2018年 4月末 アルマゲドン―②
「目を付けられたって、あのケルベロスにか……」
「あ゛ぁ?」
――前回との違い。[ガブリエル]の他にもう一体天使がいた。
縦格子の面にエメラルドグリーンの西洋甲冑、そしてその片手に携えた炎の剣は忘れもしない。……四大天使の一人、[ラファエル]である。
「次会うときは一対一と言っていたが……それは次回に持ち越しだな」
「……そりゃどうも」
今は自分よりも[ケルベロス]の方が優先度が高いらしい。それが、[ガブリエル]を庇ってのものなのか――より強い方と戦おうとしてのものなのかは分からないけど。
「おいおい、先約があるなら勝手に進めてろよ」
一歩――
「別に遠慮しなくてもいいんだぞ?」
二歩――
「こちらとしても、そっちのお嬢さんに用事があるんでね」
――三歩。
[ケルベロス]が一言一言を打ち込む度に――[ガブリエル]が[ラファエル]の影へ影へと下がっていく。
「『次は必ずぶっ飛ばす』と、言っておいたよな? なぁ?」
「いいや、先に俺の相手をしてもらう」
殴りかかるタイミングを今か今かと計っていた[ケルベロス]を遮るように、[ラファエル]が前へ出る。どうやら譲る気はないらしく、かといってこちらも退く気はないらしく。挑発するように[ケルベロス]も前に出て、互いの攻撃が当たるところまで接近する。
「アンタと戦える機会なんてそうそう無いからな」
「その自信をへし折っちまったら悪ぃから引いてやってんだけどなぁ」
『……仕方ないな。――おい、そっちの“弱い方”の足止めは任せた』
‟弱い方”ってなんだよ。[ガブリエル]のことを言ってんのかよ。サポート主体のスキルを持った天使だし、[ラファエル]より弱いのは確かなんだけども……。
そんで、そのサポート担当を足止めしろってことは――『強化に集中させるな』ってことでいいのかね。いいんだろうな、たぶん。
『別に、足止めだけじゃなくてもいいんですよね?』
二対二というよりも、一対一と一対一という構図になるのだろう。先月のアルマゲドンで感覚は掴めたし、[ガブリエル]単体ならいけるか? ――と、冗談交じりに言ってみる。
『はっ。できるのならやってみろよ』
……鼻で笑われた。完全に勝てるわけがないと決めつけてんじゃないかこれ。今なら邪魔も入ることはないだろうし、他の三人を相手にするよりはまだ勝機があると思うのだけれど。
『……あっと驚かせてみせますよ』
「やっちゃえラファエルー!」
「あまり早々に落ちてくれるなよ」
――既に[ラファエル]は[ガブリエル]によって、ガチガチに強化バフを施されていて。その圧力は、前回のアルマゲドンの時の比ではない。その場に君臨する姿はまさに一軍の将、天使を統べる者の一角を担っているだけのことはあった。
「ほら、御託はいいからかかってこい」
『ま、精々頑張ってみろよ』
そう言い残して、[ラファエル]と盛大にスキルを打ち合う[ケルベロス]。炎の剣に対して一対の
――で、だ。向こうの戦いが始まったとして、問題はこっちだ。
「とりあえず、唯一倒せそうな奴が俺の相手で良かったよ」
「もちろん四天王の中で一番弱いのは私だけどねぇ」
大きく振るわれた得物は、神々しい装飾を施された長手の矛。後方支援らしい、特に可もなく不可もないオールラウンダーな武器だった。
「後悔するんだから! この私にも勝てなかったってことにさぁ!」
……間合いが広いってのが難点だな。積極的に距離を詰められると、後退しきれずに攻撃が掠りやすくなってしまうし。かといって、こちらが懐に入ったところで攻撃が当たらなくなるわけでもないし。
向こうが離れようとすれば近づいて。痺れを切らして距離を詰めようとすれば離れて。チクチクと小さな攻撃を重ねながら、際どい距離を維持し続ける。
『流石に戦闘に入ると、目障りなチャットも出てこなくなるか』
敵が誰であろうと、相手の攻撃に合わせてカウンターを加えていくスタイルは変わることなく。変える気もなく。少しずつだが、確実に。こちらへのダメージを抑えながら、向こうへダメージを与えていく。
≪バインド≫効果はいざという時のために温存しておくとして。少しずつ、確実に削っていきながら、相手が自身の回復を始めた時に合わせて大技を叩きこむ。ここまでは普通の戦闘と同じだけれども、相手はサポート役とは言えど四大天使。思っていた以上に攻撃が激しく、一瞬たりとも油断はできなかった。
一方的とはいえども、三歩進んで二歩下がって。たまに無理矢理に足を止めさせられて。……これを“弱い方”と切り捨てられるだなんて、どうかしている。
『……ん?』
ほんの一瞬だけども、[ガブリエル]が妙な動きをしたような――
『はっはぁ! バフが切れたら途端に勢いが落ちたなぁ!』
戦闘開始から一分程度。そんなことを考えているところに、[ケルベロス]の楽しそうな声が聞こえてくる。序盤は[ラファエル]が少し押していたようだったが――強化が解けたあたりから[ケルベロス]が押し返していたらしい。
相手は完全に[ガブリエル]に強化を任せていたのに対して、[ケルベロス]は完全に自給自足、自身の強化は自身で行うタイプで。確実にその差が現れていた。現れるように動いていたってのもあるけども。
『それ、向こうには聞こえてない――って……!?』
……やばい。いつの間にか離れて戦闘していたはずの[ケルベロス]がすぐ近くに――ということはマズイんじゃないか?
『くっ――!』
『おーい、どうなってんだテメェ。まぁた、ラファエルにバフがかかってるぞ?』
気付けば[ガブリエル]の補助範囲内。慌てて距離を離させようと攻撃を放ったのだけれど――システム上、出が始まった技をキャンセルさせることはできないため、どうしても補助行動を阻止することができない。
『す、すいません……!』
――
そこは腐っても第一位ってことかよ。その称号は単に他の三人の影に隠れて得たものではないと、その一挙一動から嫌でも伝わってくる。
一進一退の攻防を続けつつも、隙を見て[ラファエル]に強化を施そうとする[ガブリエル]。こちらもそれに合わせて、威力の高いスキルを打ち込む。反撃されたらスキルを使い回避。それの繰り返し。
大きな牽制にはなっているのだけれど――それでも[ケルベロス]は不満らしい。
『無理やりにでも引き剥がすっ』
[ラファエル]と[ガブリエル]を纏めて吹き飛ばすように燃え上がる焔。その[ケルベロス]のスキルが消えたタイミングで、間に割り込むように突っ込んでいく。
いつでも距離を詰められるように横へと逃げようとしても、そこは回り込み抑え込んで、そうしているうちに、[ケルベロス]が[ラファエル]を反対方向まで押し込んでいくのが見えた。
間合いは広いものの、剣に比べると出も戻りも遅い。時間が経つにつれ、ジワジワと[ガブリエル]の動きにも焦りが出ていた。HPも二割を切り、回復スキルを自己へと回す頻度が増えているし、あとは押し切るだけなのだけれど――
『おら、こっちは一体落としたぞー。そっちはどうなんだ? ん?』
『なっ――!?』
炎を纏いながら自身を回復していく[ケルベロス]の後ろには――リタイアしてゆく[ラファエル]の姿が。まじかよ。本当に倒しきったぞ、この人。
セットで動いていたってことは、[ガブリエル]からのサポートを前提していたのだろうけどさ……それでも四大天使の一角を、戦闘職の大天使をほぼ自分の力で落とすって、どこまで化け物なんだと。
『……こっちはまだです』
あともう少しで倒せるとこだったので、だいぶ悔しい。これだけの条件を整えられても倒すまでには至らなかった――というのが拍車をかけた。
最初に[ケルベロス]が言っていたように……あくまで“足止め役”。そういった所も、全て含めて予測していたということなのだろう。いや、よく言うけどさ。『勝負が始まる前に結果は分かっていた』とかさ。
……この場所にいた四人の中で――[ケルベロス]が一枚も二枚も上手だった、と見る他ないことを、この状況が物語っていた。
『惜しかったんだけどなぁ――』
頼りの綱である[ラファエル]を失い――前回のように逃げ出そうとする[ガブリエル]に、スキルによる攻撃を打ち込む。当たった瞬間、戦闘の途中に一発仕込んでいた≪影縫い≫が発動した。
「≪バインド≫……!」
逃げるのを諦めたのか、チャットで発言する[ガブリエル]。
「……
ここまでが[ケルベロス]の言う“足止め”。あとは彼女が止めを刺せば完了である。……最初から彼女の獲物だったのだし――間に合わなかったのは、自分の実力不足によってのものだし。どうぞ煮るなり焼くなり好きにしてください。
「ま、確かに……倒せずに後悔はしてるかな」
「なんなのよ、もう! アンタさえいなければボーナスゲームだったってのに!」
「はっ、理不尽か? 諦めろよ。“こういうゲーム”だ」
そして、[ケルベロス]の放った爆炎が[ガブリエル]を包み――これで四大天使のうち二人が、アルマゲドンからリタイアとなった。
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