2018年4月 第2週―②

『――通用するまで撃ち続けるだけだし!』


 向こうから、数々のスキルが繰り出されてゆく。こちらも間を縫って攻撃を打ち込むが、向こうの立ち回りもなかなかに上手く、一進一退の攻防を続けていた。


 攻撃速度強化。リチャージ速度強化。Hit数増加。


 以前は威力重視だった装備の補正効果が、全体的に手数重視へと変えられていた。……これが自分の影響ってのは少し自惚れ過ぎかね。――もしかしたら、あえて対自分用にしてきたのかも。


 まぁ、それでも立ち回りに影響を与えるどころか、うまくぶん回せるのも【ケルベロス】の長所だろう。攻撃にも回復にも応用の利く、バランスの取れた構成になる。なってしまう。……いるよな、オールマイティーなキャラ使ってもかなり強い奴って。


 更にこちらの都合の悪いことに――少しずつこちらの回避を予測して、フェイントを入れ始めているし。


 小さくとも大きな変化、最初の頃は回避できていた攻撃も今では地味に通っていて。合わせて、こちらの攻撃に対処しながらと、精神的な余裕がないとできない戦い方だった。


 ――強い。


 課金装備を使っていることを除いても、心もちスパルタな攻略に付き合わせたことを除いても、本当に始めて一ヶ月かと疑いたくなるレベルだった。


『それでも――』

『あぁもう! 本当に攻撃が当たらない!』


 ――それでもまだ、自分の方が優勢だった。……対人経験の差に救われていた。思うようにいかずに愚痴りたくなるのも分かるぞ。そうなるように動いてるんだから。


『まぁ、キツいことは変わりないけどな……』


 まさか、最初から最後まで無傷で終わらせられるとは思ってなかったさ。流石にそこまで盲目ではないし、過小評価だってしない。やる前から幾分かのダメージは受けるだろうと高を括っていたのだけれど――正直、ここまで押されるとは思っていなかった。


 この実力なら【ケルベロス】で上位に入るのもそう遠くはないだろうよ。太鼓判を押してやれるぐらいには強くなってる、間違いない。……まぁ、今の【ケルベロス】第一位がいる以上あくまで上位、良くても二位止まりだろうけど。


 そして――装備による補正は言わずもがな、スキルの構成もだいたい掴めた。低レベルの、威力は低いが命中が高いスキル――≪影縫い≫を放ちながら一気に距離を詰めていく。


『今さらこの程度のダメージなんて!』

『ダメージ量だけが勝敗を決めるわけじゃない!』


 リチャージが済み次第、ダメージを気にせず更に踏み込み――追撃の≪影縫い≫。二発目の命中と同時に、[o葵o]の足元に黒い渦が発生する。


『これは――≪バインド足止め≫効果!?』

『そりゃあ、小狡いプレイスタイルには定評があるからな』


 直接のダメージ効果に期待できない代わりに、効果時間はそこそこのもの。しばらくは[o葵o]の移動速度が極端に減衰する。……≪バインド≫効果が切れるまでが勝負――安全圏を見つけながらの戦闘を続けるわけにはいかなかった。


 ここからは零距離のスキルの撃ち合い。向こうの硬さは十分把握している。


『あとは会心がどこまで入るか――!』

『倒れろォ――!』


【グラシャ=ラボラス】にも【ケルベロス】にもノックバック硬直効果を持つスキルはない。当然、一方的にダメージを与え続けることもできず、自分のHPの減りが一気に加速していく。


 ――来るっ!


 相手の高火力スキルの予備動作が見えたため、全力で飛び退いた。[o葵o]の剣が紅焔を纏った状態で振り下ろされる。地面に叩きつけられる二刀、一定範囲内に広がる炎――そのことごとくをギリギリのタイミングで避けきった。


 発生後は一定時間内の移動により、範囲をずらすことはできるものの――向こうは距離を詰めることができず、結果として空振りのままに終わる。


『≪バインド≫のせいで――!?』

『勝ちたいのなら――もっと対人経験を積んでからだな』


 スキルを放って隙だらけの[o葵o]に、そのまま連撃を叩きこむ。向こうがHPギリギリまで粘ったこともあり、この攻撃で勝敗が決まった。


 ――決闘フィールドが解除される中で浮かぶ‟Win”の文字。


『……これで決まりだ。ちゃんと勝ったぞ。ギルドは抜ける』

『うううう……。うう゛う゛――』


『お、おい……?』


 ……泣いてはいない、と思う。嘘泣きだろう。嘘泣きであってくれ。“泣いても知らないぞ”とは言ったが、ここで泣かれたら完全に自分が悪役だ。


『うわ゛ーん! いいじゃん別にぃ! そんなに変な名前かな? それじゃあ〈二首の魔犬オルトロス〉に――』


 ……嘘泣きかよ。いや、嘘泣きでいいんだけども。


 しかしまぁ、なんだ。提案されたのがオルトロスとは。確かに〈今日のわんこ同盟〉よりは遥かにマシなんだけれども――


『だからそう言うことじゃなくてな……? “仕事”の性質上、相手に恨まれて粘着されたりもするし、巻き込みたくないわけで』


 このゲームのシステム上――【グラシャ=ラボラス】が正々堂々、正面切って天使を殴りに行くことは殆どない。


 そういうゲームなのだから文句を言われるのも変な話なんだけどさ、往々にしているものなんだよ。裏をかかれたことを変に逆恨みして――四六時中、嫌がらせまがいのことをしてくる輩が。


 ――そんな理由があるので、この二週間。[o葵o]のレベル上げを手伝っている間は、【グラシャ=ラボラス】の仕事を休んでいたのだし。


『――別にユニットを抜けたからって、フレンドまで辞めるわけじゃない。だろ? 少し落ち着けよ』

『……うん』


 たまにならダンジョン潜るのを手伝ってもいいし。よっぽど切羽詰まった時なら、スコア稼ぎを手伝うのもやぶさかではないし。


『しばらくは“仕事”をメインに動く必要があるから。そんなに頻繁にパーティを組むことはできないかもしれないけど――それだけは忘れないで欲しい』

『わかった……』


 ……やばい。罪悪感が半端じゃない。なんで急にしおらしくなってんだよ。さっきまで嘘泣きです、って感じだっただろ。


『……このまま行きゃあ、すぐにでも上位に上がれるだろうさ。一位になるには――もう少し頑張る必要はありそうだけどな』


 だんだんと、自分が何を言いたいのかも分からなくなってくる。慰める? 励ます? カードの切り方が人生だろ? どーすんの俺?


『……うん、ありがと。これからは私も……私なりに出来ることをやってみる』


 最後に『絶対に驚かせてやるんだからね!』と言い残し、[o葵o]がログアウトしていく。なんだその捨て台詞……。


『――ふぅ……』


 結局、少し手荒な方法を採ってしまったことを後悔していた。自分と引っ付いて行動するだけじゃ見つからないものもある、[o葵o]なりに遊び方を見つけて欲しかった――というのも、自分に対しての言い訳にしかならないだろう。


 「……一人の時はログインしないから!」とか言い出さなかっただけマシだと思うけど、これで現界でばったり出くわしたりしたら気まずいよなぁ……。とかも少しは思ったり。


『はぁー……』


 ――天井を仰ぎ見ながら、ため息を吐くばかりだった。

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