クインテット・ファンタジー

竜宮世奈

魔法陣を囲む美少女4人

 


 神宮真咲じんぐうまさきは、真夜中の学校に忍び込んでいた。


 教室の自分の机の中に忘れた宿題をわざわざ取りに行く為だ。

 しかし、今いる所は神宮の教室ではない。12月の寒風吹きすさぶ校舎の屋上だった。


 神宮は、ドアの隙間から、こっそりと屋上の様子を眺めていた。


 屋上には、同じクラスの安曇野詠那あずみのえいな鳳来雛月ほうらいひなづき道明寺時子どうみょうじときこ七星梨々花ななほしりりかの4人が、地面に描かれた魔法陣のような図形を対角線上に囲んで立っている。

 いや、あの図形のようなものは明らかに魔法陣だ。



 一体、何をしているのだろう。



 クラスでもリア充の部類に入る彼女達が、深夜にまさかの神獣召喚ごっこだろうか。しかし、あの魔法陣、遊びにしてはやけに手が込んでいる。



 何故って、魔法陣が光っているのだ。



 それに、風が吹いている。

 自然のものではない風が、魔法陣が書かれている地面から、吹き出ているように見える。風は次第に強くなり、詠那達の制服を揺らし、詠那のスカートがめくれ……



 ガシャン!



 詠那のスカートに夢中になり、ついつい力が入ってしまった。

 神宮は、勢い良く扉を開いてしまった。




「あ……」



 4人は、怖い顔でこちらを睨んでいる。



「神宮、なんでここに」



「こ、こんばんは……ははは」

 










 神宮真咲は、普通の、目立たない16歳の高校1年生だ。

 この日も、ちょっとラッキーな普通の日で終わると思っていた。

 ラッキーだったというのは、朝、登校時、どこからか吹いて来た神風によって詠那のスカートがめくれ、その純白のパンツが拝めたからだ。


「きゃっ」


 スカートを抑え、こちらを睨む詠那。そして、


「神宮……この、ヘンタイ!」


 詠那の強烈なビンタを食らった。

 僕が何したっていうんだ。今のは偶然の産物じゃないか。念力を使ったわけじゃあるまいし。



 しかし、女性に触れられる機会が全くない神宮にとっては、ビンタさえも嬉しいものだった。


 今日はツイてる、と、ひとりでニヤニヤしていた。



 そんな感じで始まった、なんてことはない、所謂普通の朝だった。







 教室に入り、机に鞄を置くと、隣りの席で鳳来雛月が本を読んでいた。


 綺麗なストレートの黒髪を、すっきりとポニーテールでまとめている、いつも同じ髪型の鳳来。

 読んでいる本も、いつも同じ。新渡戸稲造の武士道だ。たまに、司馬遼太郎の忍者の本を読んでいる。しかし、大体いつも武士道だ。

 部活は弓道部。道着で矢を射る姿は凛としていて美しい。



 そしてその性格はというと、


「何をジロジロ見ている、神宮。キモいぞ」


 可愛くない。

 鳳来は視線を本に戻すと、また読書を始めた。






 神宮は席に着き、何気なく教室を見渡すと、学級委員の道明寺時子が黒板消しで黒板を綺麗に拭いていた。


 昨日の放課後、クラスの女子生徒が書いたと思われる、華やかな若さ溢れる一種のアートとも言えなくもないラクガキを、一片の躊躇もなく、消す。

 時子にとって、勉強以外のものは全て不要だった。とてもクールでスマートな女性だ。


 煩悩の塊の神宮など、相手にされる訳もなかった。







 そのすぐ後ろでは、七星梨々花が仲良しグループと騒がしくおしゃべりしている。

 梨々花が所属するこのグループがクラスの中で一番元気良く、その中心にいる梨々花も茶髪に緩いパーマに花の髪飾りという風貌で、見るからにリア充。神宮としても近寄りがたい存在だった。


 しかし、神宮はこのギャルギャルしい梨々花にいじめられたという願望を密かに持っていた。神宮真咲、根っからの変態である。







 と、これが深夜の屋上で魔法陣を囲っていた4人なのだが、クラスメートという以外にはこれといって接点がないのだ。


 学級委員の時子が、うるさく騒ぐ梨々花に向かって静かにしろ、と注意するくらいで、ノートの貸し借りどころか、挨拶さえ滅多にしない。


 今思えば、クラスメートなのに不自然なほど接点がなかった。






 授業が終わると、神宮は文芸部の部室に寄って友人の森崎と携帯ゲームの三国志について話し、碌に本も読まずに帰宅した。


 風呂に入り、晩御飯を食べ、自室に籠りまたゲーム。

 ベッドに横になっていると、今朝運良く拝めたスカートがめくれ下着が露わになる詠那の姿が頭をよぎり、ムラムラとした気持ちが湧いてきた直後、そのムラムラを打ち消すようにある事が頭をよぎった。

 


「しまった、宿題やってない」



 その宿題というのは、神宮が最も苦手としている教師から出された宿題だった。神宮は、この教師とは出来るだけ関わり合いを持ちたくなかったので、形だけでも終わらせておこうと思い、机に向かった。

 しかし、宿題のプリントが、ない。

 頭の中で、教室の、自分の机の中に眠るプリントの映像が浮かんできた。



「ヤバい、学校に忘れた……」



 朝早く登校してやろうか。

 しかし、朝が苦手で、要領の悪い神宮にその選択肢はなかった。

 もうすぐ冬休み、何事もなく連休に突入したい。



 取りに行こう、学校に。



 日付が変わろうとしていた頃、神宮はこっそりと家を抜け出し、自転車に跨った。

 この時は、まさか帰って来られなくなるとは夢にも思っていなかった。








 校舎の昇降口は、案の定施錠されていた。

 しかし、普段全くの引っ込み思案の神宮が、この時はなぜかパワフルな行動力を起こしてしまい、鍵を閉め忘れている窓がないか、校舎をぐるっと回って調べた。


 丁度裏口にまわった時だった、ガラスの窓の枠を引っ張ると、すっと動いた。


 開いてる。


 神宮は、よいしょとその窓から校舎へ進入した。

 夜の校舎は、真っ暗だった。普段生活している学校とは別物に感じられた。

 まるで異世界だ。

 足音を立てないように、階段を上り、3階にある教室に入った。自分の席の机の中をさばくる。あった。鞄にプリントを入れ、帰ろうとした時、教室の窓から、向かい側の校舎の屋上に、数人の人影が見えた。



 この時、何を思ったのか、普段最上級にチキンな神宮が、異常なまでの好奇心に動かされ、渡り廊下を通り、向かい側の校舎に向かった。


 屋上に向かう階段は、知っていた。だが、普段施錠されており、神宮自身屋上に上がった事はなかった。



 恐る恐る階段を上り、屋上へ続くドアの前に立つ。


 ドアノブに手をかけて回すと、動いた。開いてる。


 しかし、この時間に学校に進入してる奴なんて、DQNと相場が決まっている。

 ホンマもんのDQNだったら、もし見つかったなら、あるいは殺されるかもしれない。


 でも、気になる。


 深夜の校舎の、普段は施錠されている屋上で行われている事など、明らかに非日常な出来事のように思われた。それは、平凡な高校生活を送る神宮にとって、退屈な日常を突き破ってくれるもののように感じた。


 この扉の先に、素晴らしい世界が待っている。


 神宮は、ゆっくりとドアを押した。





 数センチの隙間から、外を覗く。


 4人の人影が見える。


 良く見慣れたブレザーにスカート。どうやら、うちの学校の女子生徒のようだ。そのうちの1人の横顔が見れた。あれは……



 安曇野詠那?



 よく見ると、他の3人も同じクラスの鳳来雛月、道明寺時子、七星梨々花だった。神宮の頭は激しく混乱した。同じクラスの女子が、深夜の屋上で何をやっているんだ? 


 しかも、接点がまったくないこの4人で。




 しかも、4人の足元には、魔法陣が描かれている。その魔法陣は、エメラルドグリーンっぽい光を放ち、異様な風を吹き出している。神宮はその良く呑み込めない状況を、固唾を飲んで見守っていた。


 その時、魔法陣から噴き出している風が一層強くなり、4人の身体を激しく煽った。そして、詠那のスカートがまくれ上がり、



 あ、見えそう……



 ガシャン!



「あ……」



 詠那のパンチラを見ようとしたあまり、勢いよく飛び出してしまった神宮。




 4人は部外者の存在に気づき、怖い顔でこちらを睨んでいる。やがて、詠那がその部外者が誰であるか気づいた。


「神宮、なんでここに」


「こ、こんばんは……ははは」


 詠那はじめ4人は、その可愛い顔からは想像できないほど険しい表情をしている。見てはいけないものを見てしまった。そんな感じがした。それは、詠那の純白のパンツを見てしまうのとは訳が違う。ビンタでは済まされない。強いていえば、麻薬の取引現場より恐ろしい何か。



 消される――リアルにそう感じ、ちびりそうになった。



 その時だった、魔法陣の光が、緑から赤に変わった。4人の身体も赤く染まった。


「いけない!」


「みんな、逃げて!」


 時子がそう叫んだが、もう遅かった。

 魔法陣から赤い光が溢れだし、光の柱を作ったかと思うと、今度は魔法陣に向かって光が逆流し始めた。そして、魔法陣はもの凄い勢いで全てのものを飲み込み始めた。お風呂の栓を抜いたみたいに、4人はあっという間に魔法陣に飲み込まれてしまった。

 そして、ドアノブにつかまって耐えようとした神宮だが、その非力故むなしく、4人の後に続いて吸い込まれてしまった。






 魔法陣に飲み込まれると、そこは虹色の空間だった。立坑に落ちてしまったみたいに、ひたすら虹色のトンネルの様な中を落ちていく。神宮の先には、梨々花、時子、雛月、詠那の順で下降している。訳が分からなかった。でも、感じたのは、命の危険。神宮は怖くなり、思いっきり手を伸ばした。すぐそこに、詠那がいた。


「神宮……ごめんね、巻き込んじゃって」


 詠那は、悲しそうな表情をしていた。それを見て、神宮は思った。




 なんて可愛いんだ。


 最期に、一度だけ、抱きしめたいっ!




「くっそぉ」


 神宮は、力の限り、手を伸ばした。


 もう少しで、手が届く。

 

 せめて、女子の手の感触だけでも知ってからあの世に行きたい。

 神宮は16年間溜めたパワーゲージをリミットブレイクさせ、渾身の力を振り絞った。



 掴んだ、詠那の柔らかい手を。



 詠那も、神宮の手を握り返した。




 これが、女子の感触か。神宮は、静かに目を閉じた。








 目を開けると、眩しいくらいの青空だった。


 なんだ、夢だったのか。


 いや、違う。


 右手に、何かを握っている感触がある。横を向くと、詠那が寝ている。ということは、やっぱりあれは現実の出来事だったのか。


 神宮は上半身を起こした。身体が痛む、どこか、強く打ったようだ。辺りを見回すと、木々に囲まれていた。ここは、学校ではない。どうやら、どこかの森の中にいるようだ。ずっしりと大地に根を下ろし、立派にそびえたつ大木には、葡萄のような果物がついていた。でも、神宮の見知っている葡萄とはなにか違う。皮が透明で、とてもみずみずしい感じがする。



 空に視線を移すと、人が飛び去るのが見えた。それは、白いローブを身に纏い、背中には白い翼を持っていた。それは、明らかに天使。


「なんだ、ただの天国か」


 再び地面に視線を下ろすと、詠那が気持ち良さそうに寝ている。

 不意に、虹色のトンネルの中でみた詠那の悲しそうな表情が頭をよぎった。普段明るくしている彼女でも、あんな顔するんだな。



 しかし、可愛い……



 神宮は、周りをキョロキョロ見渡し、誰もいない事を確認すると、唇を尖らせて、覆いかぶさるように詠那の顔に近づけた。ドクドク、神宮の鼓動が高まる。あと数センチで、初キッス。




 という所で、詠那はその大きな瞳を開いた。



「きゃああああああああああ」



 ガツっ!



 今度は、ビンタではなく拳だった。森の中に、鈍い音が響き渡った。ビックリした鳥達が、鳴き声を上げて飛び立った。





「顎が砕けたかと思ったよ」


「あんたがあんなことするからでしょ、ヘンタイ!」



 詠那は腕を組んでぷんぷん怒っている。


「いいじゃないか、僕達もう死んじゃったんだし」


「は?」


「ここは天国なんでしょ? さっき天使も飛んでたし」


「あんたバカ? 死んでなんてないわよ」



 詠那は神宮の前にしゃがんで、神宮の頬をつねった。


「いてててて」


「ほら、痛いでしょ? 生きてる」


「でも、ここは?」



「ここは……たぶん、異世界」




 そう言って、詠那はため息をついた。

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