2018年5月 第1週―②
全力で後退しながら放った≪影縫い≫を避けることもなく。始まるや否や、驚異的とも言えるスピードで詰めてくる[ケルベロス]。一直線に突っ込んでこられては、こちらも逃げ続けざるを得ない。
バフもかけてないってのに、なんでのっけからダメージ無視なんですかねぇ!
『くそっ、やりにくい――』
『どんな奴と戦っても同じこと言ってんなぁ! えぇ?』
『面倒なのばかりが相手なんだから仕方ないでしょうが!』
天使だろうが悪魔だろうが――このレベルになるとどんなのを相手にしても一筋縄ではいかないんだからさ。相性がよかったり、ゴリ押しでもいけるような奴と戦えたら楽なんだけども、決闘で戦った中でそんなやつは一人もいない。
『――はっ。‟面倒”ってのはなぁ「頑張ればなんとかできる範囲」でのことを言うんだぞ? 私がそのレベルに入ってんだったら、舐められたもんだよなぁ』
『くっ――』
嫌というほど分かってんだよこんちくしょうめ――!
[o葵o]との戦闘の経験が全く役に立たないわけでは無い。ただ、あまりにも桁が違い過ぎるだけ。同じ【ケルベロス】でも、スタイルでこうも差が出るものなのか。
『ほぅら、私が手は緩めないのは分かってるよな? 少しずつ自分が追い詰められてんのが分かるよなぁ!』
『マジかよ……!』
小さな火柱が二つ、ゆっくりとだが自分を追いかけてくる。先ほどの力押しから一転しての、厄介さを伴う攻撃。[
『できるわけないだろ!?』
『こういう攻撃をされるのが嫌なんだろう?』
更にタチの悪いことに、火柱へと押し込むように押し込むように回り込んで攻撃を仕掛けてくる。自分もあまり人のことを言えないけれども、やり口がやらしすぎんだろうよ。
――ジリジリと。焔で炙るように。確実にこちらを追い詰めてくる。
……良く言えば、対等の相手として全力で向かってきてくれて。……欲を言えば、もう少し隙というものを見せてくれると嬉しいのだけれど。
『しかし、なっかなか倒れねぇよなぁ。あと何発耐えるのかね』
スキルの一瞬の無敵時間で回避――なんてものが、通用するレベルではないのだ。そもそも、攻撃が途切れることがない。その殆どがまともに受ければ致命傷。距離を離そうとしても、向こうもスキルを使って回り込んでくる。
『こっちは必死にやってるんですけどねぇ!』
[o葵o]が決闘の後半で行っていたことを――序盤から、遥かに高い精度で、完璧にこなしてくるのである。装備の全てを攻撃のみに費やしている彼女は、たち回り方を含め最悪の相手と言っても過言ではなかった。
『よしっ。≪バインド≫が――って!?』
『スキル発動の無敵時間を利用しての回避だったか?』
移動速度が遅くなったところで、その歩みを止めることもなく。ジリジリと近寄りながら焔を撃ち込んでくる。
『なんでまだ……このタイミングでカウンターを入れにくるんだよっ』
急激に移動速度が落ちると、それまでの感覚との差異に慌てて出した攻撃を空振りするか、ひたすらに防御を固めるかの二択に嵌っていた。それなのに――
『創意工夫は大事なことなんだが……そんな小手先の技術でなんとかなる程甘い戦闘じゃないぞ? 残念だったなぁ、‟相性が悪くて”』
それなのに、なんでこの人ばかりは威圧感が増していく?
まるで足を引き摺るような、振りほどくのも簡単なはずの[
『ほら、圧し潰されろよ』
知らないうちに、端へ端へと追い詰められていて。既にこのフィールドの全てが彼女の領域。右も左も、前も後ろも。メラメラと立ち昇る炎で埋め尽くされている。
『くっ――』
既に[
『二択にすら失敗してんのかよ……!』
既にそこには[
『どちらに逃げても結果は変わんねぇよ。
――結果、[
『はー、勝てなかった……』
わかっていたけど、こんなの無理だろ。うん、絶対無理だって。正直、四大天使をまとめて相手したときよりも、追い詰められていたような気がする。まぁ、あくまで気がするだけなんだけども。天使四人の方がダメージもでかかったし。
『――元々
弟子と師匠の戦いと見るなら、勝敗の結果まで同じかよ。戦闘を主とする悪魔や、各能力の土台領域が違う天使に対しては歯が立たない。わざわざ自分が選んでいる道とはいえ、これが限界というものなのかね。
画面に『
『いや、自分から仕掛けておいてこんなことを言うのもなんですけど……本気出し過ぎじゃありません?』
『当たり前だろ、馬鹿かよ』
何が当たり前なんだろう。そしてなぜ流れるように罵倒されたのだろう。
『――全力でやるから面白いんだろうが』
…………
『……まぁ、そうなんですけどね』
――清々しい程の正論だった。それがどういった意味での‟全力”なのかで、大きく心象が変わってくるのだけれど。
『さて、これで用は全部済んだか』
『――――』
[
……いや、これほど字面が似合わない人もいないだろ。
『……それじゃあな』
倒れたままでいる自分を置いて行く形で、白い翼が付いたその背中を向け――[
『あ゛ー……』
いや、結構きついなこれ。よくもまぁ、こんな状態で『うわ゛ーん!』とか言えたもんだよ、あの【ケルベロス】も。……まだあの時の方が幾分かマシなのか?
今月からしばらく敵になるんだぜ。あんな泣き言なんて、天地がひっくり返っても言わないけどさ。それでも少しは愚痴りたくなるってもんで。
『うわー……街に出たくねぇなぁ……』
元々引きこもり気質だったけど――今回の件は歴代一位レベルで引きこもりたい。……そういう訳にはいかないってのが、第一位の辛いところだった。
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