2018年5月 第1週―①
アルマゲドン後の定期メンテが終わり、急ぎログインする。
第五層のロビー≪
「……もしかして待たせましたか」
「いや、むしろ早すぎだろ。まだ十分前だ」
……それより早く来てるアンタはどうなんだって話で。
そのアバターの上に表示されている名前は、既に[ケルベロス]ではなかった。別にスコア稼ぎが他の【ケルベロス】に負けていたわけではないだろう。むしろ圧倒的な差をつけて一位でもおかしくない。
それでも彼女が第一位の座にいないのは――メンテナンスが入る前に、一旦別のグループに移ったためで。ゲームの仕様上、[ケルベロス]の時に稼いだスコアはリセットされ、今月は最下位からのスタートとなる。
[ケルベロス]の代わりに表示されている名前は[
……この名前の読みにくさは、なんとかならんのだろうか。それと――さっきからずっと感じていた違和感の正体に気づく。
「あれ、[
一目で感じた違和感。チャームポイント、もとい象徴である朱いマフラーは、なぜかその首に巻かれておらず。正直なところ、なにか物足りない気もしないでもない。絶対に口には出さないけれども。
もしかしたら、外した姿を見るのは初めてなんじゃないか?
「ん? あぁ、置いてきた」
予想以上にざっくばらんな答えだった。
置いてきたっていったいどこに、とは聞かない。これ以上の質問はしない。どうせ期待しているような答えは返ってこないだろうし。目の前の彼女はそういう人である。
「なんだよ、欲しかったのか?」
「なんでそうなる」
……くれるのならば、着けてみてもいいかなとは少し思ったけども。
『で、だ。てめぇがどうしてもって言うからお礼参りに回るんだが』
『挨拶回りでしょうがよ』
卒業する不良生徒かよ。いったいこの街の悪魔達が何をしたんだ。釘バット片手に街を練り歩く姿が用意に想像できるから笑えない。
『それも面白そうじゃねぇか』
『全く笑えないから止めてください』
あの[ケルベロス]――元[ケルベロス]を相手に決闘をしようなんて奴がどれだけいるのか。殆どの第一位でさえ太刀打ちできないってのに。二、三人でかかってようやくといったところだろうし、それで納得するとも思えない。
『……キリがないんで早く行きましょう』
『おう、んじゃあブラブラと回るか』
――本当にブラブラと回っただけだった。別れの挨拶とはとても言えたものじゃない、街の中をぐるっと一周、出会った顔見知りと一言二言話すぐらいのもので。
知名度だけは高いんだけど、どうにも気安く話しかけれられるようなものじゃないからなぁ……。自分も人のことは言えないけれど。
一応、出発する前に[シトリー]にも声をかけたのだけれど、手が離せないのか反応もなかったし。正直やりにくいったらありゃしない。何やってんだアイツは。
「うわー! ホントに天使陣営に行くの!?」
「嫌だなぁ……街で遭っても命だけは見逃してよ」
「素直だなお前ら……」
「するわけねぇだろ」
――先日のアルマゲドンで衝撃の宣告を受けたファス姉弟。
「またまたぁ、エイプリルフールは先月の一日なんだけど間違えちゃった?」
「ハラワタ抜かれたら目も覚めるか?」
「
「え゛……マジで?」
――街で偶然会った[アスモデウス]。
「寂しいけどね、キミが決めたことなら僕も止めはしないよ」
「まぁ、せいぜい智恵を振り絞ってくれや‟参謀殿”」
「そんなにいいものじゃないけどね、敵として出会ったときは全力で挑ませてもらうよ。……まだ優秀な味方が沢山いるしね」
「だってよ、愉しませてくれよグラシャ=ラボラス」
「勘弁してください……」
――珍しく明確に意思を持って訪れた≪大図書館≫の[ダンタリオン]。
一、二時間回って両手足の指で数えられる程度の、そんな小規模なもの。その殆どが各グループの第一位で。
当然惜しむ声や恐怖に駆られる声が多かったけれども、中には[シトリー]のように割り切っていたり、戦場で相見えることを期待する者も何人かいた。激しい首位争いをしている者ほど、そのタイプが多かったような気がする。
『お前みたいにずっとネチネチうじうじしてる奴ばっかじゃないんだよ』
『……第一位であることの
『さて、これで地獄ともお別れだ』
そうしてお礼参りならぬ挨拶回りも終わり、二人で現界へ移動する。陣営を変更するアイテムが現界のみでしか使用できないためだった。そりゃあ、地獄界に天使が現れたらまずいだろうし。戦闘できないけど。
――というわけで、これで[
……このまま行かせてもいいもんなのかね。いや、自分じゃ到底止められるわけもないのだけれど、最後にやるべきことがあるんじゃ?
『ちょっと待ってくださいよ』
『……あぁ?」
気が付けば、そう口に出していた。
…………
『おいおい――』
元【ケルベロス】一位が、くっくと笑う。
『まさか、
先月の――あの時と、殆どそっくりだったからだろうか。
違うのは、同じ【ケルベロス】でも目の前に立っているのは別人ということ。今度は自分が逆の立場になっていること。そして――
『別れの時は、弟子が師匠の鬱憤晴らしに叩きのめされてくれるんだろ?』
『い、いや、そんな話は聞いたことがないです』
二人とも笑っていることだった。
『――冗談も大概にしとけよ。肩書きは無くなれど、“元”【ケルベロス】第一位だ。……越えられない壁というものを教えてやるよ』
ドーム状の決闘フィールドが自分たちを中心に広がっていく間の、その[
『……あ゛ぁ?』
『いや、なんでもないです』
『じゃあ、覚悟はできてるんだよなぁ』
目の前の凶犬は、それぞれの手に
……別にフィールドが張られた時点で始まってますが? まぁ、本人からすれば「後手番でも何ら問題はない」という余裕の表れなんだろうけど。
『どうした? こっちは準備万端だぞ?』
『それじゃあお言葉に甘えて――』
――ならばこちらから幕を切って落とそうじゃないかと。全力で後退しながら≪影縫い≫を放ったのだった。
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