神宮の走馬燈。






 神宮と詠那は、暗闇の世界にいた。


 これほど周囲が全く見えない環境に置かれるのは、善光寺のお戒壇巡り以来だ。

 いや、お戒壇巡りではありがたみがあったが、この暗闇には恐怖しかない。

 下手に動けば、底の知れない深い谷底に落ちてしまう。



 その一方で、別の感情もあった。


 安曇野が、僕の手を握っている。

 緊張して少し手に汗をかいているのか、火照ったような暖かい感触。


 もう、今すぐ抱きしめて押し倒したい。


 しかし、高い所が怖くて動けない。


 谷底から吹く風に煽られるだけで、身体のバランスが崩れて落ちるんじゃないかという恐怖に駆られる。



 ダメだ、やっぱ動けない。



「安曇野……」


「なに」


「どうしよう」



 返事はない。






 まさか……、






 安曇野は、僕を待っているのか? 


 そうだ、暗闇に乗じて僕に押し倒されるのを待っているに違いない。


 神宮はゴクリと唾を飲んだ。




 ……いこう。




 男なら、女性を待たせてはいけない。

 男の僕がリードしなきゃ。



 神宮は心に決めた。




 神宮は決意し、詠那の手を引く――と同時に、詠那の囁くような優しい声が聞こえた。



「ライト」



 詠那は、光魔法の初級であるライトを唱えた。


 詠那の周りから、ぱっと明るい光が広がり、辺りを照らす。


 と、突然放たれた光に驚いた神宮は、身体のバランスを崩し後ろにのけ反った。



「あ……」



 傾いた神宮の身体は、背中から倒れ込み、やっと視界に現れた細い道から外れてしまった。




 ダメだ、落ちる――




 神宮は咄嗟に、繋いでいた詠那の手を振り払った。



「神宮!」


 詠那は身を乗り出して手を差し伸べた。

 しかし、神宮はその手を振り払った。


 安曇野じゃ、僕の体重を支えられない。2人とも落ちてしまう。



 崖のような細い道の上から手を伸ばす詠那の顔が見える。


 あぁ、これが、僕の最期の瞬間か。



 思えば、最近良い事ばっかだったからおかしいと思ったんだよ。


 女子と碌に話しもしたことがないようなこの僕が、詠那みたいな可愛い娘と手を繋いだり(勘違いだが)、一夜を共にしたり、サリアみたいなロリっ子の下着姿を見たり……、こんだけ沢山おいしい思いをするなんて。



 出来過ぎてたんだ、色々と。



 その代償が、きっとこれだ。




 いや待てよ、僕の命の代償がその程度? 



 それでは割に合わなくないか?



 せめてキスとか。



 いや、もっと色々触れたり、



 いや、もっとそこらじゅうをなめまわしたり、



 いや、もっと……








 そして、暗くなる視界。





 詠那の、僕を呼ぶ声が微かに響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る