2018年10月 第4週
今日も今日とて、[ケルベロス]と共に見回りを行っていた時のこと。
誘われて久々に訪れた東部の街を――
二人で一時間かけて回っていた時の事である。
「一段落ついたな、何もしてないけど」
「ここらで一休みしよっか」
街を一望できる高台へと登ろうとしたところで――
「おや、ケロちゃん。はろー」
頂上のあたりから――
珍しい人物に声をかけられた。
[アスモデウス]。
ソロモン七十二柱序列三十二位のグループの第一位。
そんな彼女が――岩の上から、こちらに手を振っていた。
「はろー」
同じく手を振り返す[ケルベロス]。
どうやら、最初から挨拶をしにいくつもりだったらしい。
『だからここに来たがってたのか……』
『だって、女子会のメンバーだし』
≪
『女子会ってお前……ホントに全員女子なのか?』
『失礼な! 全員れっきとした女子でしたけど!?』
どうやら、
先月から参入したばかりだというのに――
この自称わんこ系女子は、相変わらずコミュニケーション能力が高かった。
――――
自分たちが坂を上り終えたところで。
腰掛けていた岩から降りて、こちらに近づいてくる[アスモデウス]。
桃色の内巻きカールはものの見事に≪色欲≫っぽい。
そう関連付けてしまったのは――きっと淫乱ピンクとかいう造語のせいだ。
ネットに浸っている間に、すっかり侵されてしまった気がする。
そして、髪型と同じぐらいに特徴な服アバター。
……白衣である。
「おや、グラたんも一緒か。はろー」
「いや、気付いてスルーしてたろ」
……他のメンバーにもグラたんで浸透していた。勘弁してくれ。
まさか他の人の会話でも、グラたんって呼んでいるのか?
『はろー。モーさんも“お仕事”休憩中?』
『んー、そんなとこ』
ホストの[ケルベロス]が、[アスモデウス]をVCに追加したらしい。
『“仕事”の追い込みって言っても適当にだけど。増やすだけ増やして、後はベレちゃんに任せるだけだし』
『ベレちゃん?』
『ベレトちゃんのことね』
『あぁ……あの白髪眼帯の』
序列十三位【ベレト】の頂点にいる彼女は――
いつの間にか、珍妙なあだ名を付けられていた。
『人の多いポイントを見つけて、がむしゃらに能力振りまけば勝手に増えてくれるからさ。責任もなにもないから楽な“仕事”だわね』
≪色欲≫を司る【アスモデウス】。
その能力を使って
ただ、[アスモデウス]達で増やすことができるのは――
あくまで“中立状態”の
結局のところ、【ベレト】や【ブエル】あたりの悪魔に丸投げ。
それを悪魔陣営に引き込んでいくのは、彼女らの“仕事”だった。
[
人間で溢れかえっていたというのは、確かに見回り中に感じていたことである。
『あまりに簡単に増えすぎるから、生物的な繁殖じゃなくて――菌の増殖に近いものを感じて怖いと思うこともあるけど』
『そういや、大学の研究室で実験してるとか言ってたな』
あんまり詳しく聞いたこともないけど――
確かそんなことを言っていた気がする。
『あー。だから白衣着てるの』
『細胞を増やすのも、結構大変でね』
――工業系の化学コースで学んでいるらしい。
『実験の合間が暇だから“仕事”も捗る捗る。時間がかかるのよ、これが』
そう言って、所属している研究室についていろいろ説明していた。
『へぇぇぇぇ。楽しそう……』
『女子会では話さないのか?』
『流石に女子会で、実験についての話をしてもね……』
[アスモデウス]の声が微妙に沈む。
『……ケロちゃんも、週二ペースでカエルのお腹開いてみる?』
なんだか、グロテスクなことを言い始めた。
勝手に作り上げておいてなんだけど――
これまでの[アスモデウス]のイメージが崩れていく。
『い、いや……。遠慮しとく……』
『ほら引いたぁ!』
いや、引くだろ。
『でも、これやらないと実験が進まないんだもんなぁ』
カエルの世話にラットの世話と――
理系学生の大学生活は自分が思っている以上に壮絶なものらしい。
『どんな実験しているのか聞いてもいい?』
確か、[ケルベロス]も現実では高校生だったか。
華の大学生活に興味があるようだった。
『あー……そうだねぇ。簡単に言えば――』
――――
『……? ……?』
γ《ガンマ》アミノ酪酸がどうのと、まるで呪文のような単語が続いていた。
シキミ酸? コハク酸? テトラヒドロフラン?
『簡単とは何だったのか……』
『ま、まぁ。まだ説明するのに慣れてないから多少はね?』
思考停止モードに入っている[ケルベロス]に気付いて――
慌てて言い訳をする[アスモデウス]。
『こうして考えると……。やっぱり作業ゲーが好きだなぁって思うね』
『どゆこと?』
『化学の実験なんて、総当たりで可能性を潰していくようなものだから』
実験に使う薬品の種類だけではなく――
その分量や時間などの条件を少しずつ変えていくらしい。
『なにかとゲーム攻略に似た部分もあるんだなぁこれが』
『……そんなものか?』
『むしろデバッグの類じゃない……?』
『パスワードとか六桁程度なら全部試すでしょ』
『……試さないだろ』
六桁となると、数字だけのものでも百万通りである。
作業というより苦行だ、それは。
……こいつも変態の一派だったか。
『そんなもの、少し経てばどこかのモノ好きが調べてネットに上げるんだから。待てばいいじゃないか』
『その“どこかのモノ好き”になりたいんだなぁ。私は』
『はぁぁぁぁカッコいい……』
『んんん……!? 恰好良いか……?』
[ケルベロス]の中で、[アスモデウス]の株が上がっていた。
確かに、一本筋が通っているあたりは……恰好良いのかもしれないけどなぁ。
『誰もが簡単にできるように、誰よりも難しいことをする! どうよ! 名言じゃない!?』
『自分で言うか?』
これまでの流れがぶち壊しだった。
いつか誰かがやるかもしれないけど、それなら自分がやってやろう。
それが化学者気質というもの。
そんな考えが、原動力となっているらしい。
『でも――』
『――ん?』
『グラたんの“仕事”みたいに、毎度神経を使うようなのは勘弁して欲しいね』
その時の状況によって、臨機応変に動くのが苦手らしい。
百回同じ方法を繰り返して、百回成功する事が好き。
その“百回成功できる方法”を探す事が好き。
そんなことを力説し始めた。
力説されても、いまいち自分には理解できない面白さだったが。
『凄い難しいことを言っている気がするんだがなぁ』
『まぁ、人には得意不得意ってのがあるわけで』
得意げにそう言った[アスモデウス]は――
『結局のところ、上手い具合に回るようにできてんのよ』
――そう、最後に締めくくった。
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