2018年10月 第2週―①

 数日後――

 再び、[ダンタリオン]のいる《大図書館》を訪れていた。


「やぁ、《大図書館》にようこそ。[括木くくるぎ]クンなら奥にいるよ」

「最近入り浸っちゃってゴメンねぇ」


 横には[シトリー]。

 [ケルベロス]はまだ来ていない。


「いや、全然大丈夫だよ。今回は僕からのお願いでもあるから」


 目的は、先日の頼まれごとである。

 つまりは[括木くくるぎ]を自分たちのパーティに誘うこと。


 カウンター奥の個室にいた[括木くくるぎ]は――

 使い魔ペットに餌をやっている最中だった。


「へぇー。狐タイプのペット。強そうだねぇ」


 大型の白狐。

 複数の尾の先には青白い炎が灯っていた。


【ビフロンス】の戦闘方法は少し特殊で、プレイヤーが直接戦うことは殆どない。


 厳密に言えば、戦闘には参加しているのだが――

 相手に攻撃を加えるのは、主に一体の使い魔だった。


「ほら、レベル上げに行くぞ」

「……え? ランキングには興味が無いって言ったじゃないですか」


…………


「懐刀なら懐刀らしく、相応の力をつけておくべきだろ。いざという時に『守れませんでした』じゃ、格好がつかないぞ?」


 聞けば、レベルもカンストしておらず装備も万全ではないらしい。


 自陣まで攻め込まれることが殆どなかったため――

 それほど問題は無かったのだろうが、これからはどうなるか分からない。

 今のうち、できる限りの強化をしておくに越したことはない。


 ――という理屈を立てて誘ってみる。

 突発で思いついた割には、理に適っているのではないだろうか。


「……確かに、仰る通りですね」


――――


「それでは、[ダンタリオン]さんと少し話をしてから出るので」

「あぁ、先に外に出ておくよ。他の面子もそろそろ来る頃だし」


 外に出るやいなや、突然[シトリー]が個別チャットひそひそを送ってくる。


「『お前が[ケルベロス]のファンだから』って言うと思ったのに。偉い偉い」

「……知ってたのか?」


 というか、そんなに考えなしに話してる印象があるのだろうか。

 失礼にも程があるだろ。


「ボクは後援組だからねぇ」


 アルマゲドン中は、常に[ダンタリオン]の近くにいるようで。

 当然、[括木くくるぎ]とも初対面ではなかったらしい。


「……いろいろとやりやすいよねぇ。似たもの同士だし」

「そ、そんなことは……」


 ……やっぱり似ているのか?


 確かに、自分でも薄々感じていたことだが――

 人から言われると恥ずかしいものがあった。


――――


 ということで――

 現在、高レベルダンジョン攻略中。


 【ビフロンス】の≪who said魂が君の that you四肢を might take長く導かん a rest?ことを≫。

『倒された英雄の魂を、亡者として大量に呼び出す』

 という効果だったのだが、アルマゲドンでは効果が半減するらしい。


 ――ダンジョン内では、地面から湧いた亡者の腕が、敵の足止めをする程度。

 結局のところ、【ビフロンス】も単体戦闘向きの《奥義》ではない。


 主な攻撃方法というと――

 出発前に見た、狐型の使い魔が中心となっていた。


叢雲ムラクモ! 戻ってこい!』


 叢雲ムラクモと名付けられた使い魔が[括木くくるぎ]のもとに帰ってゆく。

 スキルによって、見る見るうちに回復と強化が施されていた。


『へぇぇぇ……。可愛い……』

『……可愛いか?』


 それを羨ましそうに眺める[ケルベロス]。


『【ケルベロス】じゃ、使い魔ペット連れていけないもんねぇ』


 ペット機能のあるネトゲはよく見るのだが――

 このWoAでは、備わっているのは限られた悪魔グループのみである。


 この使い魔たちは、戦闘を重ねて経験値を得るのではなく。

 モンスターやNPCの魂を食らって成長していた。


 ガジガジと、モグモグと。

 モンスターを咀嚼そしゃくしている叢雲ムラクモ


『うわぁぁぁ……。可愛い……』

『おいっ!』


 可愛いのか? なんかノリで言っていないか?

 モンスターの死骸を押さえつけてガツガツやっている様は、完全に肉食獣のそれ・・である。


 相変わらず感性がどことなくズレているようで――

 少し彼女のことが不安になった。


『で、ですよね……!』


 飼い主は飼い主で、まんざらではないらしい。

 ……嬉しそうだし、結果オーライなのか?


――――


 ある程度潜ったところで、街へと帰還した。


『今日はだいぶ稼げたんじゃない?』

叢雲ムラクモも結構成長しましたね……』


『それじゃー、最後に模擬戦でもやってみよっか』


 と言ったのは、[ケルベロス]である。


『そ、それは……どういう……?』


『まぁ、[括木くくるぎ]と自分達で順番に一対一の決闘だな』

『ボクはサポート役だから[括木くくるぎ]サンとの決闘はナシね。それじゃあ頑張ってねぇ』


 ということで始まった一対一の手合せ。


 一番初めは――[ケルベロス]対[括木くくるぎ]だった。


『あくまで練習試合だから、アイテムの使用もナシで。それでは……始め!』


 両者を中心に、決闘フィールドが広がってゆく。


叢雲ムラクモ――!』


 戦闘要員を呼び出して、待ち構える[括木くくるぎ]。

 前線を使い魔に任せて、後方から援護や妨害を行うのだろう。


 役割を分担しているため、自分の仕事に集中できるだろうし、一対二の状況では[ケルベロス]も戦いにくいだろうと思ったのだが――


『≪This 汝等 gate ここに divides 入るもの hope and 一切の望み despairを棄てよ≫!』


 [括木くくるぎ]の懐に飛び込み、《奥義》を使ってきた。


『いきなり《奥義》スキル!?』


 自分との戦闘では、体勢を立て直すのに使用していたが――

 今回はガラリと運用方法を変えたらしい。

 前に――街に入ってきた天使たちと戦った時のように。


 勢いよくせり出した門が、フィールドを分断する。

 使い魔である叢雲ムラクモを、主人である[括木くくるぎ]から引き剥がしていた。


『あ――』

『あららら……』


 当の[括木くくるぎ]も、見ていた[シトリー]も、そして自分も。

 いきなりの試合展開に茫然ぼうぜんとしていた。


『強化される前に叩いておかないと……大変だし?』


 使い魔の動きはそれほど融通が利くものではなく。


 攻撃の命令を出せば、回避などを一切考えず攻撃をし続ける。

 一対一で戦うのならば、逃げられる可能性のない使い魔の方を選んだのだろう。


 案の定――叢雲ムラクモは[ケルベロス]の猛攻に為す術もなく倒された。


 そして、門が消えるころには――

 自己のスキルでHPが全快し、強化が施された[ケルベロス]が。


――――


試合終了しあいしゅーりょー!』


『えげつねぇ……』


 さっきまで『可愛い!』と連呼していた狐に対しての、この仕打ちである。


『いやぁ……長引くと負けそうだったし』


 それにしても容赦がなさすぎだろう。

 あまりに早すぎて、[括木くくるぎ]が《奥義》を使用する前に終わってしまった。


『……練習試合とは』


 なんだったのか。


『いや、人の事言えないでしょ』


 これまで一度も勝っていないことを、根に持っているらしい。

 確かに……わりと真剣にやっていたことは否定できない。


『はい、次いくよー。次はグラたん対[括木くくるぎ]サンあーんど――』


 ……あーんど?

 なんだか嫌な予感がする。


『――ボクだからねぇ』

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