2018年5月 第2週―①

 第九層≪氷結地獄コキュートス≫、最上層≪カイーナ≫。


 あの[ЯU㏍∀ルカ]さんとの別れから数日。いきなり街に出て遭遇しても嫌だし、しばらくは鳴りを潜めていようと地獄界の街をぶらぶらとしていたある日のことだった。


「……|д゜)ジー」


 文字通りに視線を感じて。それが誰の物なのかわざわざ確認するまでもない。こんな所で、こんな顔文字を使っているのは彼女ぐらいだから・・・・・・・・


「……どうしたんだ、ブエル」

「いやいや別に大した用事じゃないんだけど……ちょっとお願いがあって+.(人´Д`*).+゜」


 コメントを打ち返すと、物陰から出てくる人陰が一つ。……なんで番長みたいな恰好してんだコイツ。


「お願いとやらを聞く前に、なんだよその服は」

「今回のガチャですっ。体育祭の季節だから! 押忍!Σс(゚Д゚с」


 それなら体操服とかあるだろうよ。地面に付きそうな丈の長い学ランに、赤いハチマキとタスキ。更には下駄まで履いて。


「力の入れる方向、間違ってんじゃないのか?」

「応援しないといけない緊急事態が起きたの! エマージェンシーなの! 【ブエル】全体に及ぶ危機なんだってぇー(;´・ω・)σ」


 うるせぇ。チャットだから声は全くないのだけれど、視覚的にうるせぇ。よくもまぁ、そうポンポンと文字を打ち込めるもんだ。


「んなこと全く耳に入ってきてないんだけど。それって本当に危機なのか?」

「危機も危機だよ!? なんと我らが【ブエル】の活動を邪魔する輩が!٩(๑`^´๑)۶」


 いまや栗色の髪を逆立てそうな勢いで憤慨しながら、ピョンピョンと飛び跳ねていて。危機感ばかりは伝わるのだけれど、肝心の何をされたのかがさっぱり分からない。


「具体的にはどんな?」

「それがよく分からないから、調べるの手伝って欲しいの(●´・×・`●)」


 ……分かってないんかい。戦闘の肩代わりならまだしも、探偵の真似事をしろってか。


「話にならねぇ。他をあたってくれ」

「お願いー、ねぇー(人>д<*)」


「……取り巻きがいっぱいいるだろ。自分に頼むより格段に早く片付くと思うぞ」


 取り巻き――と言っていいのか、ファンというか追っかけというか。そういった類の輩が、取り囲んでいるのを街でよく見かける。探し物も調べ物も、そいつ等に頼めば喜んで引き受けてもらえるんじゃないか?


「ファンの人には、あんまり知られたくはないんだよねぇ(๑•﹏•)」

「俺ならいいのかよ」


「ファンなの?」

「違います」


 対等ないちプレイヤー同士というよりも、“アイドルとそのファン”という確固たる線引きがあるらしい。まぁ、ここまでくると一緒にダンジョンに潜るのでも気を遣いそうだし、何かと良いことばかりでもなさそうな感じだった。


「はぁ……。よく分からないけど実際にはどういった被害を受けてんだ」

「それがですねぇ……( •́ .̫ •̀, ) 」


 最近【ブエル】の“仕事”をしていても、NPCの集まりが悪い。陣営毎の割合を見れば、アルマゲドンに向けての問題は無いようなのだが――【ブエル】全体ではスコアが落ちているらしいのだ。


「【ブエル】のメンバー同士は、だいたいお互いの場所を把握してるからさ。ぶつかり合わないように気をつけてる筈だし、他になにかあったのかなって(๑•̆૩•̆)」

「……縄張りみたいなもんか?」


 いろいろと取り決めというか、暗黙の了解というものがあるらしい。先の話といい、うちも大概だけれど、【ブエル】もなかなかに面倒なグループだな……。


「一応、第一位としては見逃すわけにもいかないし、見回りしたいんだけど……( ー`дー´)キリッ」


「ちょっと待った。街に行くのか?」

「何かトラブルがあっても困るから(*´ω`)人オネガイ!」


 流石に街に行くのはまずいだろ。うん、非常にまずい。


「……断る」

「えー!? だって、シトリーが『今ならグラたんが暇してるから』って( ؔ⚈̫ ε ؔ⚈̫ ) 」


「またアイツかぁ!!」

「だから頼りにしてたのに……(´;ω;`)」


 狙いを済ましたようなタイミングで捕まったのもアイツの差し金かよ。顔文字がとうとう泣きだし始めてるし。安っぽい涙だなおい。そんなことを思いきや、今度はエモーションでさめざめと泣き始める。


「会ったんなら、そいつに頼めばいいだろうが」

「いやぁ、忙しそうにしてたから(ノ≧ڡ≦)」


「はぁ……?」


 あいつの何が忙しいことがあるのか。絶対に面倒そうだからってこっちに押し付けてんだろ。


「このままじゃ街から【ブエル】が消えちゃうよぉ……(╯•ω•╰)」

「野生動物か何かかよ……」






 結局、[ブエル]に押し切られて現界の街を回ることになって。‟天使も来ないような安全圏にある街なら”ということを条件で付いて行く。


「捜査中に天使に邪魔されても嫌だもんねーd(*ゝωб*)」

「……まぁ、そんなところだ」


 そこで他の【ブエル】とも顔を合わせたため、いろいろ聞いてみることにする。


 [ローゼル]、[U_KNOWユーノ]、[ヴェルメ]その他大勢――それぞれ別の路線のアイドルを目指しているらしく、アバターも多種多様。リオのカーニバルだとか、チアガールだとかの衣装もあってよくもまぁ、そんなに揃ってるものだと。


「こんなに非戦闘用アバターってあったのか……」

「むしろ、こっちの方が面白いし₍₍ (ง ˙ω˙)ว ⁾⁾ 」


 公式掲示板のアバターコンテストに向けての活動も行っているらしい。


『【ブエル】内での順位がそのままアイドル番付みたいだから、やる気も出るよね(๑•̀ㅂ•́)و✧』ということで、気に入ったアバターが出る度に回しているようだった。


「戦闘用の装備に比べれば値段は安いらしいけどさ――よくコンプする気になれるな……」

「能力重視じゃなくて見た目重視だから。コーディネート力が試されてるのよщ(゜д゜щ)カモーン♪」


 見た目が良ければ、戦闘用のアバターを手に入れることもあるようで。それこそ、服装に合わせて武器も変えるとかなんとか。


「モンスター倒すとか欲しいときもあるじゃない?( >ω・o)9」

「んで、‟スタッフが後でおいしくいただきました”ってんだろ」


 実際、それに付き合わされたことも一度や二度じゃないし。グルメリポートに参加するスタッフもこんな気持ちなのだろうか。


 こんな無駄話をダラダラをしながら各所で話を聞いて回ったところで、大体の状況は掴めてきた。どうやら今月に入ってから、同じように街中でライブ活動を行っている悪魔プレイヤーが現れたらしい。


「確か【アムドゥスキアス】も、似たようなボーナスじゃなかったか?」

「街中で演奏してるんだよね?(・ε・)」


 というわけで、今度はそこらに的を絞って聞き込みをしてみるも――全くの不発に終わって。どうやら【ブエル】ほどの影響は出ておらず、向こうの中にも変化がないようで、そのグループ内にいる者が犯人ではないようだった。


 それでも、他のプレイヤーから少しずつ話を聞いていくうちに、それっぽい人物が出没する場所があるというのが分かってくる。戦闘職による荒事ではなく、それこそ【ブエル】のようなグループのようだったという話も。


「なんで一位のお前が、全く把握してないんだ?」

「……(ノ≧ڡ≦)てへぺろ」


 どうやら所属している【ブエル】や似たような“仕事”の【アムドゥスキアス】以外のグループの動きには疎いらしい。……にしても、それ以外のグループでこんなことをしたところで、大したスコア稼ぎにはならないはずなんだけれども。


 単純に、新参プレイヤーが訳もわからず動いているのか。やはり、嫌がらせ目的で誰か妨害工作を行っているのか――なんにせよ、情報は出揃いつつあるし。さっそく、例の犯人とやらが出没するという街の広場へと向かった。

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