2018年 4月末 アルマゲドン―①


 四月末――アルマゲドン開始の時刻が近づいたため、専用のエリアに飛ばされて。気が付けば、だだっ広い赤茶けた荒野の丘の上にいた。


 事前にMAPの構造は確認したものの、実際に見ると思っていた以上に単純な構造になっているようで、端から端への移動も問題なく行えそうで。少し懸念があるとすれば、高所からの視界がよく通りそうなので、向こうに動きを気取られやすいというところだろうか。


 月の後半に入ってからの“仕事”も順調に進めることができたし――なにより今回は、あの[ケルベロス]が参加している。前回とはいろいろと状況が違うアルマゲドン。[ダンタリオン]からすれば『七割方勝てる』とのこと。


 [o葵o]も参加しているはずなのだけれど……。視線を巡らせてみても姿は見えず。どうせ始めの方は、様子を見るために自陣から動かないのだし、今のうちにぐるっと回って見て来ようかと思ったところで、突然[ケルベロス]からVCを飛ばされた。


 向こうから場所を把握されてるのだろうかと思いきや――


『ふぁっ!?』


 既に背後に立っていて変な声が出た。下手なホラーよりも焦るわ。


『変な声出してんじゃねぇよ、気持ち悪ぃな』

『……今回は参加するんですね』


『ま、今月は暇だからな。様子を見に来たのと――』


 ……“のと”?


『あと、こいつはアルマゲドンの直前に言うことでもないんだが――』


 これまた珍しい。あの[ケルベロス]がわざわざ前置きするだなんて。明日はひょうあられか、もしくは槍か隕石でも落ちてくるんじゃないかと。少しだけ不安になったので、恐る恐る尋ねてみる。


『……なんです?』

『そろそろ天使陣営に行くわ』


 へぇ、そろそろ天使陣営に。……天使陣営に!?


『――は!?』


 いきなりのことに度肝を抜かれた。人に相談をするような柄ではないし、もはや『行くわ』とはっきり宣言してるし。サプライズにしてはタチが悪すぎるんじゃないですかね。


『もちろん、このアルマゲドンが終わってからだがな』

『な、なんで……』


 ――尋ねる声が、知らず震えていた。


 この[ケルベロス]が近い未来、敵に回るって? 冗談じゃない。……いやはや、これまで彼女が味方にいることで、どこかで安心していたわけだ、自分というやつは。それが無くなると言われ、動揺しているわけだ。


『悪魔陣営も飽きたとまでは言わないが……このゲームを楽しむんだったら、向こうの陣営もやってみるのもありだと、そう思ったわけだ』


 “こうした方が面白いからこうする”。この人の80%がこれで占められているんじゃなかろうか。先週あたりに大暴れしたのも、間違いなくそれが元だろうし、それが今度は『天使陣営も覗いてみる』ということらしい。


 確かにクローズドβから始めたのなら、五か月に近い期間を遊んでいることになる。つまりは半年近くを悪魔陣営で過ごしていて。ガラッと環境を変えるために【グループ】を移動する奴はいたけども、まさか敵側の陣営に行くだなんて。


『それは、らしいって言えばらしいですけど……』


 やることなすこと全てにおいて無茶苦茶で、協調性の欠片もない人だったけど――それでも、力技で押し通すだけの実力の持ち主なのは誰もが認めているし。抜けられたら厳しいどころの話じゃない。


『……これからのアルマゲドンが厳しくなるじゃないですか』

『あ゛ぁ? 別に人の為にケルベロスやってんじゃねぇぞ』


 ――凄まれてしまった。いや、確かに言っていることは正しいんだけどさ。自分だって、誰かのために[グラシャ=ラボラス]をしているわけじゃないし。……だけれど、それでも簡単に納得できるものじゃない。


『――お前が目をかけてた【ケルベロス】もいんだろうが。それで充分だろ』

『確かに頑張ってるとは所々で聞いてますけど』


 第一位と始めたばかりの初心者じゃ、天と地ほどの差があるんですけど?


 ……悪影響を与えかねないので今まで避けていたけども、こんなことになるなら一度ぐらいは会わせてみても良かったんじゃないかと少し後悔する。別に目をかけてるとか、そういうのじゃないけどさ。


『というわけで、終わったらすぐグループ変えるからな。――次に会う時は、ケルベロスじゃなくて‟ルカ”でよろしく』


 チャット欄に表示される「ЯU㏍∀ルカ」の文字。これでルカって読むんかい。RとAは逆になってるわ、Kは二つ重なってるわ……。


『どうやって出してんですか、その記号……』





 ――そしてアルマゲドン開始時刻。開戦の喇叭らっぱがエリア中に鳴り響き、プレイヤーたちが一斉に動き始める。


『さぁて、突っ込むか』

『ですよねぇ……』


 ……【ケルベロス】の、それも第一位の言うことじゃないだろうに。【ケルベロス】ってなんだか知ってるのか? 地獄の番犬だぞ? 番犬なのに番をしないってどういうことだよ。


 今回は別口でVCを繋いでいるということで、[シトリー]の指示は[ケルベロス]を経由して受けることになる。半ば予想はしていたことだが――その結果、[ケルベロス]に引っ張られる形で敵陣へと進んでいた。


『止まるなよ、グラシャ=ラボラス。このまま雑魚を蹴散らしながら突っ込む』

『……わかりました。援護します』


 [シトリー]からの指示、元には[ダンタリオン]がいるのだから、順調に前に出れてはいる。……正直なところ、序盤から敵陣に入るのは気が気ではないんだけどなぁ。


 蹴散らして、蹴散らして、蹴散らして――


 そうして敵の前線より、少し後ろの方へと抉り込んだあたり。向こうは広く展開しているらしく、部分部分での敵の層は薄かった。


『よし、こっからはお前が先に行け』

『…………?』


 前を走っていた[ケルベロス]が速度を緩める。……どういった風の吹き回しだろうか。命令口調なのはいつものことなんだけど――前を譲るということは初めてなので不安になる。


 ……とりあえず[シトリー]から何の報告もない以上、問題はないのだろう。そう思った矢先、砂煙が立ち上る中から天使が飛び出してきた。嘘だろおい。


『なっ――』


 耳の後ろあたりでまとめられた水色のツーサイドアップに、百合の花の髪飾り。白いショート丈のドレスを纏った六枚羽の天使。頭上にはしっかりと[ガブリエル]の文字が浮かんでいた。


 先週に引き続き、またこいつかよ!


 ――慌てて飛び退いたところで、追撃を仕掛けてくる様子もなく。これまた癇に障るような口調で話しかけてくる。


「グラシャ=ラボラスはっけーん! まーた懲りずに敵陣に乗り込んじゃってさぁ! ボロ雑巾になるのが癖になっちゃてるようで!」


『……こいつは面倒なやつに、一旦引いて――』

『――おし、かかったな』


『……かかった?』


 一瞬何を言っているのか理解できなかった。この状況……[シトリー]から見える範囲内で運悪く上位天使に遭遇するとは考えにくい。つまり――俺、天使を釣り出す餌にされたんじゃないか!?


『いやーごめんねー。全体の状況を見るとさー、こうした方が勝率が高いってダンタリオンがさー』


 ……やっと出てきたかと思えば、清々しいまでの棒読みかてめぇ。


 まさか[ダンタリオン]もグル――いや、恐らく二人が丸め込んだのだろう。[ダンタリオン]が味方に黙って敵にぶつけることなんて、自分が知る限りでは初めてなのだから。


「よう、久しぶりだなぁ。会いたかったぞ、喜べよ」

「なんであんたが!?」


 まさに不意打ちと言わんばかりに、少し遅れて[ケルベロス]が合流する。見覚えのある紅い影が現れたことで、この上なく焦る[ガブリエル]。


 ……[ケルベロス]から受けた仕打ちを考えると、その気持ちもわからなくはないけどさ。そりゃ怖いって、森でクマに遭ったようなもんなんだから。


「いい気にならないでよね、前回とは状況が違うんだから!」


 その言葉と共に現れた影、一人の天使。その背には六枚の羽根があった。

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