2018年 10月末 アルマゲドン―①

 謎のアップデートが控えた中でのアルマゲドン。

 専用装備も登場して約二か月。


 そろそろ慣れた頃だろうし――

 敵も味方も、考えて運用するようになるだろう。

 前回ほど混乱した戦場になることはない。


 ……そんな都合のいいこと、あるわけがない。


『……思ってた以上に何にもないねぇ』

『分かってたことだけど、これは酷いな……』


 起伏もなにもない、だだっ広いだけの戦場。

 辛うじて、両本陣の周囲を囲むように山々が並んでいるだけである。


 先々週に公式サイトで確認して、ある程度覚悟はしていたものの――

 実際にその場に立ってみると、なかなかに厳しい。


『うわぁ……。どうなるんだろ、これ』


 間違いなく、戦術も糞もない原始的な戦いになる。

 それが、開戦前に感じた印象だった。


――――


 喇叭ラッパの音が高く鳴り響く。

 アルマゲドン、開戦。


「さて――全員、気合入れようか」

「どこかが崩れたら終わりだぞ!」


 [ダンタリオン]と[バアル=ゼブル]の言葉を合図に――

 サポート役を除く全員が飛び出してゆく。


 案の定、MAPの中心部での派手にぶつかり合いからのスタート。


 前に出ている味方が倒されれば、後ろに控えていた仲間が前に出て――

 それが相手を倒したら、今度はその後ろから新しい相手が――

 という繰り返し。


 もちろん自分たちも、その流れに乗る。

 [ケルベロス]と二人で、一時的にできた穴を埋めるため駆けまわっていた。


 倒して、出てきて。

 倒して、出てきて。


 流石に、倒されるギリギリまで前線に残るようなことはしない。

 [ケルベロス]との交代を挟んでなんとかもっているが――

 予想以上に、神経を使う戦いを強いられていた。


 そして、更に悪いことに――

 飛んできたのは砲弾の雨。


『――≪Adonai終わり無きMelek戦いの王国≫!?』

『またお前かよ――!』


『あー、グラたんを見つけて絡みに来たっぽいねぇ』


 [admiral]――前回の件で懲りずに、また目の前に現れてきた。

 むしろ、その執着度合は更に酷くなっているようにも見える。


 こちらは戦いづめで、HPが削られている状態だというのに。


『狙いを澄ませて突っ込んできやがって――!』


 ――厄介。この一言だろう。

 この手合いは、それ以外の全てを投げうって向かってくるのでたちが悪い。


『グラたん、下がって!』

「≪This 汝等 gate ここに divides 入るもの hope and 一切の望み despairを棄てよ≫!」


 幾重にも鎖を纏った地獄の門が、飛んできた砲弾を全て受け止める。


 …………


『助かったけど――』

『あららら……』


 “門”の向こうに、隔離してしまった味方も出てる気がしてならない。


『んー……一応被害は最小限に抑えたつもりなんだけど……』

『それはもう仕方ないかな。……それにしても、引っ張りだこだねぇ』


『勘弁してくれよ、ほんと』


 引っ張りだこというのは、元々罪人を指す言葉らしい。

 ――磔刑たっけいが、蛸を干す様に似ているから。


 ……罰されるような事をした覚えはないんだが。


『罪作りなんだからもう』

『……笑えないからやめてくれ』


 それよりも、問題は[カマエル]だ。


 前回のアルマゲドンの出来事が、脳裏にチラついてしかたない。

 [admiral]が出てきた以上、彼女もセットで出てくるのでは――


『今の所、情報は入ってきてないけどねぇ。まぁ、見つけたらすぐ報告するように言ってあるから』

『そもそも、そんなに追っかけてくるタイプじゃないと思うけどなぁ。[ЯU㏍∀ルカ]さん』


『街中でばったり会ったら、絶対襲われるだろうけどねぇ』


 前回の出来事を知っていて、なおもケラケラと笑う[シトリー]。

 こっちは笑い事では済まないんだが?


『あ゛ー……』


 出来ることなら、引きこもりたい。


 街中で出会えば最後、エリア移動で逃げることもできないし。

 ……半年前に[ガブリエル]と戦っていた姿を思い出した。


『なんだか、本能で襲ってるタイプだよね』

『“動くから、なんとなく襲ってみた”みたいな感じだよねぇ』

『……猫かよ』


 別に食べるために獲物を求めるわけでもなく。

 ただ、狩猟本能がそうさせている感じ。


『窮鼠猫を噛めればいいんだがなぁ……』


 自分が鼠だとしても、相手が猫ならまだ救いはある。

 しかし問題は、相手が猫ではなく獅子だということ。

 あっという間に捻り潰されるのがオチだろう。


『グラたんって、けっこう自意識過剰だよねぇ』

『そんなに、[ЯU㏍∀ルカ]さんも暇じゃないって』


 酷い言われようだった。


 この間みた掲示板の検証スレッドでは確か――

【カマエル】の《奥義》が【ケルベロス】の《奥義》を破ることはなかった。


 それでも、手放しで安心できたものじゃない。

 ネトゲで最も恐ろしいのは、極振りプレイヤーである。


『お前らは……[ЯU㏍∀ルカ]さんの恐ろしさの片鱗しか見てないからな……』

『何言ってんのかねぇ』


『“門”の時間、あと半分ぐらいだからね』


 どこから来てもいいように警戒しているものの――

 [admiral]が“門”を回り込んでくる様子はない。


『例の【サンダルフォン】も、消えるのを待ってる感じ』


 ここまで混戦状態なのだ。

 回り込んでいる間に、他の悪魔プレイヤーとエンカウントする。

 そのリスクを避けているのだろう。


 分かっていても、自分達もここから動くことができないのはもどかしい。


 今回のMAPがこんな状態で、かつ戦線が一定に保たれている以上――

 穴の開いた部分から崩れていくのは分かり切っていた。


『そろそろ“門”が消えるよー!』


 強化バフをかけなおす[ケルベロス]。


『……向こうの様子は?』

『んー、変わってない。どうしても、グラたんと戦いたいんだねぇ』


『――二人で一気に倒すぞ』

『“今回は”、ね』


 “今回は”という部分を強調して言う。

 ……まだ根に持っていた。


『向こうの《奥義》のリチャージも終わってるから気をつけてね』


 そして――


 門が消えた瞬間。

 再び砲弾の雨が降り注いだ。


『一撃入れる――!』


 ≪月影迅≫によって回避ができたが――

 [ケルベロス]はそうもいかない。


 自分の真似をして、一瞬の無敵時間を利用してHIT数軽減。

 防御力の上昇バフもあったので、そこまで酷いダメージは受けていない――


 が、回復のためにワンテンポ遅れるだろう。


 と思ったのだが――


『はいっ、まずは一撃っ』


 自分よりも先に攻撃を加えていた。


 二対一、更に二人とも強化バフによって万全の状態。

 ここで回復しなくても、十分押し切れると判断したのだろう。


 結果的には、その判断が正しかった。


 これまでの経験を活かしたコンビネーションが光る。

 片方が相手をしている間に、もう片方が背後を取り――

 一方的に攻撃を加えられる状態で戦闘は進む。


 自分も[ケルベロス]もダメージ重視の装備ではない。

 ――が、確実に向こうのHPを削り続ける。


 圧倒する形で決着がつく。


 周りには雑魚が残っているものの、何のことはない。

 こちらの体力にも、十分に余裕があった。


『攻撃の殆どが、こっちに飛んできたんだが……』

『回避重視なんだし、良い具合に回ってたじゃん』


『結果オーライ!』と笑う[ケルベロス]。


『はぁ……』


 ……ため息しか出なかった。


 周りを見るも、どこも天使と悪魔の押し合い圧し合い。

 このまま一進一退の攻防を終わりまで続けることになるのかと。


 そう思っていたのだが――

 唐突に、状況が一変したことを知ることとなる。


『うわーうわー!? これやばいかもしんない!』


 突然入った、[シトリー]の悲鳴によって。

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