2018年4月 第3週―②

「……で、なんで僕まで呼ばれるのさ」

「お前が余計なことをしたからだろうが!」


 こんな状況を作り出した犯人である[シトリー]を強制的に呼び出し、早々に現界へと飛ぶ。索敵さくてき役としては優秀だし、たまに“仕事”に付き合わせたりしているけど……今回はそんな悠長なもんじゃなかった。


 ――早い話が地獄への道連れ。いや、地獄から来たのだけれども。


 [ケルベロス]が付いてくる以上、絶対に途中で問題が起きる――もとい、起こされる。ここまで来てしまった以上、帰らせることなんてできないし、さっさと対象を発見して殺害するに限るのだ。


 ……そのためには、敵や目標の位置を把握できる[シトリー]の力が必要不可欠だった。いや、本当に頼むぞ。無事に戻れるかどうかはお前にかかってんだからな。


『…………』


 いつもとは違った緊張感に包まれながら、自然を装って街へと入る。


 まだ入り口部分だが、交易の多い街という設定だからか、人間NPCでごった返していた。……人が多いというのは好都合だ。それだけ風景に溶け込みやすく、対象への距離を縮めやすい。要は最初から最後まで天使と出会わなけりゃいいんだ。


『……シトリー。この中にも天使が紛れてんだろ?』


『そりゃあ、天使の領地内だからねぇ。あそこのお店の看板前とか――』

『おまっ――』


 なに正直に答えてんだよ! そこは「いない」って言っておかないと――


『そうかそうか』


 ――ドォンッという物々しい音と振動をあたりに響かせながら、[シトリー]が言っていた看板あたりから勢いよく火柱が上がる。


『!!』

『なっ――!!』


 あまりのショックに、世界がスローモーションに動くかのような錯覚に陥った。


 立ち上る爆炎によって、辺りが真っ赤に染まる。さっきまで平穏だった町並みが、人間NPCたちの悲鳴に染まる。一瞬にして阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図に変わっていた。


 途中どころの話じゃねぇ。開幕から問題を起こしやがった。

 なんなんだこの人! 遊ぶゲームを間違えてるんじゃないのか!?


『このままだとまずい――走るぞ、シトリー!!』


 急いで[シトリー]を連れて、路地へと入る。


『ケロさんはどうするのさ!』

『いっそのこと、このまま陽動として戦ってもらう!』


 本人が起こした問題だし、ここまでくると自己責任だ。俺はもう知らん。きっと、街に潜伏していた他の悪魔も応援に来る。ならせいぜい目立ってもらうしかないだろう。


『おう、任せろ。“仕事”が終わるまでには、全部駆逐し終わってるかもなぁ』


 任せろ、じゃないだろ。 誰のせいでこんなに焦っていると思っているのか。なんでこれだけのことをしでかしておいて、“やれやれ”みたいな感じなのだろうか。


 一瞬だけ後方を確認すると、明らかに悪魔の攻撃によるものではないエフェクトが飛び交っていた。どうやら、あの場所にいた天使は一体だけではなかったらしい。雑魚が多少いたところで、簡単に負けるようなことはないと思うけど――


『そこの角を右に曲がって!』


 間髪入れず右へと曲がる。左は応援の天使が来ているのだろう。爆音が未だに続いている中――NPCの群れを追い越すように、二人で走り抜ける。


『どっちだ!?』


 路地を抜けると、また大通りに出た。右から左へとNPCが流れてきている。基本的に、戦闘がある区域から逃げるように行動するが――ここまで大騒ぎになっているのを見るのは久しぶりだった。


『……もう一つ向こうの通りを城側に進んだとこ! ただ……途中に天使がいるから、一旦人の波に逆らって動かないと』


 情報の取捨選択を瞬時に行い、こちらに伝える。これだけでも全然できる行動の範囲が変わってくる……本当に[シトリー]がいて助かった。このナビがなければ――ここまでに既に二回、天使と戦闘しなければならない状況に遭遇していただろう。


 もちろん、戦っている間にも次々と応援が来るに違いないし、そうなれば目標の達成は格段に難しくなる。


『――やっと来たか。待ってたんだよ、ちょっと相手をしてくれや』


 どうやら、向こうには上位の天使が現れたらしい。[ケルベロス]の非常に嬉しそうな声。


『大丈夫なんですか……?』

『一対一みたいなもんだ、別にどうとでもなる。他人の心配する暇があるなら、てめぇの仕事をさっさと済ませろ』


『ほらっ聖人! こっちに走って来てるよ!』


 目的の大通りを出たところで、今回の標的を見つけた。騎士の甲冑を纏っており、白ひげを蓄えている。……どうやら、城勤めの老兵が街中での騒ぎを聞きつけて出てきたらしい。


 ――向かった先にいるのが、あの[ケルベロス]だとも知らずに。

 そういう設定だとはいえ、不憫でならなかった。


『時間が惜しい! 二人で一気に片付ける!』


 滅多に戦闘を普段は攻撃に参加しない[シトリー]も襲撃に参加させる。対天使ではあまりダメージを見込めないが――NPC相手ならばなんとかなるだろう。


『しっかたないなぁ、もう。この貸しは大きいよ?』

『天使の目なんて気にしなくていいからな。全力だぞ!』


 隠密行動なんて、一番初めの段階で崩壊しているのだ。


 人の流れに埋もれたまま、ありったけのスキルを叩きこむ。エフェクトの派手な大技のスキルも惜しみなく。二人で大技を繰り出しながら飛びかかった。






『わりとあっけなく終わったねぇ』

『そりゃお前、第一位が二人なのに時間かけちゃいかんだろうよ』


 周りの雑兵も最初の数発で消し飛んでいたし――付近に天使が一人もいないことが幸いした。それに加えて、[シトリー]の攻撃力がそこまで低くなかったこともある。


『急いで脱出するぞ!』

『そっちはどんな状況?』


 未だスキルの飛び交う戦場に戻るのか、どうしたものかと頭を悩ませていたのだけれど――どうやら、それも杞憂に終わるらしい。


『――あと一人だな。つっても、もう終わるだろうが』


 急いで入り口までの最短ルートを通る。[シトリー]の目から見て他の天使がいない以上、本気でこの街にいる天使があの場所に引きつけられていて。結果的には良い結果となっているんだけど……こんなのアリなのか?


『やっと入り口が見えた――って……』


 ……通りへと出ると、死屍累々の光景が広がっていた。


 地面は綺麗な石畳だったはずなのだが、いまや黒焦げになっていない部分が殆どない。そしてその所々には、消滅して各々のゲートへ戻っていく天使や悪魔の姿。兵士や町民などのNPCなんて一人もいない。恐らく戦闘の序盤で消し飛んだのだろう。


 悪魔かよこの人。いや、悪魔なんだけれども。


『おう、おつかれ』

『……まだ天使が残ってる』


 [ケルベロス]の目の前には、天使が残っていた。羽根の枚数は――六枚。先月のアルマゲドンで見た四大天使のうちの一人だった。


『ガブリエル……』

『これで四大天使の一角? いくら補助型だとしても歯ごたえがねえなぁ、おい』


「せめてラファエルがいればアンタなんか……」

「おいおい、笑わせてくれるなよ。そのラファエルがいりゃあ勝てんのか?」


「それに、今来たところで三対二だもんねぇ」


 手負いの[ガブリエル]に対して、ほぼ無傷の自分たち。確かに今の状況で言えば、多少はこちらに余裕がある。


「……もー無理! こんなの勝てるわけないし!」


 負けを確信したのか背中を向けて走り出す[ガブリエル]。街の中ではワールド移動ができないため、回線を切断しない限りは突然消えることはないのだけれど――


『……どうする? 追うか?』

『いや、本気で勘弁してください』


 今は良くても、街の外から応援の天使が来る可能性がある。……もちろん、さっき話していた[ラファエル]だけではなく、それ以外の天使も押しかけてくる可能性だって。そうなれば三人では対処しきれないだろうし、流石にここまでやって水の泡になってしまっては笑い話にもならない。


『それじゃ帰ろっか』


「次会ったときは、絶対にぶっ飛ばすからな。アルマゲドンを楽しみにしてろよ」


 全速力で遠ざかっていく[ガブリエル]にかけられた言葉は、もはや死の宣告と言っても過言では無く。


 歩く攻城兵器。意思のある台風。ひとたび動けば焦熱地獄インフェルノとまで言われてんだもんなぁ……。絶対に本人の前では言えないけれど。


 乱暴な物言いばかりの[ケルベロス]だけども、あれは決して冗談で言っているわけじゃない。『ぶっ飛ばす』と言ったなら、それはほぼ絶対で。意地でも実行するだけの能力が故に、敵味方問わず畏れられていた。


 次のアルマゲドンまであと一週間と少し。[o葵o]が抜けたと思ったら、今度はこれである。今の段階から――心労が絶えなくなりそうだった。

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