牢屋の中で限界突破



「ちょっと、ここから出しなさいよ! あたしたちが何したって言うのよ」



 詠那は、そう叫んで鉄格子をガンガン蹴っている。


 兵士の話しでは、見慣れない服装をしていたので、不審者として捕えたそうだ。

 現実世界では、イマドキどれだけ奇抜な恰好をしようと職務質問されることなどないのに(ハロウィン等の仮装で職質されるケースはあったが)、異世界はそこまで時代が進んでいないようだ。良いか悪いかは別として。




「はぁ、やっぱり服を買っておくべきだったわね」


「だから僕があれほど……」


「あんたはしつこいのよ、過ぎた事をグチグチグチグチと」


「だって、ここで捕まらなかったらきっとまた食事とお風呂で使っちゃってたよ」


「そんなことないわよ、ふん」



 詠那はぷいとそっぽを向いた。



「まぁまぁ、無実が分かればきっと釈放してくれますよ」


「そうだといいけど」




 サリアが2人をなだめていると、兵士が入ってきた。




「領主、ファリプ様がお前達の話しを聞きたいそうだ」




 牢屋から出され、縄で縛られると、5階ほど階層を上り、最上階にある領主の間に連れていかれた。

 岩の壁のに開けられた長方形の窓からは、サルバの街が見下ろせた。


 兵士が大きな扉を開けると、これまた大きな部屋があり、その奥に自分は王様だと言わんばかりの立派な椅子に座っている男がいた。


 ぷっくりと太っており、腹黒そうな顔をしている領主ファリプ。


 その左側には、身長2メートルはありそうな大柄な剣士がずっしりと構えており、ファリプを挟んで反対の右側には、ポニーテールの小柄な若い女性が――





 ――鳳来雛月。





 神宮と詠那は叫びそうになった。


 領主の横にいるのは、恰好こそ、異世界の女戦士のような姿をしているが、その顔は紛れもなく、同級生の鳳来雛月そのものだった。



 神宮たちは口をあうあうさせて鳳来を見ていたが、鳳来と思われる人物は、教室で本を読んでいる時みたいに、ただ一点を見つめて視線を動かさず、神宮達には全く興味を示していないようだった。



 おかげで、領主の話しは全く頭に入らず、牢屋に戻されたのだった。









「あれ、鳳来だったよね」


「うん……。あの子、あんなトコで一体何してるんだろう……」



 神宮達は小声で話していた。兵士に、鳳来の事を聞かれたら良くない気がする。



「鳳来って?」



 サリアも小声で聞いた。



「昨日話した、バラバラになった故郷の仲間なの。領主の隣りにいた女の子が、その子にそっくりで」


「でしたら、相当の使い手の方なんですか?」


「使い手? うーん。確かに、剣道とか武道は一通り出来たわね。前に梨々花が痴漢に狙われた時、犯人を半殺しにしたのはヒナだったかな」



 鳳来雛月、それほど恐ろしい女だったとは。



「やはり。領主ファリプは強欲ですがとてもチキンなので、大金を使って名の知れた戦士をボディガードに雇っています。それに選ばれたということは、よほどの実力者ということになります」


「可愛いから選ばれたということは?」



 神宮は鼻息を荒くしていった。



「それはありません。ボディガードとは別に、大金を使って美女を集めた通称ファリプの楽園という悪趣味な部屋があるという噂です」



 神宮にとっては、夢のような話だ。


 あの領主、羨まし過ぎる。


 しかし、ファリプの横にいたのが鳳来だとすれば、異世界に来てから2日目で領主専属のボディガードに雇われた事になる。いくら実力者だからといって、そんな事が可能だろうか。


 それとも、やっぱり他人の空似?




 そんな事を考えていると、隣りの詠那がそわそわし始めた。



「安曇野、どうしたの?」


「な、なんでもないわよ」



 そう言って、詠那は細い脚をくねくねと動かしている。






 これは、まさか……、トイレを我慢しているのか……?






 牢屋の中を見回すと、左の隅っこに小さな壺が置いてある。神宮は、あの壺で用を足す詠那の姿を想像して、ゴクリと唾を飲んだ。



「安曇野、我慢しなくてもいいんだよ」



 神宮は顔をニヤニヤさせて言った。



「うるさい!」


「詠那、大丈夫ですか?」


「うーん、サリア、神宮を抑えといてくれない?」


「わかりました」



 そう言うと、サリアはちょこちょこと神宮の後ろに回り込み、両手で神宮の目を覆った。


 視界は閉ざされ、サリアの柔らかな手のひらの感触が、瞼を通じて伝わってくる。


 これでも、十分嬉しい。


 しかし、今回の目的は、これではない。


 神宮は聴覚を最大限に研ぎ澄ませた。


 この時の神宮の集中力は、プロ野球選手がバッターボックスに立った時のそれを遥かに凌駕していた。




 詠那が立ち上がり、コツコツと歩く音が聞こえる。


 壺の前で立ち止まる。


 かさかさと、布がこすれる音がする。



 これは、まさにパンツを下ろした音に違いない。



 そして、次に聞こえてくる音はきっと……。




 ――暫しの空白。




 そして、



 何故だ、詠那の足音がまたこちらに近づいてきた。




「サリア、グッと構えてね」


「はい、いいですよ」


「え、なになに?」



 サリアの腕と身体に力入った感じがした。



「せいやっ!」


「ごふぁ!」




 腹部に強い衝撃が走り、神宮は意識を失った。




「お、お約束の一撃……」










 神宮は目を覚ました。


 牢屋には窓がないので、どれくらい時間が経過したのか分からなかった。



「真咲さん、お腹は大丈夫ですか?」



 心配そうな表情をしているサリア。



「サリア、安曇野が僕を殴る時、全く止めなかったね」


「真咲さん、ごめんなさい。でも、わたしは女性の味方です」



 サリアは本当に申し訳なさそうな顔をしている。このうるうるさせた瞳で見つめられると、なんでも許せちゃいそうだ。



「気にすることないわよ、サリア。神宮、あんたはとりあえず煩悩を捨てなさい」


「人間を人間たらしめているのは煩悩だと思うんだ」


「なに意味の分からないこと言ってんのよ」




 その時、牢の外から兵士の声がした。




「お疲れさまです。このような場所にどのような……はっ、了解しました」



 と言う声が聞こえた次の瞬間、ドサッと何かが崩れる音がした。




 そして、鉄格子ごしに姿を現したのは、鳳来雛月だった。



「ヒナ!」



 鉄格子に飛びつく詠那。



「やはり詠那か。まさか、神宮と一緒だったとは」


「ヒナ、会えて嬉しいよ」


「私もだ」



 そう言って鳳来は微笑んだ。



 神宮は、初めて鳳来が笑った顔を見た。



 普段、決して崩さない端正な顔が見せた笑顔は、最高レベルの破壊力をもって神宮のハートを貫いた。



 可愛い……。




「そちらの少女は?」


「わたしは、サリアといいます」



 サリアはぺこっと頭を下げた。



「サリアちゃんは、こっちに来て右も左も分からなかったあたし達を助けてくれたのよ。しかも、アルテナまで案内してくれるって」



 鳳来は少し考えるそぶりを見せた。



「アルテナまでか、良い判断だ。それでは、行こう」



 そう言うと、鳳来は牢の鍵を開けた。



「奪われた装備も持ってきた」



 鳳来は、袋から小刀、魔石、ペンダント、そしてマントの中に隠しておいた大鎌を取り出した。



 みんな、それぞれ装備を整え、牢屋を出た。




「ありがとう。助かったよ、鳳来」


「礼には及ばない。それに、貴様を巻き込んでしまった責任もあるからな」



 鳳来は、神宮の目を見ずに言った。



「じゃあ、早くここから逃げよう」


「いや、逃げるのではない」



「え?」




「ファリプと、話し合いをしに行く。みんな、ついてきてくれ」






 話し合い……




 大丈夫?




 それって、殴り合い、の間違いじゃないよね?







 さっきまでニヤついていた神宮の顔が、一気に青ざめた。




 

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