2018年4月 第1週
「シトリー! お前あれ、ワザとやってんだろ!」
「あー見てくれたんだ、あの動画」
四方を氷に覆われた、深く、暗い≪トロメア≫の中。ゲートを出てすぐのところに、目的の人物はいた。緑色の髪をしたちっこいのがユラユラと、手を頭の後ろで組みながら。どうやら、自分のログインする時間を見越して待っていたらしい。
――さっそく決闘の申請を出してやる。
『凄いよねぇ。大人気だったよねぇ』
こっちはお前を責めているんだがな? 当の本人はケロリとした様子で、まさにニヤニヤと擬音が似合いそうな声音だった。
『あ、決闘は拒否で』
『こいつ……!』
ここはせめて、一発ぐらいは殴られるところだろ……。合意でしか決闘を行えない以上、歯を食いしばって耐えるしかない。
『……負け戦を晒されて、非常に恥ずかしい思いをしているんだが?』
『誇ればいいじゃない。結果的には負けたけどさ、四対一であそこまでできる人は少ないと思うよ?』
『謝罪を要求してるんだよっ!』
こちらの意図から外れるように、のらりくらりと躱されて。いつものやりとりを続けていると――こんどは白髪犬耳、一応先日の関係者でもある[o葵o]が目の前に現れた。
「なんだか、すごい数の加入申請が来てるんだけどww」
「だいたいの犯人はこいつだ」
ギルドの名前を引っ提げて大立ち回りしたのは自分だが、元凶は間違いなく[シトリー]である。あの名前が頭の上に表示されている以上、どこを歩いても『あの動画の』と、注目されてしまうのは想像に難くない。
『いやぁ、どこかでアピールしてあげたくなってねぇ』
「宣伝効果すごかったでしょ?」と自慢げに言われても、俺にとっては嫌がらせに近かった。むしろ嫌がるのを知っていて、あえてやっている節があるからタチが悪い。表面上では善意を装っているため
『絶対面白がってやってるだろ』
『まっさかぁ』
『でもこのユニットは、あまり他の人を入れたくないんだよね。二人で〈今日のわんこ同盟〉だから』
『……それは、ボクが入れてって言ってもダメ?』
『駄目ー。それに【シトリー】ってどちらかといえば猫じゃん』
――【シトリー】。グリフォンの翼を持つ悪魔で、身体は人間、頭は豹。そういうこともあって、『どちらかといえば猫』という表現をしたのだろう。
【グラシャ=ラボラス】が犬ということも含め、なにかと悪魔に関して詳しいんだけど……家に
『そっか、残念』
そんなに残念そうには聞こえないぐらい軽いノリで[シトリー]が答える。他の【シトリー】もちらりと見た程度だけども、基本的にノリで生きている生物なのか、そんな奴が多い気がする。
……グループの役割と性格って関係しているのかね。
『――で、今日は何するの?』
先ほどの流れをぶった切るように、トントンと次の話題へと話を進める。切り替えの早さというか、一つのことに拘らないというか。
『今日もレベル上げ。今週中にはカンストさせるよ!』
『ふぅん、あともう少しじゃない。それならすぐ終わりそうだねぇ』
『二人でダンジョン攻略してると、すぐレベルが上がるから楽しくて』
『楽なのは最初だけだったけどな』
[シトリー]も‟あと少し”とは言ってたけれども、レベル上げなんてのは後半に行くほど大量の経験値を必要とするのが常。ここまでくると、一日にレベルを一つ上げるのにも苦労する域だった。
……昨日のアルマゲドンに勝っておけばなぁ。上昇補正が入るから、もう少し早く終わるんだけど。
『へぇー、二人で。[o葵o]サンはいつから始めたの? アバター装備とかもあまり持ってないみたいだし』
武器防具についてはそれなりだけども、[o葵o]のアバターはほぼ標準に近かった。さすがに、初心者に買ってやるほど自分も過保護ではないし――よくてレベル上げ中にドロップしたアイテムを全部流す程度。
……始めたばかりの段階で、人から装備を貰って遊んでも楽しくないよな?
『えーと、……先々週ぐらい?』
『……先々週っ!』
『……?』
[シトリー]が急に上げた素っ頓狂な声に、ハテナマークの[o葵o]。
そんなに驚くようなことはないはずだけど。
…………
「……どんなスパルタやらかしたのさ」
――と思いきや、[シトリー]が
『急にどうしたのシトリー? おーい?』
「……経験値上昇バフが付くアイテムを渡して」
「渡して?」
「ひたすらダンジョンを攻略しただけだけど」
「だけって……何やってんだか……」
……半ば呆れたような反応をされる。
別に不思議なことは何もしていない。チートなんてもってのほか。……ただ、本当に脇目も振らずにやっていたから、そこだけは常識の範囲外かもしれないけど。
『……大丈夫? このゲーム楽しめてる?』
『あ、帰ってきた』
――さっきまでとは打って変わって。カラッとした軽い感じだったのが、親身に相談に乗るような雰囲気になっていた。
『瀕死のままで引きずり回されたりしてない? ゴメンね、この人変態だから』
『――おいっ!』
流石に最後の言葉は聞き捨てならねぇ。変態ってなんだ。
『難易度もほどほどだし、普通に面白いよ? アクセサリー貰ったのもあるし』
…………
「へぇー、アクセサリーを。へぇー」
「……なんだよ」
「この子にはプレゼントとかあげちゃうんだ。へぇー」
――再びの
なんだか『へぇー』の文字が出るたびに、責められているような気がする。しかもプレゼントって……変に曲解されそうな言い方をするのはやめて欲しい。
『――で、だ』
とりあえず、脱線しそうだったので無理やりに話を戻す。
『このゲーム、前半はすぐ上がるだろ? そんなに驚くことじゃないと思うぞ』
『はぁ……。ソロ強はこれだもんなぁ……』
“やれやれ”の動き付きだった。ネトゲでこれの正しい使い方をしている奴を初めて見た気がする。
『ソロ強?』
ソロ強――パーティを組まない
『あのねぇ……。四人PTで組んで経験値ボーナス有りで、なおかつ効率プレイで回しても一週間は普通にかかるのに。なんで二人で回って二週間かそこらでカンスト近くまでいくのさ』
『え……』
『ちなみに、ボクのこのキャラクターは二つ目だからねぇ。一つ目で様子を見て、こっちから本腰入れて始めたんだよぉ』
『へぇ……初めて聞いたな、そんな話』
ネトゲで複数アカウントを作る奴も珍しくはない。ただまぁ、ゲームによっては禁止されていたりする行為だし、そもそもグループも切り替えられるのだから、新しく作る意味がそんなに無いような気もするけど。
『というわけで、作って五日でレベルカンスト。翌月には【シトリー】第一位になりました、てへぺろ♪』
『ちなみに俺は、一ヶ月ソロで進めてカンストした』
アイテムドロップだとか、多少は運もあったけど――それでも順調に進めればこんなものだろう。正直、ソロ強だとか変態だとかのレッテルを貼られるのは心外である。
『面白いよねぇ。オンラインゲームなのに一人でプレイするんだもんねぇ。PT組んだ方が戦闘も成長も楽なのに』
『一人でも十分楽しんでるんだからいいだろ。他の人とは遊び方が違うだけだ』
『へぇ、でも私とはいっしょにダンジョン攻略行ってくれるんだ』
ここ最近は、無理やり連れて行かれているのに近いんだが?
『……自分から声をかけるのが面倒なだけで、人から誘われるのは別に問題ない』
レベルの下限指定だったり、能力の指定だったり――効率を求めて募集をかけているPTは、なんだか息苦しいのだ。
もちろん条件は余裕で満たせるし、多少ミスをする味方がいてもクリアーはできる。だけども一緒に回っている間中、画面の向こうで勝手に評価を下されている気がして。自分にはそれが合わなかった。
『PT誘う側からすれば、条件さえ合えば誰でもいいんだから。特別な理由でもない限り、個人的に声かけてくるわけないじゃない』
「募集かけてる適当なPTに入って、パッパと経験値稼げばいいんだよ。なんでそれができないのさ」と、“やれやれ”を連発している。……だんだん、鬱陶しくなってきなおい。
――別に、一位に狙ってなったわけでもなし。
それに、最初はアルマゲドンなんてどうでもよかった。
『ちょっと聞いてよ。【グラシャ=ラボラス】第一位になるまでフレンド一人もいなかったんだよ、この人』
『……悪いかよ』
……全く持ってその通りだった。もっと言えば、他人とチャットを打つことも殆どなかった気がする。そもそも、その必要すらなかったし。
『ユニットを組んだのも――葵サンが初めてなんじゃない? あの人と組んでいた時も、ユニットまではいかなかったもんねぇ』
『ホントに!?』
なんでそんなに嬉しそうなんだか。
『因みにボクがフレンド第一号。ちょっと第一位が集合した時に、すかさず申請送ったら普通に了承されてねぇ。断られるかと思ったんだけどなぁ』
『だから……別に誘われる側なら問題ないんだよ。……フレンド解除しとくか?』
とりあえずもう一回、決闘申請を送ってやった。やっぱりこのお調子者は、一発のしておく必要があるよな?
『ノーサンキューでっす』
――イラッ。
『そのおかげで、他の第一位とも仲良くなれたんだしさ。むしろこっちとしては、感謝して欲しいぐらいなんだよねぇ』
……取ってつけたようなことを言って。けれども、その言葉が概ね正しいことぐらいは理解しているさ。一人で行動する方が楽な時もある、その逆も確かにある。
――ただ、自分の場合は前者の割合が大きいだけ。
『まぁ……そうかもしれないけどなぁ……』
『あぁー。つまり、初対面の人と仲良くなるのが苦手なんだ!」
『っ!!!』
『そういうことだろうねぇ』
いきなり失礼なことをド直球で言われた。はっきりずけずけと『コミュ障!』と言われるよりも、変に丁寧に説明されているせいで余計にむず痒い。
『仲良くなれば普通に話せるんだけど、初めての人とPT組むと「よろしく」と「おつかれ」しか喋らないタイプだ』
『あー! 確かに……。最初は、それしか喋ってなかった気がする』
『あとは、質問したときに答えるぐらい?』
――段々とエスカレートしてきたぞ。人の欠点について盛り上がるのもどうなのだろう。……次々と好き勝手なことを言い始めて、こちらとしては耳を塞ぎたい気分である。
『ということは、今こうやって普通に話しているということは――』
『僕たち、もう仲良しってことだよねぇ!』
『――――!』
完全に二人とも悪ふざけモードに入っていた。……まずい。明らかにこちらの分が悪い。このまま続けさせるのは、どう考えても危険だろうよ。
『いつまでも無駄話してると、レベル上げ終わらないだろうが!』
『え゛ー。ここからが面白くなってくるところなのにー』
ブーブーと文句を言う二人の話を切り上げさせ――その日は[シトリー]を含めた三人で、ダンジョンを攻略したのだった。
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