2018年4月 第2週―①
――結局、あれから数日かかってしまって。[シトリー]も今回は不参加により、二人でダンジョンでのレベル上げを終えたところだった。
『さて、レベルもカンストしたことだし――』
『したことだし?』
目的は済んだし、今日はもう解散しようかというところなのだけれど……一つやっておかなければいけないことがあった。大きく息を吸い、今こそその時と、高らかに宣言する。
『このユニットから脱退させてもらう!』
『え゛ーーーー!!』
『いや、当然だろ。もう成長ボーナスも必要ないし』
まぁ、他にもユニットを組むことでの恩恵はあるのだけれど――今回の問題はそこではない。こいつはメリットよりもデメリットの問題だ。
『いいじゃん!〈今日のわんこ同盟〉!』
『いいわけあるかぁ!』
『え゛ー……』
[シトリー]や他の悪魔たちにならともかく、天使にまでイジられたのだ。俺にこれ以上、生き恥を晒せと? 正直、もうお腹いっぱいなんだよ。勘弁してくれ。
『リーダーに脱退を止める権限は無いからな』
『ちょっと待って! それじゃあ……』
画面の真ん中に小さいウィンドウが表示される。
そこには‟[o葵o]さんに決闘を申し込まれました”の文字が。
『ユニットを抜けるなら――この私を倒してからにしてもらおうか!』
『おし、全力で転がすからな』
わざと負けるつもりなんか毛頭ないし。こちらとしてはレベル上げを手伝っていたおかげで、手の内も十分に分かっている。
『ぐっ……』
『……諦めろよ。ユニットに残る理由が無いんだ』
『でもせっかく組んだんだからさぁ……』
――声のトーンが変わってくる。冗談で言っているわけではないと、そう理解したときのそれだ。……いや、そこまでして引き留められても困るのだけど。
せっかく組んだと言っても、こっちは最初からカンストまでのつもりだったし。目的が達成された以上、ずるずると続けるつもりもない。
なんなら実力行使でもいいんだけど……非常にやりにくい展開になりそうだった。
『他の所に入るつもりもないんでしょ?』
『まあ、ソロでひっそりと“仕事”に勤しむさ』
『なら別に――』
ユニットを抜けない以外で、きれいにまとめる方法が思いつかない。しかしこっちも譲るわけにはいかないのだ。こればっかりは、自分の機転の利かなさを恨むしかなかった。
『――くどい! 欲しけりゃ実力で
――決闘の『了承』ボタンを押す。さぁ、これで後戻りはできなくなったぞ。
自分達を中心に、ドーム状の決闘フィールドが展開されてゆく。これまで何度か決闘したことはあるけれど、その中でも一番の真剣勝負だ。
『それじゃあ、私は――』
ソロモン72柱序列二十四位【ケルベロス】、グループ内順位第二十七位。白い髪をふわりふわりと揺らしながら、まるで牙のような双剣を構えながら。目の前に対峙する[o葵o]の装備に、見る見るうちに変化が起こる。
どこでも手に入るような革製の鎧が、今や白く輝き金縁に彩られた金属製の鎧に変わって。その様子から察するに、裏でこっそりと強化を続けていたらしい。
『持ちうる限りの実力と、装備を使って。ここで勝つしかないでしょ!』
『課金装備か……』
この時を予想してのことなのか、それともただ単に自分に遠慮をしていたのか。
『……課金装備で勝ったのは無効、とか言わないよね?』
『――面白い冗談だ。【グラシャ=ラボラス】第一位は――』
自分だって、
『その程度で勝てる程甘くないってことを教えてやるよ』
…………
『――っ!』
決闘開始の合図が鳴ってから既に数秒ほど、タイミングを計ったわけでもなくほぼ同時に動き出した。自分も[o葵o]も【グループ】は違えども得物は短刀――二刀使い。基本的に、接近して戦う必要がある。
まずは仕掛けていくスタイルと、様子を見るスタイルの違いだろう。[o葵o]が距離を詰めるのに対し、こちらは距離を離しにかかる。
『ふっ――!』
……範囲内に入るなりスキルを撃つか。最初っから先手を打つつもりなら、できるだけ一つ一つの行動に間をもたせない方がいい。やり方としては正しいのだけれども、予測している以上、回避は簡単――
『――早いっ』
――もう一歩、二歩。後ろに距離をとって回避しようとしたのだが、それも難しいぐらいに速度が上昇していた。なるほど、そう来たか。
回避行動を途中で止め、やむなくスキルの発動に切り替える。
……攻撃が目的ではない。発動中の一瞬の無敵時間を利用して、どうにかダメージをかすり傷程度に抑えるためのものだった。
どのスキルも、攻撃が出るまでの時間、攻撃後の硬直時間、リチャージまでの時間、そして発動中の無敵時間というものがそれぞれ存在する。存在していなければならない。
でないと、ノックバック効果によってあらゆる攻撃を中断することができてしまうからだ。
攻撃時間が数秒のものもある。ほんの一瞬だけのものもある。――けれども、無敵時間であることには変わりはないのだ。この無敵時間を利用してのカウンターが、自分が見出した戦闘スタイルだった。
『――普通ここで回避される!?』
『俺を誰だと思ってるんだ? 腐っても第一位だぞ』
【ケルベロス】のスキルなんて全部頭に入っている。技の範囲も、速度も、ダメージ量も大まかな形で全て。となると、あとは目視で調整していけばいいだけの話。
――敵の攻撃を避けて、避けて、避け続けて。装備の付加効果の殆どを、“このやり方”のために
ゲームの仕様上、必ず用意されている“それ”を――本来想定されていない使い方をしたこのスタイルは、言うなれば格闘ゲームにおける、
厳密に言えば違うかもしれないけれども、ざっくりと説明するならば、それをもっと簡単にしたようなもの。――とは言っても、この方法だって完璧じゃない。
一対多だとタイミングを合わせるどころの話ではないし、そもそも完全に回避しきれるわけでもない。更に言えば、相手側も装備による補正があるし。それに完全に合わせるのにも時間がかかったりと、なにかと穴の多い戦い方ではあった。……というより、テクニックだな。テクニック。
『速度特化の追加効果装備か』
『当らない攻撃を重ねても意味がないもんね』
――それは、自分の口癖のようなもので。極端なことを言ってしまえば、攻撃を完全に回避できるのなら、HPなんて1あるだけでいいのだ。1が0にならない限り動き続けることができるのだし、当たらない限りはHPが0になることはないのだから。
……まぁ、今のは回避しきれずに当たったのだけれど。
HPが1だったら、今ので死んでたのだけれど。
『今のは不意打ちみたいなものだったからな』
――だけど、これでだいたいの感覚は掴めた。課金装備のアドバンテージも、ほぼ無くなったようなもの。
『ここからは、そう簡単に通用すると思うなよ』
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