2018年 9月末 アルマゲドン―②

『壁――!?』


 “門”ではない。

 ――【ケルベロス】の《奥義》によるものではない。


『じゃあ、いったい誰が……』

「おいおい……。誰が人の獲物を・・・・・横取りしていい・・・・・・・っつったんだよ」


 “壁”の向こうから[ケルべロス]が発言していた。


 全体チャットでの発言ということは――

 彼女も、誰がこの“壁”を出現させたのか知らないらしい。


『横取り――?』


 この壁は天使の《奥義》によるもの、ということだ。

 ……だけど、なぜ?


 こんなことをして得をする奴なんて――


「やぁやぁ、数週間ぶりじゃないか、[グラシャ=ラボラス]!」


 ――いた。

 今月の頭に戦ったばかりの、天使が。


「【サンダルフォン】の……」


 確か名前は――[Admiral]だったはず。

 決闘の申請を出された時に、一度だけ名前を確認した覚えがある。


 しかし、【サンダルフォンこいつ】の《奥義》は――≪Adonai終わり無きMelek戦いの王国≫。

 砲撃による広範囲攻撃だったはず――


「ちょっと、他の天使に協力してもらってね」


【ケルベロス】のように、“壁”を出現させる《奥義》を持った天使を。

 わざわざ、自分を逃がさないためだけに。


「今度は仲間を呼んで袋叩きか?」

「安心しなよ。そいつ等には外側で見張りを頼んでる。一対一でないと意味がないしさぁ」


 そんなに、あの時負けたことを根に持っているのだろうか。

 ――持っているだろうな……。


「……『二度と会わない』と言ったはずなんだが?」

「一度負かしておいて、つれないことを言うなよ」


 見ると、[admiral]の背後にも同じような“壁”が。

 ……完全に逃げ道を塞がれていた。


『そっちはどうなってるの!? [シトリー]、情報は?』

『ボクの目の範囲からは完全に外れてるから……』


 VCボイスチャットで繋がっている二人の声が飛んでくる。


『もう! 反応してよ!』 


 壁によって一命を取り留めたあたりからもずっと声は聞こえていたが……。

 いよいよ無視できないレベルまでやかましくなってきた。


『[カマエル]から――逃げることはできたけど、今度は他の天使に捕まった。どっちにしろリタイアするのは変わらないだろうから――』


 あんまり騒がないでくれ、と返事をしておく。


 厳密に言えば、逃げ切れてはいないが――

 この状況を説明するのも面倒なので、ぼやかしておいた。


『それじゃあ、今すぐ援護に――』

『天使の集団がそっちに向かってるだろうが。一人で相手は出来ないだろ。“待て”だ』


 そもそも、[ケルベロス]がここまで来れたとしても――

 今度は[カマエル]がいるのだ。

 絶対に、こちらへ来させるわけにはいかない。


『……で、こっちはどうしたものか』


 この逃げ場の無い状況では、[admiral]との戦闘を回避することはできない。

 だからといって、正面から戦うのか?


 [カマエル]よりは受ける危機感が格段に下がってはいるものの――

 前回の勝利、は殆どまぐれだったに過ぎない。


 ――パイはもう無いのだ。使うつもりもないけど。


『これから戦闘に入る。しばらくの間反応できない』

「さぁ、リベンジマッチだ!」


 その言葉と共に、大量の砲台が現れた。


『≪Adonai終わり無きMelek戦いの王国≫……!』


 岩陰に身を隠すものの、攻撃の効果範囲が広すぎた。

 肝心の《月影迅》も≪Pay 形の with ない blood 恐怖 and life に怯えろ≫もリチャージがまだ終わっていない。


『助かったと思ったらこれか……』


 地上は数多の岩により入り組んでおり、そこに広範囲の《奥義》が飛んでくる。

 ――面倒な相手だった。


 スキルが回復していない以上、回避は不可能。

 ダメージ覚悟で攻撃を打ち込むしかない。

 《影縫い》――せめて《バウンド》で足止めしながら時間を稼ぐ!


 通常のスキルは障害物で回避できるのは、前回で学習している。

 問題は、《奥義》と課金アイテムだろう。


 攻撃が、相手に当たる寸前に掻き消えた。

 もうこの段階から、《聖域の加護》による無敵バフが付いているらしい。


『出し惜しみなしか……』


 厳しい戦いになりそうだった――


――――


『――まだか……?』


 相手の《奥義》スキルにだけ集中して、回避し続ける。


 当然、回避用のスキルが間に合わない時もあるが――

 専用の《奥義》にしてはリチャージが短い分、威力も少ないのが救いだろうか。


 このまま、アルマゲドンの終わりまで時間を稼ぎ続ければ。

 せめて、門が消える時間が来ればまだ――


「――≪Elohim 畏れろ、 Gibor平伏せ≫」


『ゾンッ!』という、決して耳が慣れることのない切断音。

 間違いなく――[カマエル]の《奥義》によるもの。


 [admiral]の攻撃に注意しながら音の方を向くと――

 入り口を塞いでいた“壁”がすっぱりと両断されていた。


『は……?』


 ――なんだそれ。待ってくれ。

 あの“壁”よりも、[カマエル]の《奥義》の方が上なのか?


『やっぱり、自分が囮になって正解だったかもな……』


 下手をすると――

 [ケルベロス]の“門”も切断されていた。


「いい度胸だよなぁ。私から横取りしようなんて」


 “壁”が消滅したことで、逃げ道が生まれたが――

《奥義》を使って逃げたところで、即座に[カマエル]に追いつかれてしまうだろう。


「[カマエル第一位]だからって、調子に乗られても困るんだけどなぁ。文句なら[グラシャ=ラボラス]を倒した後で、ゆっくり聞いてあげるからさ」


 ここにきての二対一。

 よりによって、両方とも《奥義》持ちだ。


 まさに、絶体絶命。

 ここから生き延びる可能性など、万に一つも無いように思えた。


「何言ってんだ、お前」


 ――のだが、[カマエル]は真っ直ぐに[admiral]へと向かっていった。


「先に、お前が死ぬんだよ・・・・・・・・

「なにをいtt」


 冗談ではなく殺られる、と感じ取ったのだろう。

 チャットを打つのを中断して、[admiral]も戦闘態勢に入る。


『嘘だろ……?』


 まさかのアルマゲドンのさ中に――

 [カマエル天使]対[admiral天使]の戦闘が始まった。


――――


 [カマエル]の『逃げるなよ』という幻聴が聞こえないでもないが……。

 ここで、戦闘が終わるまで大人しく待っておくという選択肢はなかった。


『……後が絶対怖いけど――』


 ――戦場で出会わないことを祈ろう。


 “自分の獲物を横取りした”者に対する粛清の方が優先度は上、だと思う。

 彼女は、良くも悪くもそういう人だ。


 今は敵である、[カマエル]――[ЯU㏍∀ルカ]さんを信じての行動。

 信頼、と言うのも変な気もするが。それに近いなにか。


 自分という獲物を取り合って戦っている二人を尻目に、出口へと駆け出す。


 外には、例の“壁”を出した天使が見張りをしていると言っていたが――

 どうやら“壁”が破壊される前に、[カマエル]に見つかって犠牲になったらしい。


 たとえ同じ陣営に所属する者だったとしても――

 ひとたび敵と見なせば、容赦はしないスタンス。


元の天使カマエルよりも酷いな……』


 神の正義を司り、破壊の権化と呼ばれた天使だが――

 神ではなく、自身による正義に基づいて執行している分、タチが悪かった。


――――


 全速力で、自陣へと向かって走り抜ける。

 《月影迅》もリチャージが済み次第、即発動だった。


『少しでも距離を離さないと――』


 向こうの戦闘がどれぐらいで終わるのか予想がつかないが……。

 絶対に追いつかれるわけにはいかない。


 少しでも希望があるなら縋ってやる。

 ――が、天使と出会わずに逃げ切るなんて、土台不可能な話だった。


 あれから、周囲の探索をしながらの行軍だったのだろう。

 行きの時に遭遇した集団に追いつく形となってしまった。


『チィ――!』


 これが最後の《奥義》になるか――


「≪Pay 形の with ない blood 恐怖 and life に怯えろ≫!」

 

 透明化が切れた先に天使がいれば、確実にアウトだろう。


 しかし、ここから後ろに下がる余裕もない。

 助かる保障は無いが、前に進み続けるしかないのだ。


『くそっ。天使が途切れない……!』


 広がって動いていることもあってか、抜け出すことができない。

 たとえ抜け出したとしても、このままではスタン中に囲まれてしまう。


 残り十五秒、十秒――


 効果時間がなくなってゆくにつれ、焦りが大きくなる。


『グラたん! もうすぐ……もう少しだけ頑張って!』


 既に[シトリー]の目の範囲内に戻っていたのか……。

 だけど、もう少し頑張れって……?


 その疑問に答えるように――


『グラたん――!』


 視界の、遠くに。

 一目で分かるほど朱い、マフラーが映った。


『なんで――』


 なんで――こんな所まで潜って来てるんだ。


 本来なら責めるべきだ。

 だけれど、縋りたい気持ちも生まれてくる。


 あそこまで走り抜けられれば――というところで、透明化が切れた。


 まだ背後には天使がいる。

 ――当然、気付かれた。五秒間、抵抗することもできない。


 [ケルベロス]との距離が遠い――


「≪who said魂が君の that you四肢を might take長く導かん a rest?ことを≫――」


 どこかで発動された《奥義》の名前――

 それに呼応するように、地面から死んだ英雄たちの霊体が湧きあがってきた。


『これは……【ビフロンス】の――』


 たかがNPC英雄。それも亡者となったもの。

 天使相手に歯が立つことはない。

 ――が、それでも膨大な数により、十分な足止めとなっていた。


 硬直が解け、[ケルベロス]のもとに辿り着く。


 なんで――


『[シトリー]の“待てステイ”は聞けるのに……俺のは聞けないんだ……?』

『――さぁ?』


 すれ違い様に[ケルベロス]が《奥義》を発動させる。


『≪This 汝等 gate ここに divides 入るもの hope and 一切の望み despairを棄てよ≫!』


《奥義》によって、地面からせりあがってくる巨大な門。


 それによって――世界が隔てられた。

 絶望と、希望に。


 そして自分は、希望の中で――

 アルマゲドンの終わりを告げる喇叭ラッパを聞いた。

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