一章 MMORPG『War of The Apocalypse』

2018年7月 第2週―①


『あと二週間か……月末まであっという間だな』


 WoA――『War of The Apocalypse』の世界は、それぞれの陣営が拠点としている“天界”と“地獄界”、そして人間NPCが暮らしている“現界”の三つのワールドで成り立っている。


 その三つのワールドのうちの一つ、現界のとある街で。

 気が付けば自分は、日々の目まぐるしさについて愚痴っていた。


『アルマゲドンで戦って、すぐまた来月のアルマゲドンに勝てるように“仕事”に勤しんで――。まぁ、楽しんでやってる以上、現実よりはだいぶマシなんだけど」


 例えばこれがFPSなら。武器を買い揃えるぐらいであとは放置でも問題ないのだけれど。例えばこれがただのMMORPGなら。レベルがカンストしていてこれ以上上がらない自分は、暇をしているはずなのだけれど。


 面倒なことに、このWoAには陣取りゲームのような側面があり、それが目玉イベントであり、WoAの全てとも言えるアルマゲドンに影響しているのだ。対象となっているのが、この今いる現界――悪魔でもなく、天使でもなく、他でもない人間が生活している(という設定の)ワールドである。


 敵陣営の領地に直接攻撃を仕掛けたり、自陣営の領地の人間を守ったり増やしたり。


 早い話が対陣営戦PvPの、天使と悪魔の戦争アルマゲドンが少しでも有利に運ぶように準備が必要で。その準備についても【グループ】ごとにいろいろあって。


 自分の所属している【グループ】、【グラシャ=ラボラス】の場合は、現界で生活している約十数万の人間NPCの中にいる特殊NPC――“聖人”を殺すことが、“仕事”の内容だった。


『いっつも、口を開けばお仕事お仕事って、ゲームの中でも社畜だよねぇ。先月のアルマゲドンでも張り切っちゃうし、ホントにもう社畜の鑑だよ』


 VCボイスチャットから聞こえてくるのは――隣を歩いている悪魔プレイヤー、自分が一位になった時からの付き合いである[シトリー]の声。自分の胸程の身長すらない小型なもののため、性別がよく分かりにくいけれども一応少年タイプのアバターである。


 緑色の髪をして、前髪は長く目元が隠れている。

 彼も序列十二位の悪魔【シトリー】の名前を持っていた。


 このゲーム――WoAではグループ内での順位が一位になると、キャラクター名をグループ名と同じに変更されるのである。つまるところ、こいつもグループ一位ということだった。


『……お前の“仕事”はだからな』

『羨ましいなら、グラたんも【シトリー】に移ればいいのに』


 気づかれぬよう息を潜め、じっとチャンスを窺って。ただ黙々と相手の戦力を少しずつ削いでいく。そうして目的を終えた後は、影も残さず素早く帰還する。


 忍者だとか、暗殺者アサシンだとか、普通のゲームのように職業クラスだのがあれば、きっとそこらへんに分類されるのだと思う。


『まさか。俺はこれで十分だよ』


 時には忍耐力を要する“仕事”だったが、待つことは嫌いじゃない。要は【グラシャ=ラボラス】の“仕事”が、自分に合っていただけのこと。






 ――目の前に広がるのは、西洋の街並み。石造の建物が並んでおり、続く石畳の上では多くの人間が往来している。ちょうど活動が活発な時間帯らしく、自分にとっては都合のいい状態だった。


『んじゃ、行ってくる』

『はいはい。狭い街だからねぇ、ボクは別の場所から“見て”おくよぉ』


 そう言うなり、[シトリー]は別の方向へと歩いてゆく。

 ここから先は別行動。――気合を入れて行こう。


『さて――“仕事”の時間だ』


 ――。暗殺ミッションの始まり。


 街中を歩いている一般NPCは、全て無視してゆく。スコアは入るものの、ターゲットである特殊NPCに比べると雀の涙ほどしかないし、正直言って、メリットよりもデメリットが大きい。それで、天使達に気づかれてしまっては元も子もない。


『向こうの監視タイプはいないみたいだけど、一応用心しておいてねぇ』

『――分かってる』


 [シトリー]に言われたように、できるだけ人間でごった返している通りを選んで移動する。


 ――【シトリー】。隠された秘密を暴く能力を持った悪魔。


 このゲームに置いては、NPCに扮した天使を見つけたり、そのキャラクターのステータスを見る能力を持っているグループだった。


 もちろん、グループ内順位一位ともなれば、その範囲も広く。この街程度の広さならば、その殆どをカバーできるレベル。それ故に、現在目標へ向けて――天使と遭遇しないよう、で進んでいた。


 時間が経てば経つほど、見つかる可能性が高くなる。かと言って、街中を全力で走っていては街の風景から浮いてしまう。逸る気持ちを抑えながら、ゆっくりと――他の人間に合わせて歩を進めていくのが一番の近道だった。






『――そこらへんの筈だけど、いる?』

『……あぁ、たぶんあれだな。見つけた』


 場所は城の庭園。そこまで入ったところで、[シトリー]のナビの通りに目的の聖人を発見する。


 ――けれども、直ぐには飛び掛からず。右へ、左へと周囲の様子を窺って。今回は[シトリー]が周りの状況を監視しているため、そんなことをする必要はないけれど、それは殆ど癖のようなものだった。


 天使がNPCに成りすまして待ち構えているのなら、観察していれば不自然な動き方をしているだろうし。確認しておかないと、落ち着かない。


『今ならいけそうだねぇ。GOGO!』


 どんなMMORPGだろうと、。プレイヤーが一人もいない場所というのは、どうしても存在してしまうもの。たとえ天使側が異変に気付いたとしても、途中で邪魔が入ることはないだろう。


 武器――二刀の短剣を装備した戦闘用のアバターに切り替わり、一息にターゲットへと襲い掛かる。


 たとえ聖人であろうとも、所詮はNPC。レベルをカンストしている自分の足元にも及ばない。とは言えども、簡単な話ではないのだけれども。


 攻撃を当てて、向こうが戦闘状態に入るまでの猶予時間行動のラグはフルに活かしておきたい。さぁて、その間にどれだけのダメージを与えられるか――


『――時間をかける訳にはいかないんだけどなぁ……』


 自分のこの[グラシャ=ラボラス]は、人間を標的にしている悪魔グループなため、些か攻撃力の低さが際立つ。特殊NPC故に地味に体力が高いため、時間がかかってしまう。短期決戦で終わらせるには、不意打ちを仕掛けるのが大前提だった。


 アルマゲドンでは天使を相手にする上に、こいつ等が多数で来る時もあるから、たまったものではない。唯一の救いは、NPCである以上いきなり防御態勢に入らないことだろうか。


『まぁ、分かってるとは思うけどさ――』

『大丈夫だ。このままで押し切る』


 こちらへと反撃してくるが、構わず短刀で斬りつけ続ける。攻撃スキルを使えば、少しは早く倒せるだろうけども、余計なエフェクトを出して天使に見つかるようでは本末転倒だ。


『流石に、一度“あれ”を経験すると――」


 以前、往来のど真ん中で巨大な火柱を出したせいで、一瞬で街中の天使に囲まれた悪魔プレイヤーがいた。その結果は……口に出すのも憚られるほど壮絶なもので。


『あれは酷かったねぇ……』

『思い出しただけでも震えるな……』


 敵領地の街中では隠密行動が鉄則。少なくとも事が始まるまでは。これを破るのは余程の初心者か――余程の狂人ぐらい。


『これで第一の目標は達成、と。あとは――』


 雑談交じりにカタカタやっとけばハイ終わり。多少の抵抗はあったものの、周りで騒いでいた雑魚NPCを含めて、十数秒の間に掃除することはできたので――


『後は逃げるだけでOK?』

『行って帰るまでが、暗、殺、Deathデス!』


 ここまでで邪魔はナシ。

 ……まだ気づかれていないよな?


『――で、もう周りの天使が気付いたみたいだから。急いで帰って来てねぇ』

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