神宮の舌技





 鳳来が目を覚ますと、そこは牢屋のようだった。

 洞窟の窪みに鉄格子が付けられた、簡単なものだ。



「大丈夫ですか?」



 サリアが心配そうに鳳来の顔を覗き込む。




「おぉ、サリア。無事だった……」



 と、鳳来は自分の目を疑った。


 サリアが、ひらひらした黒いゴスロリ服を着ている。

 幼い顔のサリアが着ると、それはサリアが着るためにだけに存在しているかのように見事に似合っている。

 神宮がいたら、自我を失って襲い掛かっていただろう。


 そして、気づいた。

 自分の服もおかしいことになっている。

 黒装束を着ていたはずが、視界にちらちら入ってくるのはピンク色である。



「よく似合ってますよ。可愛いです」



 そう微笑んで、サリアはどこからともなく手鏡を取り出した。

 その鏡に映っていたのは、ポニーテールだった黒髪をサリアと同じようにツインテールにされ、サリアよりも一層派手なピンクのロリ服を着た鳳来の姿だった。



「な、な、な、なんだこれは!?」



 鳳来は顔面蒼白になっている。

 鳳来は生まれてこの方、こんなチャラチャラした服装をしたことがない。



「大丈夫ですよ、わたしが雛月の服も着替えさせてもらいましたから」


「そ、そういう問題ではなくてな……」



 鳳来は狼狽している。

 一体私はなにをしているのだ。

 確か、黒い月の団長のミトロンと戦って、それから……



「ミトロンは、真咲さんと一緒で変態ですが、紳士です。わたしたちに手荒い事は一切しませんでした」


「ううむ……」



 鳳来はまだ冷静な思考が出来ないでいた。

 その時、ノックをする音が聞こえた。



「うーん、思ったとおりだ。やっぱり良く似合う」



 姿を現したのは、ミトロンだった。



「僕の可愛いお人形さん」


「どういうつもりだ、ミトロン!」


「僕は少々、女の子っぽい趣味があるようでね。可愛いものを見つけると、つい欲しくなっちゃうんだ。お人形集めも好きだしね」


「ふざけるな」


「本気だよ」


「目的はなんだ?」


「怒った顔も可愛いね。ずっと眺めていたい」



 ミトロンはその端正な笑顔で微笑んだ。



「君たちは、僕のお人形さんだよ。他に利用するなんて、もったいない」



 ミトロンはそう言って顔を左右に軽く振った。



「彼は、少し利用させてもらうけど」


「彼?」



 ミトロンが手で合図すると、黒ずくめの盗賊が、ボコボコにされ捕えられたタージェンを連れてきた。



「鳳来、すまない……」



「おのれ!」


「おっと、ベイビー達に見せるものではなかったね、失礼」



 ミトロンは盗賊の手下を促し、タージェンを奥に引っ込めた。



「ところで……」



 ミトロンは両手を腰の辺りで軽く組んだ。



「魔法剣を使うという、不思議な少年を知ってるかい?」



 鳳来とサリアの頭には、すぐに神宮の顔が浮かんだ。



「僕は彼にとても興味があるんだ。一度会ってみたくてね」



 ミトロンはそう言うと、不敵な笑みを浮かべて部屋を出ていった。



「雛月、どうしましょう」


「くっ、神宮……」

 











「うう、なんか寒気がする……安曇野、ここから出してよぉ」



 神宮が叫ぶが、返事はない。

 詠那はベッドの上でぐっすり眠っている。



「安曇野ぉ~……。しょうがない、今夜は妄想で我慢するか……でも実物がすぐそこいるのに妄想なんて……、生殺しだ!」



 しかし、布団に包まれ、ロープできつく縛られた拘束具は、簡単には外れない。



「手足、下半身は使えないが……口なら動く。せめて、キスくらいしてやろう。それに、僕の舌技にかかれば、服を脱がすなど容易い……!」



 神宮は芋虫のようにうねうねと動いたり、コロコロと転がったりして壁際まで辿り着いた。

 しかし、壁は1メートル以上ある。

 ここを登って通路上に出なければ、詠那のもとには辿り着けない。



「くっ、厳しいか……でも、ここで諦めたら試合終了だ」



 一体何の試合が開催されているのか知らないが、神宮は気持ちを奮い立たせ、身体のまわりに金色のオーラを出現させた。

 すると、身体全体が粘着テープになったかのように、壁にピタッと貼りついた。

 そして、部屋を掃除するコロコロのように転がって壁を登り始めた。



 もう少しで頂上に辿りつく――



 というところで、



「あ――ぐはっ」



 魔力が切れて、地面に落下した。

 そしてそのままプールの底を転がり、反対側の壁まで一気に逆戻り。



「ううう……やはり今日は妄想で我慢するか」





 金髪イケメンに狙われているとは露知らず、神宮は今夜も妄想に耽るのだった。

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