2018年4月 第4週

 気が付けば、今月のアルマゲドンもすぐ間近に迫っていて。他のプレイヤーたちも、アイテムの補充や装備などの用意、スコア稼ぎの最後の追い込み等々。そこかしこで忙しそうにしている。


 そんな中、自分はといえば――地底深くという設定である地獄界にも関わらず、暖かい日の光の中にいて。


「≪大図書館≫にようこそ。何が聞きたいんだい?」


 まるで大樹の内側のような円形のフロア。その壁面には天高く本棚が連なっており、その中心のカウンターには訪れる者の対応をしているプレイヤーが何人か。そしてそのうちの一人である、[ダンタリオン]がこちらに気づいて、まるでRPGの村人のようなセリフを投げてきた。


「……特にこれといった用事もないが」


 ――《大図書館》。図書館とは言っても、実際にここで本が読めるわけではなくて。分かりやすく言えばインフォメーション。俗に言うヘルプのようなものである。


 これまで見たイベントの閲覧、アイテムやモンスター、天使や悪魔の情報に、各操作のチュートリアルなど。基本的な情報は、この図書館にある端末によって調べることができるのだが――[ダンタリオン]は司書として、というより先輩プレイヤーとして、自主的にプレイヤーの情報の収集や検索の手伝いをしていた。


『…………ん?』


 [ダンタリオン]の手が空くまで待っていよう、そう思って少し離れた席に座ったのだけれど、即座にVCへの招待が飛んでくる。もちろん繋ぐ。


『――今日も‟暇つぶし”に来たのかい?』


 繋いで早々「暇つぶしに来たのかい?」はないだろうに。まぁ、今となっては利用する必要もないのだから、それ以外に来る理由なんてないのだけれど。


『……繋いでもいいのかよ、まだ他の人がいるけど』


『他でもないグラシャ=ラボラスからの相談だからね』

『別に相談をしに来たわけじゃないって』


 噂によると、他のプレイヤーのゲーム外での相談を受けることもあるらしい。図書館を訪れた初心者がそんなことを掲示板で書いていたのを見たことあるけども……あれマジだったのか。


『こっちで見たりしたか? あの……少し前から始めた【ケルベロス】の――』

『――あぁ、君がしばらく一緒に行動していたあの子かな。どうしたんだい、行方知れずで捕まらないとか?』


『……いや、探してるわけじゃないんだ』


 ……別に、それほど深い意味があって聞いているわけではない。ただ[シトリー]に『ほったらかしにしておくのもどうなのさ』と言われたために、いろいろ地獄を回っているついでに聞いてみただけのこと。……決してその後ろで『ふぅーん』とか、『ほぉー』とか言っていた[ケルベロス]からの圧力に負けたわけではない。


『葵ちゃんなら、ついこの間までいろいろ調べに来ていたよ』


「そのアイテムも使いやすいけど、その状況なら継続回復バフが付く料理を食べた方がいいかもね」と、他のプレイヤーからの質問に答えながら会話を続ける。


『……君の弱点とかね』

『そんなのも答えられんのか!?』


 今のうちならまだリベンジに来たとしても勝てるだろうけど――[ダンタリオン]がバックアップに回ったのだとしたら、それだけで自分の予想を超えてくるのは間違いなくて。――てか、個人情報だと思うんだが!


『そういう、極端に肩を持つようなことはどうかと思うぞ』

『――いや、まぁ、ここまでは冗談なんだけどね。流石に僕だってそんな個人の癖だとかは把握してないよ。君じゃないんだから』


 ――冗談かい。[ダンタリオン]なら割と本気でできそうだから笑えない。


『他にもいろいろ聞きに来ていたよ。悪魔のことも天使のことも、このWoAに関することはだいたい。別に再戦しようとか、そういうのはないと思うけど』

『……そうか』


 暗黒面ダークサイドに堕ちてはいないようで少し安心した。これで『手始めに下の順位の【グラシャ=ラボラス】を狩り始めてた』なんてことを言われていたら卒倒していたかもしれない。


『そういえば、相当強めに叩いたのかい? 凄い勢いで飛び込んできたんだけど』

『凄い勢い?』


『それはもう、嵐のようでね。開口一番に「ダンタリオンさんいますか!?」って』

『なにやってんだあいつは……』


 ……思わず頭を抱えていた。[ダンタリオン]はどこか嬉しそうだったけれども。


 専用wikiを立ち上げながらも、こうして司書として活動しているのは――始めたばかりのプレイヤーが、WoAを楽しむ過程を間近で見られるからなのだろう。


『まぁ僕たち初期からのメンバーは、それこそ手探りでいろいろ調べたものだけど』


 当時と言っても、ほんの数か月前の話。始まったばかりのこのゲームは、敵も味方も情報が揃っていなかったため、各々が自由に行動をし過ぎて、お世辞にもまともなゲームだったとは言えなかった。


 月ごとに行われるメンテナンス。それに加え、有志によるwikiの設立によって、情報が情報が纏められてくると――それぞれの行動の標がはっきりとし、徐々に形を成し始めたのである。


 一つの流れとして確立した、まともなゲームと呼べる代物に。


 自分も、そうやってWoAの歴史を作り上げた一人と言えなくもない。情報の提供をしていた一人だったということで、多少の愛着があったりもする。


『今ではメンテの直後ぐらいだろ。そんなことをするのも』

『編集作業もそこまで忙しくなくなったしね』


 話を戻すと――この目の前にいる[ダンタリオン]こそが、唯一無二のWoA専用wikiの管理人。例の有志の一人で。掲示板でもちょっとした有名人だった。






『さて、と。待たせたね』


 図書館に訪れる人も殆どいなくなり、そこでようやく[ダンタリオン]が席につく。VCを繋いでさっきからずっと話していたので、『待たせた』もクソもないのだけれど――やはり彼としては、話は面と向かってするべき、という認識らしい。


『先月のアルマゲドンは残念だったね……葵ちゃんと援護に回ってくれたから助かってたんだけど、どうにも向こうの準備が良かったみたいだ』

『あそこが落ちたら、なし崩しに戦況が悪くなるからな。あの程度で済んで良かったと考えるべきか……』


 戦場に散らばった【シトリー】がそれぞれの場所で得た情報を、[ダンタリオン]達の下へ集めて判断・再発信する。即時のリターンが必要なこの役割をこなせる――全ての天使・悪魔に関しての知識を有する[ダンタリオン]がいるからこそ、成せるわざだった。


 ……不利な状況からなんとかイーブンまで持っていけるようになったのも、[ダンタリオン]が全体指揮を執るようになってからだし。


『今は各グループの動きが噛み合ってきてるからね。戦況を後ろで眺めている側としては面白い戦いだったんだったけど。……僕もちゃんと見たよ、あの動画』

『……うるせぇ』


 そこには味方でもあまり触れて欲しくないところだった。


『葵ちゃんにかかりきりだったから、前回のアルマゲドンでは奮わなかったけど――君とシトリーもなかなかいいコンビだよ。さながら、角と桂馬という感じかな』

『角と桂馬?』


 なんで将棋の駒?


『僕は人を将棋の駒に例える癖があってね。……将棋はやらないかい?』

『……少し遊んだ程度だな。駒の動きを覚えてる程度だ』


 ――囲いだとかその辺りについてはさっぱりわからない。“穴熊”っていうのが固いだとか、その程度の知識。ゲームのCPU相手でも中級になると手も足もでない。


『で、なんで角と桂馬なんだよ』

『桂馬が敵の布陣の穴を見出して、角が飛び込む。動く範囲も広いし、例えとしてはこれが一番しっくりくるからさ』


 正直なことをいうと『桂馬ってそういう役割だっけ?』って感じなんだけど――[ダンタリオン]がそう言うのなら、そうなのだろう。


『葵ちゃんは銀かな。いろいろと伸びしろもあるからね』

『銀ねぇ……』


 正直、金の一つランクが落ちたもの、という認識しかない。成れば金と同じ動きになるから、そういう意味の伸びしろか?


「僕は、銀が一番好きだよ」と、笑う[ダンタリオン]。


『バアル=ゼブルは竜ってところか』


 自分の中で一番強い駒といえば――飛車が成ることで、一マスだけだが斜めの移動も可能になる竜だった。


『一気に戦況を巻き返せるほどの実力を考えると、そのあたりだろうね』

『天使側に比べると、竜の数が些か少ないのが難点だな、こっちは』


『……力が強い駒が常に良い駒だとも限らないさ。将棋ってのはね、いろいろな種類の駒があるから面白いんだよ。そう、長所と短所があるからね』


 全員が全員、同じ強さで同じ動きをするのなら、戦略も自ずと単調になりがちになってしまうらしい。いくつもの異なる要素が複雑に絡み合うからこそ、ここまで面白いのだと、[ダンタリオン]は言っていた。


『……まぁ、あるグループの一位が、必ずしも他のグループで一位になれるわけじゃいしな。全部が戦闘力で決まるわけじゃない』


 そうじゃなけりゃ、自分も[グラシャ=ラボラス]になんてなれていないだろうし。力だけじゃない、自分の長所を最大限に活かせるからこそ、このゲームを飽きもせずに続けているのだから。


『他には誰がいたかな』

『じゃあ――ケルベロスは?』


 [バアル=ゼブル]とは違った強さ、たがの外れた凶暴性を持つ彼女を、[ダンタリオン]を何に例えるのだろう。


『うーん。彼女も竜王――いや……』

『……?』


 竜でなければ馬か? それとも、意表をついて王かと思いきや――


『……チェスのクイーン』


 ……盤上で暴れまわる姿が容易に想像できるのが悲しい。やはり彼女だけ、遊ぶゲームを間違えているようだった。

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