2018年 10月末 閑話

『待機時間短かったねー。そのまま決着がついたっぽい?』

『いやぁ、惨々だったねぇ』


 二人とも、さして気にする様子も見せず。

 [シトリー]に至っては、カラカラと笑っていた。


 しかし、自分にとっては惨敗も惨敗。

 散々の文字が、惨々と変換されるぐらいに酷い。


『私たちより早く[シトリー]が落ちるのって珍しいよね』

『まーねー。っていうか、[シトリー]これで落ちたの初めてかも』


 中盤での[ダンタリオン]頭脳[シトリー]伝達係のリタイアも。

 時間切れではなく、全滅でのアルマゲドン終了も。


 このゲームを続けてきて、初めての出来事だった。


 頭を失ったことで、ほぼ負けは決定していた。

 自陣に[カマエル]の侵入を許してしまった自分達の負けだ。


 抑えられる者がいなかった?

 あの戦場では、どうしようもなかっただろう。


 そこさえ何とかなっていれば、違う結果もあったのかと思う。

 少なくとも……あんな惨状にはならなかった筈。


 ――たら。

 ――れば。


 その言葉が、浮かんでは消えてゆく。

 二人がリタイアした瞬間の映像と共に。


『二人とも……悪かった』

『んー?』


 この短い謝罪を、なんとか口にするのがやっとだった。

 どうしても声音が低く、重くなってしまう。


『悪かったもなにも――』

『あの状況でグラたんが何をできたのさ。自意識過剰も程々にしなよ?』


 棘でコーティングされた正論が、容赦なく飛んでくる。


 負けたところで、いつもと変わらず。

 平常運転の[シトリー]だった。


 戦場全体の状況を把握していた[シトリー]のことだ。


 突っ込まれた時点で――

 いや、もっと早い段階から覚悟はしていたのかもしれない。


 確かに、その時点で自分にできることは無かった。

 その事実は認めざるを得ない。


『……そうだな。でも[ケルベロス]の事は――』


 ――だけれど。

 [ケルベロス]のリタイアは完全に自分の落ち度だった。


『別にグラたんの責任じゃないと思うけど……』

『どーせ、全滅しちゃうんだしねぇ』


 自陣が落ちてからは、完全に空回りして。

 その結果、リタイア無駄死にさせてしまった。


『でも、グラたんのあの焦り様は珍しかったねー』

『へー。焦ってたんだ。で、大ポカかましちゃったと』


 笑い話として語る二人。


『誰か動画取ってないのかな。是非とも見てみたいものだねぇ』


 そこまで気にするようなことじゃない、と。

 そう、自分を励まそうとしている。


『まぁ今回は、こんなこともあるってことで』


 確かに、自意識過剰だったのかもしれない。


 二人の言葉で、少しはそう思うことができた。

 幾分か、楽になった気がした。


――――


『――で、そろそろじゃない?』

『告知で見た限りだと、ここで新しいイベントが入るんだっけ』


 参加したプレイヤー全員が、このイベントに集中する。

 今か今かと、何かが起きることを待ち望んでいる。


 アルマゲドン終了後の、祝福バフイベント。


 普段は、適当に流しているだけのこのイベントが――

 いったい、どんな風に変更が入ったのか。


『――ん。来たみたいだねぇ』


 テキストの表示と共に、天からの声が聞こえてくる。

 いつも通りの、取って貼り付けたようなトーンで。


『私の名前は――[ルシフェル]。天使長として、この世界に降り立った。神の愛が、我ら天使に降り注がんことを』


 水色がかったような眩い光が、天使陣営へと降り注ぎ――

 参加したプレイヤーに対してバフが付与されていく。


 次のアルマゲドンまでの一か月間。

 獲得経験値上昇、獲得金額上昇などの補正バフ。


 ここまでは、それまでのアルマゲドン終了後の演出と変わらない。


『そして――』

『――?』


 付与が終わった後にも、天の声は続いた。

 しかし、ついさっきまでとは様子が違う。


『今後、我が直々に、天使長として! この世界で形をなし、直接の監視を奉る!』

『……は?』


 トーンどころか口調まで、一人称まで変わっていた。

 天から光の球が降り注ぎ、凝縮し、形を成してゆく。


『こりゃ、まさかの結果だねぇ』


 そう、人の形へと。

 光を増しながら。


『ほらぁ! やっぱり!』


 頭が、腕が、足が――

 形どられていくのが、辛うじて分かる。


『冗談だろ……?』


 ――眩い光が収まると。


 そこには、白い翼を背中に生やし――

 その身に衣を纏った少女がいた。

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