2018年 9月末 アルマゲドン―①
『やっぱり、買う人は買ってるんだね、専用装備』
[ケルベロス]の言ったように――
自陣で開戦を待っている
その所々で姿が禍々しいのがいた。
『それに心なしか、ソワソワしている気がするな』
『そりゃあ、対人戦で使いたい衝動に駆られてるんじゃない?』
『街中ではいろいろと気にしちゃうからねぇ』
『下手すると混戦になる、か……』
新しく追加された《奥義》が――
天使側の益に傾くか、悪魔側の益に傾くか。
既に、戦場には暗雲が立ち込めていた。
――――
序盤は《奥義》のオンパレード。
あちらこちらで、業火が、大渦が、暴風が。
なだれ込んでくる天使たちを足止めするように、“門”が道を塞いでいた。
それこそ天を割くように、炎の剣が真っ直ぐに伸びていた。
中には温存している者もいるだろうが――
それでも、戦場の動きがこれまでよりも格段に早い。
『目まぐるしいねぇ……』
気が付いた時には敵がすぐ近くにいる。
遠くにいたはずの敵の攻撃が、こちらまで届く。
先月とは違った距離感を強いられる戦いに――
敵も味方も混乱していた。
しかし、そんな中でも《奥義》を活用している者もいる。
一際目に付いたのは、MAP中央にある窪地で繰り広げられていた戦闘だ。
『うわぁ……どこかの第六天魔王みたい……』
長篠の戦いで織田信長が使った戦法よろしく――
天使が数列に並び、交代で《奥義》を使用していた。
単純だけれど、えげつない。
複数人の連携によって成せる戦法である。
唯一の救いは、まだ専用装備も出始めで装備者が少ないことと――
リチャージの時間があるため、完全には回せていない所だろうか。
その隙をついて、自分ではない他の【グラシャ=ラボラス】が《奥義》を使用して飛び込んだ。
後方の天使達が振り向いているところを見ると――
背後に回り攻撃を加えているのだろう。
攻撃が薄くなったところで一気に他の仲間が突っ込み、戦線を切り崩していた。
『今後、《奥義》の使い方を纏めるのも一苦労だろうな……』
情報は大量に集まって来るだろうが――
また[ダンタリオン]の仕事が増えることになりそうだ。
『もしもーし。悠長に周りを見ている余裕はないんじゃない?』
『――分かってる』
[シトリー]に急かされて、先を急ぐ。
西側――
敵陣へ攻め込んでいた味方の軍団が、凄い勢いで削られていたためだ。
『どうなっているか、詳しくは分からないの?』
『んー。別の【シトリー】が見に行ってくれてるんだけどねぇ』
『それまでは、不透明なままか……』
向こうの上位勢も当然、課金装備で固めているだろう。
本格的にこちらに攻め込まれるまでに足止め――できれば排除。
[バアル=ゼブル]は先にたどり着いているらしい。
彼が蹴散らしてくれるならそれでよし。
自分達も間に合えば、妨害スキルを使って一気に畳みかければいい。
もう少しで目的のポイントに着くというところで――
『グラたん! ケロちゃん!』
切羽詰まったような[シトリー]の声。
『[シトリー]……?』
足を止めずに、[シトリー]の言葉に耳を傾ける。
『[バアル=ゼブル]がリタイアしたっぽい……』
『えっ――』
『なっ――』
――彼は
この期に及んで、引き際を間違えるなんてことはしないだろう。
完全に逃げ道を塞がれてしまったのか、それとも――
逃げる暇もなく一瞬で倒されたのかの、どちらか。
……恐らく、後者。
《奥義》を使う暇も無く倒されたのだろう。
後方に回り込まれた程度ならば――
簡単に逃げ道を確保できるはずだ。
『[ダンタリオン]からの指示は出てるんだけど……』
あの[シトリー]が
このまま自分達をぶつけて足止めをするべきか――
自陣へのダメージを覚悟でいったん引かせるべきか。
余程の強敵なのだろう。
もとより、どんな相手でも逃げるわけにはいかない。
最悪の状況が頭を過るが、その可能性も無い。
[バアル=ゼブル]を退ける程だ。
[ミカエル]? [ウリエル]?
――[ラファエル]の可能性は無い。
――――
『……見事なまでに、まっさらだな』
[バアル=ゼブル]があらかた薙ぎ払ったのだろう。
目的地に着いたときにいたのは、たった一人。
[バアル=ゼブル]を倒した――
紅い、天使の姿がそこにあった。
「よォ、久しぶりだなぁ。元気にしてたかよ」
サァ――
全身の、血の気が引いた。
「[
無いだろうと思っていた矢先にこれだ。
彼女なら[バアル=ゼブル]を倒せるだろう。
疑いの余地なんてない。
「残念ながら、今はその名前で通ってないんだなぁこれが」
『まさか――』
悪魔の時には[
向こうでも、その実力があれば不可能ではないだろう。
「【カマエル】第一位。つまり私が――」
だけど、まさかこんなことが――
「今の[カマエル]だ」
……移動していた。
炎を使わないタイプの天使に。
――【カマエル】のグループに。
『最悪だ……』
そのパターンは予想していなかった――
【ケルベロス】の時の印象が強すぎて、炎を手放す筈がないと思い込んでいた。
いくら後悔しても、もう遅い。
自分の
……どうにかして、現状を打破する必要がある。
浮かんだ選択肢は、逃走、戦闘、隔離。
逃走……論外だろう。
それで済む問題なら[シトリー]があの時に逃げろと言っている。
戦闘……かなり厳しい。
向こうは[バアル=ゼブル]を破ってなお、余裕がある状態なのだ。
こちらの《奥義》が戦闘用でない以上――
二対一のこの状況でさえ勝てる気がしない。
なら残されているのは、[ケルベロス]の《奥義》による隔離。
今いる場所は――広すぎて≪
誘導する必要があるだろう。
そして、釣るためには――餌がいる。
『……全力で引き付けるから――』
緊張で喉がカラカラに乾いてくる。
ここから先は地獄だ――
『後続の天使が来るか、[
ギリギリに発動させた方がいいだろう。
自分達が任された役割は時間稼ぎだ。
もちろん――
ゴール時に生き残っているかなんて関係ない。
『捨て駒にだって、なってやるさ――』
[ケルベロス]の返事を待たず、[
もちろん、攻撃を加えながら。
「へぇ……
『追ってこい――』
「乗ってやるよ、その覚悟に」
鬼ごっこの――始まりだった。
――――
『――来るよ!』
――ゾンッ!
[カマエル]の《奥義》が、自分を両断しようとした音。
『優秀すぎるな……その“目”』
ダメージはゼロ。
足も止まることなく、逃走を続けている。
背を向けて逃げながら――
[シトリー]の指示に合わせて、必死に回避していた。
『“ボクが”優秀なんですけど?』
ナビゲートと合わせて、回避のタイミングも寸分違わず伝えてくれる。
おかげで、逃げることに集中できていたし――
《奥義》を使わずに、《月影迅》だけで十分回避できた。
『……《奥義》のリチャージまでは当分時間があるけど、油断はしちゃだめだよ』
『――まさか』
油断なんて、できるわけがない。
【カマエル】――
赤い鎧を纏った、破壊を司る天使だ。
その天使が、一対の
自分で飛び込んだのだが、悪夢としか言いようがない。
『ぴったりだな……ちくしょうめ――』
『あんまり敵陣の深くまでいくと“目”が――』
見ることのできる、ギリギリの距離らしい。
[シトリー]が警告するも、足を止める訳にもいかない。
『でも、これしか方法はないだろ……?』
死が追ってくる。
これほど今の状況に相応しい言葉もないだろう。
しっぽを巻いて逃げている――
そんな自分を喜々として追っているに違いない。
『――正面!』
[シトリー]の言ったように、正面から天使の集団が向かってきていた。
正面の天使たちと、後方の[カマエル]による挟み撃ちの形。
万事休す? いや、まだだ。
ここで足を止める訳にはいかないんだって――
『言ってるだろうが!』
「≪
「!?」
「いま、
目の前の集団がざわつくのを横目に、間を縫うように駆け抜ける。
敵を片付けている暇はない――
最優先事項は[カマエル]の足止めだ。
『今、集団とすれ違った! もう少ししたら、そっちに来るぞ!』
[シトリー]も見ている。[ケルベロス]なら問題なくこなせるだろう。
とにかく、この[カマエル]だけは距離を離しておかないと――
『はは……』
乾いた笑いが出てくる。
何が「形のない恐怖に怯えろ」だ……。
――怯えているのは、自分の方だ。
――――
最後に入った一本道を抜けたところで、透明化が切れる。
……周りに味方は一人もいない。
[シトリー]の“目”による援護も、ここまでは届かない。
五秒の硬直――
あまりにも無防備な状態だった。
たったの五秒が、とても長く感じられた。
岩壁の隙間に飛び込む寸前である。
内部に入ったものの、外からは丸見えの状態。
その中はとてもひらけた、空洞状の場所だった。
目の前には、ところどころに岩石が配置されている。
身を隠す場所なんて、幾らでも転がっていた。
舌打ちをしたくなる。
せめて、あと数秒後に透明化が切れれば……。
『ギリギリ届かなかったか……』
まだあの紅い影は視界から消えていない。
結局、逃げ切ることができなかった。
こちらが《奥義》で姿を消したにも関わらず――
確実に距離を詰めてきた時は鳥肌が立った。
一瞬、なにかのバグが発生しているんじゃないかと疑ったぐらいだ。
野生の勘のようなものなのか。
それとも、こちらの動きを予測して判断したのか。
こんなどうでもいい時に、むしろ最悪のタイミングで――
意見が一致したところで、全く嬉しくない。
どちらにしろ、今の自分では到底敵わないことだけは確かだった。
『ここまでか――』
ここからまた、あそこまで攻めるのは骨が折れるはずだ。
途中で接触した集団も、ほんの少しだが足を止めていた。
『十分に……時間は稼げたよな?』
死の影は――
もう、すぐ近くまで迫っている。
『最後に削るだけ削っておく。……
『なんで……』
『《奥義》を使った段階で……引き返せばよかったじゃないのさ』
それだと、結局は二対一の戦闘になる。
この局面で二人とも落ちたとなっては、勝ちの目が薄くなる。
万が一のことが無いように。
そう判断した上での行動だった。
『それじゃあ、頼んだぞ――』
リタイアを覚悟してスキルを撃った瞬間――
入口を塞ぐように、二人の間に割り込むように。
巨大な壁が目の前に現れた。
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