「嬉しいです。それでは、これからもよろしくお願いします」


「うん、よろしく」


「よろしくね、サリア」







 バーを出ると、辺りは薄暗くなっていた。日が落ちた村に、それぞれの民家の窓から、暖かい灯りが漏れている。



「もう暗くなってしまいましたね、今日はここで宿を取りましょうか」



 そう言って、サリアは向かい側にある宿屋を指さした。



「いいね!もう疲れたよ、横になりたいわぁ」



 詠那は両手を広げてぐっと背伸びをした。







 宿屋を眺める神宮の頭には、1つのセリフが頭の中に渦巻いていた。





『ゆうべはおたのしみでしたね――』





 神宮は、ゴクっと唾を飲んだ。




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