伝説の始まり
神宮は、パジャマ姿(宿屋のオヤジから借りたようだ)のまま勢いよく部屋を飛び出すと、隣りの部屋の扉を開けた。
そこには、すでに制服に着替え、しっかりと身なりを整えた詠那と鳳来がいた。
「安曇野……」
見つめ合う3人。
「ぷっ……ぎゃははははは」
そして爆笑。詠那は腹を抱えて笑い、サリアは頭を抱えている。
「ど、どうしたんだよ?」
「はは、ははは、あんた、鏡見て来なさいよ」
神宮は言われた通り、洗面所に行って、鏡を見た。
そこには、顔の左半分は歌舞伎風の、右半分は志村けんの変なおじさんとお花のようなファンシーな落書きがされている、スキンヘッドの不審人物が映っていた。
「誰だお前……」
鏡の前で『お前は誰だ』と言い続けると、精神が崩壊してしまうという。
しかし、この時の神宮は、鏡を一目見ただけで、精神崩壊してしまった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
叫びながら顔を洗うが、ラクガキは以前からそこにあったもののように、全く落ちない。
「まさか、油性マジックみたいなもので描かれたのか……」
神宮が顔の皮が剥がれてしまうくらい必死に顔を洗っていると、詠那がポンと肩を叩いた。
「わりぃ、神宮。でも、似合ってるよ。ふふ、あははは」
詠那はまた笑い出した。
やはり、犯人はお前だったか。
とすると、右半分の歌舞伎風のラクガキは、鳳来だな……
お前ら、覚えてろよ……あとからヒィヒィ言わせてやる。
床に伏してひたすら爆笑する詠那と、そこに佇む変質者神宮。
この奇特な容姿が元となり、神宮は後に『サルバの修羅』と呼ばれることになる。
神宮達は、宿屋のオヤジと奥さんに見送られ、宿屋を後にした。
奥さんは、変わり果てた神宮を見て「若いっていいねぇ」なんて笑っていたが、とんでもない。
神宮は黒い布で顔を覆い、目の部分だけを出すという怪しげなスタイルをとっていた。
「それじゃ不審者じゃん」
制服姿の爽やかな表情をした詠那が言う。
「布を取っても不審者だよ」
神宮は口を尖らせて抗議するが、口は布の下に隠れているので分からない。
「そう言えば、昨日の夜何があったの?」
不審者が尋ねた。
「まったく覚えてないの?」
「うん、全然」
詠那は、神宮の目を覗き込むようにして言った。
「神宮、あんた酒癖悪過ぎ」
君に言われたくないよ、安曇野、そして鳳来……と、神宮は心の奥底から叫んだ。
「サリア、昨日のこと教えてくれない?」
神宮は、唯一の味方であろうサリアの助けを求めた。
サリアは、柔らかそうな頬に人差指を当て考えた。
「うーん、ナイショです! 面白そうだから」
サリアは笑顔でそう言った。
サリア、君の僕の敵なのかい?
「これから一気にアルテナに向かうから、準備をしていこう」
そう言って、神宮一行が大きめの道具屋に向おうとした時、詠那が急に立ち止まった。
「安曇野、どうしたの?」
詠那は、一点を見つめている。
その視線の先には、神宮の様に布で顔を覆っている女性がいた。
それを見ると、鳳来も何かに気が付いたようにハッとしてその女性を見た。
詠那はゆっくりと、その女性に近づいて言った。
「時子」
女性は、一瞬振り返ると、またすぐに顔を背けた。
そして、そこから逃げるように歩き出した。
詠那は思わず女性の腕を掴む。
すると、その衝撃で女性の顔を覆っていた布がほどけた。その顔には、神宮も見覚えがあった。
道明寺時子。
「時子なんでしょ?」
詠那がそう言うと、女性は裏路地に向かって走り出した。
「待って、時子!」
詠那を先頭に、女性を追って走り出した。
そして裏路地の十字路にさしかかった時、突然1台の幌馬車が通路から現れた。
その馬車から、真っ黒なローブに身を包んだ者が3人、飛び出すと同時に、女性を取り押さえて馬車の中に押し込んだ。
「ちょっと、なにすんのよ」
そう言って詠那とサリアは馬車に飛び乗った。
鳳来も飛ぼうとしたが、急に昨晩の二日酔いの症状が現れ、その場にうずくまった。
「鳳来、大丈夫?」
神宮が鳳来に気を取られている瞬間、詠那、サリア、そして時子と思われる女性を乗せた馬車は走り去ってしまった。
「待て! 安曇野、サリア!」
神宮が走って追いかけたが、追いつけず、馬車は姿を消した。
「はぁはぁ、くそ、一体何が……」
「くっ、不覚」
鳳来はうずくまりながら、石造りの地面を叩いた。
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