2018年10月 第1週

 《大図書館》


 この場所だけは地獄の風景には似合わず――

 陽だまりのような暖かい雰囲気で、訪れる者を出迎えていた。


 だからだろうか。


 本来ならば利用するものが殆どいない場所だというのに――

 人の出入りがちらほら見えるのは。


『――《大図書館》にようこそ。何が聞きたいんだい?』


 この図書館の主が、いつも通りの台詞で自分たちを迎える。


『必ずそれを言うよねぇ。[ダンタリオン]は』

『そういうキャラクターとして過ごしてプレイしてるからね』


 [ダンタリオン]としては、これを言わないと締まらないらしい。

 俗に言う“スイッチを入れている”、というやつだろうか。


『――誰だって、大なり小なり演じている部分があるものさ。……そんなものじゃないかい?』


『どうかな?』と、[シトリー]に問いかけたものの――

『ふぅん。そんなものかもねぇ』と相変わらずの調子で流されていた。


『で、九月のアルマゲドンも終わったし、今日は雑談しに来てくれた、というところかな?』

『そんなとこー』

『wikiの編集で忙しいだろうから、激励にな』


 忙しいはずなのに――

 律儀にも、初心者の相手をしているあたりが[ダンタリオン]らしい。


『あぁ、ありがとう。でも、結局は纏める作業だけだからね、僕の仕事なんて』


 図書館にいる、他の悪魔プレイヤー達を見回す。

 彼らも管理を手伝っているのだろう。


 この様子だと、心配はなさそうだった。


『そういえば――』

『……ん?』


『君たちには、会わせておきたい人がいたんだ。この機会だから、紹介しておくよ』


 [ダンタリオン]がそう言うと――

 VCボイスチャットにメンバーが追加される。


『[括木くくるぎ]クン。出て来てもらってもいいかい?』


 すると、カウンターの奥の方から、背の低い少年が出てきた。

 小さいと言っても、[シトリー]より頭一つ分は高い。


『……どうも』


 アバターはローブを目深に被っており、前髪で表情はあまり見えない。

 手にしているのは、“杖”。

 ――直接戦闘をするタイプではなさそうだ。


 青白い炎が、肩の上でフワフワと浮いているのが特徴的だった。

 この炎は、死霊使い特有のものだ。


 ということは――


『彼は結構前からここにいたんだけどね。あまり出てこないから面識もないと思うけど――』

『【ビフロンス】の[括木くくるぎ]です。……よろしく』


 わざわざ、お辞儀エモーション付きでの挨拶。


『よろしく』

『よろしくー』

『よろしくねぇ』


 装備は見たところ、十分なものとは言い難い。

 辛うじて、《奥義》用の専用装備だけは付けている感じか?


『この間、アルマゲドンの終了間際に天使を足止めしてたのが彼だよ』


 つまりは、あの時チャット欄に出ていた≪who said魂が君の that you四肢を might take長く導かん a rest?ことを≫の発言主ということらしい。


『あ、あぁ。それは――助かりました。ありがとう』


 初対面だし。敬語で礼を言っておく。


『あ、大丈夫です。別に敬語を使って頂かなくても。たぶん、自分年下なんで』


 別に年齢で、敬語を使うかどうかは決めてないんだが……。


 相手がそれでいいなら、そうした方がいいか。

 向こうに気を使わせるのも悪い、ということにしておこう。


『でも、あの時はホント助かったよねー。みんな向こう側攻めてると思ってたから』

『――いつでも動けるように待機してましたから……』


 確かに、反対側を攻めていたら到底間に合ってはいないだろう。

 打たれ弱い方である【ビフロンス】ならば尚更なおさら――

 敵が来ていないと判断できる終盤でないと、あそこまで深くは潜れないはずだ。


『少しは自陣から出て、スコアを稼いだらどうかなって言ってるんだけどね』

『[ダンタリオン]さんに気にしてもらうほどのことでもないです。スコアとか――順位とか気にしてないですし』


『まぁ……本人がそう言うならいいんだけど』

『――懐刀みたいなのに憧れてますんで』


 裏方に徹することに楽しみを感じているらしい。

 ……なんだか、親近感が湧いてきた。


『で、[括木くくるぎ]サンがグラたん助けたのも、[ダンタリオン]の指示?』

『…………』


『……?』


 そこで[括木くくるぎ]は答えず――


『……まぁ、そんな感じかな。あと少しでアルマゲドンも終わるところだったし』


 ――横にいる[ダンタリオン]が返事をした。


『――もしかしたら[グラシャ=ラボラス]が戻ってくるかも、と思ったからね』

『ギリギリだったけどねぇ』

『ほんとほんと。勝手に動きすぎだよね』


 まだ引きずっているようだった。

 ……肩身が狭い。


『まぁ、結果的に[括木くくるぎ]クンにもスコアが入ったんだし。みんな万々歳だ』


――――


 それからも、のほほんとした時間を過ごす。


 雑談の話題は――

 先日の公式での掲示板の内容へと移った。


『そういえば、公式の掲示板。ちょこっとだけど見たよ』

『あー。[カマエル]の? “ちょっとだけ”盛り上がってたよねぇ』


『見てて焦ったぞ。お前、完全に煽りに行ってたろ』

『え? 全部計算ですけど?』


『でも、やっぱり安定の[ЯU㏍∀ルカ]さんだったねー』

『意見が満場一致してたしね。失礼だけど、あれには僕も笑ったよ』


『でも、あの後ログインして街を回っていたらさ……』

『なにかあったんです?』


『[ケルベロス]って名前を見ただけで、天使が逃げちゃって』

『あらら。元[ケルベロス]の余波がこんなところで』


――――


 そしていい時間になったところで解散となり。


「それじゃあねぇ」

「ノシ~」


 [シトリー]と[ケルベロス]はすぐログアウトするようで――

 VCから早々に退室した。


「そろそろ、僕も落ちますね」


 [括木くくるぎ]も、カウンターの奥へと引っ込んでいく。

 VCには、自分と[ダンタリオン]が残された。


『それじゃあ、編集頑張ってな――』


 そして自分も外に出ようとしたとき――

 [ダンタリオン]に引き留められた。


『……もう少し話さないかい? 二人でゆっくりと、さ』

『……?』


 ……なんだろうか。

 引き留められた理由が思い当たらない。


 ああは言ったものの、やはり編集作業が厳しいのだろうか。

 といっても、手伝える部分なんて殆どないと思うが――


括木くくるぎクン、印象はどんな感じだった?』

『どんな感じって……良くも悪くも、【ビフロンス】って感じだな』


 [ダンタリオン]の言っている“演じる”が正しいのかは分からないが――

 どの悪魔プレイヤーも個性的だが、それぞれのグループとそう遠くない印象を持っていた。

 ……あくまで、勝手についているイメージだけども。


『普段は、彼ももっと明るいんだよ? 今日はちょっと緊張しちゃってただけで』

『それは……なんというか、まだ想像できないな』


 なんせ今日が初対面だ。

 交わした言葉も二言三言。


 緊張していたというが――

 正直な話、それにも気が付かなかった。


『緊張って……周りが一位ばかりだったから?』


 グループによっては、尊敬の対象にまでなっているらしい。

 ――といっても、この面子じゃそれも微妙なところだろうが。


『[括木くくるぎ]クン。[o葵o]ちゃんのファンなんだってさ』

『へぇ……』


 …………


 …………?


『……で、それを聞いた俺はどんな反応すればいいんだ?』


 それを言うために引き留めたのか?


『いや、本人がいる前では言えないし。驚くかな、と思って』

『そりゃあ、少しは驚いたけど』


 確かに、ファンがいてもおかしくはないのか……?


 なんたって、【ケルベロス】第一位だし。

 ……自分には、そんな存在付いていないけども。


 [シトリー]の場合、ファンというよりお友達の感覚で――

 [ЯU㏍∀ルカ]さんに至っては、もはや畏怖の対象である。


 身近にいる人物で、ファンが付いた、というのは新鮮だった。

 ……[ブエル]は別として。あれは、ファンありきの悪魔プレイヤーだ。


『まぁ、それに加えて、仲良くしてあげて欲しいなと思ったから』


 一緒に行動する輪の中に入れてやれないか、ということだった。


《大図書館》に結構前からいたということは――

 [o葵o]が[ケルベロス]となる前に通っていた姿も見ていたのだろう。


 そうなると[シトリー]が尋ねたときに、答えが返ってこなかったのも頷ける。


『実際は[ケルベロス]を助けるつもりで動いていたわけか』

『まぁ、そんな感じだね。彼が自発的に動いた結果さ』


 まぁ、本人の前で言えるような性格じゃなさそうだしな……。


 ファンの立場からすると、真正面から仲間に入れてくれと言えないだろうから――

 自分にそこはかとなく誘ってやって欲しい、と。


 保護者気分の[ダンタリオン]が、そう言ってきたわけである。


『いいんじゃないか? 別に誰かに憧れるのは悪いことじゃない』


 [o葵o]が自分の背を追っていたように――

 自分も[ЯU㏍∀ルカ]さんの背を追っていた時もある。


『うーん。なんだか違う感じだけど……』


 ――何やら含みを持った笑い。


『どういう意味だ……?』

『いや、何でもない。気にしないでいいよ』


 呆れ笑いが混じっている気がする。

 ……なんなんだ。


 前々から感じていたが、どうにも[ダンタリオン]の立っているステージが――

 自分たちより一段上にあるような気がしてならない。


 達観しているというか、なんというか。


 自分とそんなに年齢は離れていないはずなんだが。

 これが軍師的役割を担っている者の精神というやつか?


『見ていて飽きないね、君たちは』


 別れ際に[ダンタリオン]は――


『最後は――どんな形に収まるんだろうね』と、意味深な言葉を残した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る