2018年 4月末 アルマゲドン―③

『まったく、うちの“参謀殿”は優秀だよなぁ』


 強敵二人を下し、遅れてやってきた味方によって辺りの天使が一掃された今――自分たちは[ダンタリオン]からの指示待ち。その場で待機していた。


『おかげで、邪魔が入らずに済みましたからね……』


【シトリー】たちによって[ガブリエル]が発見された段階から、そうなるよう・・・・・・戦場を動かしていたのは間違いなかった。それぐらいのことなら普通にやりかねない。


 敵の雑兵を蹴散らし、自分が近くにいることをチラつかせた上で――[ケルベロス]と別れて行動したかのように見せかけて。


 ……うん、完全に囮として使われてたなこれ。事前に知っていてもそう動くし、なんで隠したんだ本当にこいつら。


 ――ともあれ、相手の指揮系統がどうなっているかは分からないけども――事実、[ガブリエル]は罠の中に飛び込んできた。


 [ケルベロス]対[ラファエル]。そして[グラシャ=ラボラス]対[ガブリエル]。


 [ダンタリオン]もこうした方が勝率が高いと言っていたし、わざわざ狙ってぶつけたんだろうなぁ。最少の被害で最大の功績、単純な足し算引き算の問題。自分はともかく、[ケルベロス]ならやれると踏んだのだろう。


「お疲れさん!」

「おう、お疲れ」


 すれ違うように敵陣の奥へと向かうアロハシャツのおっさん。見覚えがあるのは、第一位の集まりで毎回顔を合わせるからで。こいつこそ、ソロモン七十二柱序列第六十八位、グループ【ベリアル】の第一位だった。


 自分達が戦っていた場所から先は、天使たちも砦などを築いて簡単には攻め込まれないようにしている。そこで、建築物の破壊に特化した能力をもつ悪魔の出番というわけで。


「おっしゃあ! こっからは俺の“仕事”だ、任せろ!」


 張り切って。意気揚々と。先陣をきって砦へと向かっていく[ベリアル]。ソドムとゴモラを滅ぼしたってのは旧約聖書の話だっただろうか。


 ……それも確か、きっかけをつくったのがベリアルなだけで、直接手を下したのは神様だったような気がするけれど。ともあれ、その由来があっての建物破壊能力なわけで――それまで少しずつしか削れていなかった建造物が、一気に崩壊し始めていた。


「GJ!」

「おつかれー」


 どうやらこのまま敵陣に雪崩れこんで行くらしい。自分達の横を走り抜けるうちの何人かに、労いの言葉をかけられる。殆ど知らない奴ばかりだったのだけれど、そこはネトゲ特有のノリだったりがあるわけで。


『ダンタリオンからのありがたーい指示がきたよー』


 戦闘中は鳴りを潜めていた[シトリー]がVCに戻ってくる。どうやら、ようやく次の動きに入れるらしい。


『やっとか……で、ダンタリオンはなんて?』

『んーこのまま敵陣に突っ込んでいくのと、残りの四大天使がいる反対側に向かうのと、どっちがいいかって』


 質問形式だった。なんで?


『ま、こっちが有利な形で戦況が固まりつつあるからさ。選ばせてあげようかなってダンタリオンがねぇ』


 さて、決定権は[ケルベロス]にあるわけで。彼女はいったいどうするのだろう。自分なら万が一の事態が起きないよう、迷わず反対側の援護に向かうだろうけど――


『――反対側だな。急いで向かうぞ』

『――!? いいんですか?』


 ――意外だった。てっきり、敵陣にいの一番・・・・に突っ込んで『殺戮ショーだ!』と言いながら暴れまわるものだと思っていたのに。


『残りの二人とも顔合わせしておこうと思ってな』

『あぁ……向こうは喜びそうですけどね……』


 ……顔合わせだけじゃなくて、手合せまで済ませようとしているだろアンタ。






 反対側へと向かうために少し下がったところで――拠点となる建造物を建てている悪魔たちが見えた。


「はい! もうすぐできるから強化よろしく!」

「……それじゃあ、スキル使うよ」


 殆ど同じ姿の二人、[ハルファス]と[マルファス]が忙しなく中心で動いている。姿も同じ、そして名前まで同じなおかげで、尚のこと紛らわしい。初めて会ったときは何の嫌がらせかと思ったがこの二人――どうやら双子であるようで。


 双子の姉弟きょうだい。女アバターの[ハルファス]が姉。男アバターの[マルファス]が弟。同じ部屋でログインしており片方の声も入ってしまうということで、VCで声を聞いたことはない。リアルな事情だなおい。


「おや? ケロさんだ!」

「久しぶりに会ったねー」


 悪魔陣営の防衛が‟仕事”なのだから、度々会っていないとおかしいのだが……。


「そりゃあ相手の街を壊して回ってるからなぁ」


 あぁ、自覚はしてるんですねぇ。これ・・なのだから、仕方ないと言えば仕方ないだろう。


「こないだも凄かったらしいね……」

「ケロさんが敵じゃなくてよかったよ!」


『……あー』


 二人ともすまない。もうすぐケロさんは天使になってしまうんだ。どうせここで言う筈もないだろうから、自分が謝っておく。心の中でだけども。


「私は来月から天使陣営に行くぞ」


「え」

「え?」


『なっ』


 ――言った!? 今言った!?

 信じられない。普通ここで言うか!?


 双子も唖然としているのだろう。――二人から次の言葉は出てこない。そりゃそうだ、俺だって唖然としてんだから。


「その分“仕事”が増えていいんじゃないか?」


 しかし、当の本人は冗談交じりにそんなことを言っていた。


 いやいや、ここは適当に誤魔化すところだろうよ。せめて言葉を濁すところだろうよ。普通の人ならば、ここは適当に流して人知れず姿を消していく流れだろう。まさかストレートに言い放つとは誰が予想しようか。


「おら、四大天使の残りも潰すつってんだろ。行くぞ」

「は、はい」


 潰すなんて一言も聞いていないのだが。顔合わせってなんだっけ。開いた口が塞がらないまま、思考が停止した状態で[ケルベロス]の後をついてゆく。


「――それじゃお前ら、また」


 …………


 建築コンビを置いて出発したのはいいけれども、しばらく無言が続く。[シトリー]もこういう時に限ってだんまりモードだし、滅多にしないのだけどもこちらから


『……何であそこで言ったんですか』

『何か問題があんのか?』


 ……いや、こちらにはないけどさ。アンタはどうなんだよ。


 今まで敵だった集団へ入っていくのも恐ろしいけどさ、今まで味方だった集団を敵に回す方がもっと恐ろしいだろうに。こちらの手の内がバレている、という問題もあるだろうけど、もっとこう精神的なものでさ。


『……シトリーは知っていたのか?』

『んー……。もちろん』


 知っていた割には、いつもと変わらない様子なことで。


『陣営を移動するなんて、別によくあることじゃない。わざわざ運営がそういうアイテムを用意しているんだしさ? FPSだって、前回味方だった人が今回は敵チームにいたりするんだし、それの延長線上みたいなものなんじゃない?』


 MOFPSとMMORPGじゃ、人数の面もシステムもいろいろと違わないと思う。……二人の中では似たようなものなのだろうか。


『私としちゃあ、誰が敵でも誰が味方でも――楽しければそれでいいんだよ』

『……そんなものですかね』


 その刹那的な生き方に清々しさを感じる反面――なんとも形容し難い、恐怖の片鱗を見たような気がした。






 ――MAP東部。


 最初攻めていた部分が好調だった代わりに、こちらは壊滅的状況に陥っていた。言うなれば、さっきの自分たちの戦いをそのまま逆転させたような戦場。


『……向かっている途中で、戦闘が始まったんだけどねぇ』


 [シトリー]によると、ついさっきまで[バアル=ゼブル]対[ミカエル]&[ウリエル]の戦闘があったらしい。この現状ということは――


『あのバアル=ゼブルも保たなかったのかよ、はっ』

『ということはパイモンもか……』


 結果は[バアル=ゼブル]のリタイアである。


『まぁ、手間が省けたじゃねぇか。――いい感じに掃除してくれてんなぁ?』


 ……あたりには六つの羽根[ミカエル]と[ウリエル]の二人しかいない。


「――おやおや、こっちには来ないだろうと安心して戦ってたんだけどね」

「わざわざ遠い所から挨拶に来てやったんだ、土下座して感謝するところだろ?」


 こんな挨拶があってたまるか。どこからどう見たって挑発だった。というより、来月から同じ陣営になるということは隠しておくつもりらしい。


 すぐに返ってくる予定だったのならば、幾分か納得もできるが――それは普通の人に当てはめて考えたらのこと。……わざわざ悪印象を与える必要があるのかよ。


 天使陣営に憧れがあるわけでもなく、悪魔陣営が嫌になったわけでもなく。“ただ楽しみたいから”という、あまりにシンプル過ぎる純粋な欲望。故に誰であろうとも、その意思を動かすことはできない。


「そっちの負け犬君は何しに来たんだよ。親玉引き連れて前回のリベンジかい?」


 そんな嵐のど真ん中にいて、いったい自分にどうしろというのだろう。このまま悪魔陣営に残って、[ケルベロス]――[ルカ]さんと戦うのか? それとも自分も天使陣営に?


 戸惑うままに流されて、ぐるぐると当てのない思考を巡らせていた中で――

「私なりに出来ることを」という[o葵o]の言葉を思い出す。


『はぁ……』


 最近、ため息をつくことが増えたような気がする。何かと気疲れが大きい役割ばっかりだったけども、今月に入っては尚更だ。……今回の溜め息だって諦めが半分。そしてもう半分は――


「……俺は、アンタらの足止めだよ」


 ――今は、自分の出来ることを。まずはこのアルマゲドンでの確実な勝利を。


 来月から悪魔じゃなくなる[ケルベロス]がこうなのだから、今この場にいる自分にも、やるべきことがあるだろう――目先の勝利と言えば恰好は付かないが、こうして動いている以上、それ以外に望むものなんてない。そもそもの話――


『とりあえず、面倒な話は後回しにします』


 ……自分は同時にあれこれ考えられるほど器用じゃないのだ。

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