四章 波紋

2018年10月 第3週

「あ、来た来た」

「やっほー」


 いつも通り、ログインをすると――

 ロビーには[ケルベロス]と[シトリー]の姿があった。


『……見た?』

『もちろん』


 いちいち『何を?』と聞きかえす必要もない。

 このタイミングということは、例のアップデートの話だろう。

 二人もサイトの更新は随時チェックしているらしい。


『【サタン】の導入だってさ』

『どうなるんだろうねぇ』


 サイトでは“導入”としか書かれておらず、詳しい内容は一切不明。


 そのため、公式の掲示板だけではなく――

 ネット上の様々な掲示板で、様々な憶測が飛び交っていた。


『ルシフェル】も【サタン】も――既にいるよな?』


 あくまで――

 勝った陣営に加護バフを与えるだけの“象徴”としてだが。


 だからこそ、“導入”という言葉の意味が分からなかった。


『ケロちゃんはどう思う?』


 [シトリー]が[ケルベロス]に問いかける。

 やはり、他の人の意見も気になるのだろう。


『運営がプレイヤーとして参加するとか?』

『いや、ないだろ……」


 前代未聞だ。


 運営がゲーム内に出てきたとしても、それはあくまでGMゲームマスターという形。

 世界の監視役――“イベントの進行役”としてだ。

 プレイヤーとしてではない。


『運営が手を出したら、ゲームが成り立たなくなるだろ?』


 なんせ、システムをいじり放題だ。

 常識的に考えてあり得ないが、その疑いは常に付いて回る。


『まぁ、よくやっても――』


 アルマゲドンで勝利した陣営へと移動するような――

 新しいグループが追加されるといったところではないだろうか。


『それでも、いろいろ問題は出てくると思うけどねぇ』


 ただでさえ、陣営間でのプレイヤーの移動が激しいゲームなのだ。

 新しく追加されたグループだからと、人が殺到することも考えられる。


『とりあえずこれについては、話し合いがあるんじゃ――』


 シトリーが言い終わる前に、通知が来た。

 それぞれ、メッセージの確認をする。


『ほんとだ。グラたん、ギリギリセーフだったね』


 [バアル=ゼブル]による、緊急集会への招待だった。


『ギリギリもなにも、全員のログイン状態を確認して送ってるんだろ』

『それじゃあ、グラたんがもっと早くログインしてれば――』

『もっと早くに召集が来たわけだねぇ』


『ぐっ……』


 事あるごとに、ストレートに責められている。

 相変わらず、風当たりが厳しかった。


――――


 ≪地獄の宮殿パンデモニウム


 これまで通り、[バアル=ゼブル]によって十二人が召集された。


「さて、今回来てもらったのは他ではない。公式サイトで発表されたアップデート内容についてだが」


 全員、サイトを確認して予測はしていたのだろう。

 [プルソン]が続けるように発言する。


「どういう形で実装されるかって話だよね」

「えぇ。既に様々な場所で議論が行われていますが……。皆さん上位の方々の意見も聞きたかったので」


「つまりは、そういうことだ」

「協力よろしくね」


 [パイモン]の言葉に――

 [バアル=ゼブル]と[ダンタリオン]が短く続ける。


「この祭りに乗っかって、『ここでも熱い議論を交わそう!』って感じ?」


 なんだかソワソワしている[アスモデウス]。

 誰かとこの件について話をしたかったのだろう。


「……ほどほどでお願いします」


――――


 一番手、[ケルベロス]。


「ここはやっぱり、運営が参加するんだってー」


 ……まだ言っていた。

 どうやら、本気で有りうると信じているらしい。


「手動でバフ配ったりするだけって形ならあるかもね」

「アルマゲドンとは別に、小さいミッション的なイベントが追加されたりするのかも」


 [ベレト]と[アスモデウス]が、[ケルベロス]の意見に乗っかる形で意見を述べる。

 女性プレイヤー同士のためか、あのお茶会(?)以降、何かと仲が良い。


「……他には?」

「新規でそのグループが作られる可能性もあるんじゃないか?」


 実装する上で問題もあるだろうが――

 とりあえず、意見の一つとして挙げておくことにした。


 プレイ人口拡大という意味ならば、現実的だろう。


「新規でいきなり【サタン】・【ルシフェル】というのも、どうなのでしょうか」

「各陣営の上位陣がグレードアップするとかどうよ」


 正論を返した[パイモン]に対し、[ベリアル]が補足案を出す。


 それ・・が各陣営のトップを指すとすれば――

 そのような特別な称号もアリなのかもしれない。


「そこまでいくと、アイテム無しで陣営の移動とかできそうだよねぇ」

「それはそれで、バランスが崩れそうで怖いな……」


 アイテム無しだからといって、ホイホイ移動する上位陣もいないと思う。

 ……そう思いたい。


「今思いついたんだけどー。《奥義》として、戦闘に参加してくれたりして」

「アルマゲドンに出てこられたら、たまったもんじゃねぇな、それ」


 《奥義》の一斉発動。

 ワラワラと現れる【サタン】と【ルシフェル】――

 もはや別ゲーなのではないだろうか。


「レイドボスとして出てくるとかは?」

「協力して、向こうの親玉を倒すぞーって感じ?」

「そうそう! 巨大【ルシフェル】をみんなでタコ殴りする感じで!」


 [アスモデウス]と[ケルベロス]で盛り上がる。


「でも……【ルシフェル】=【サタン】なんですよね?」


 [アシュタロス]の冷静な指摘。

 そして[ザガン]によって突っ込まれた。


「……倒しちゃダメだろ」


 …………


「でも、倒したことによって――」

「加護を得られる陣営が変わる、という形ならまだあり得るかも」


 そこで[バラム]と[ダンタリオン]がフォローに入った。


 その形ならまだ実装されそうな気もしないでもない。

 ……『サタン防衛戦』的な戦闘が追加されるということか?


「あとはwikiの方で出てた予想としては――【サタン】の名前を冠した装備品の追加とか」

「天使陣営だったら【ルシフェル】ってことかな」


――――


 意見を出して、否定案が出て、それのフォローが出て――

 なんだかんだで、議論の場として機能していたことに驚く。


『結構みんな考えてプレイしてるんだねぇ』

『どういう意味だ、それ』


 大まかに纏めると――

 ①【ルシフェル】・【サタン】のグループ実装

 ②【ルシフェル】・【サタン】の《奥義》・装備の実装

 ③【ルシフェル】・【サタン】という名の運営PC登場

 ④【ルシフェル】・【サタン】というレイドボスの実装

 以上の四つの意見に分かれていた。


「といっても……現状、なんでもアリなんだよねぇ」


 [シトリー]の言うことも分かる。

 システムのどの部分で導入されるかによって、どうとでもなるからだ。


「レイドボスを倒して、装備を手に入れるって可能性もあるわけだしな」


「でも、こうして並べてみると……。殆どアルマゲドンの勝敗には関わってこなさそうじゃない?」

「確かに、関わるのはギリギリで④番ぐらい?」


 アルマゲドンで悪魔陣営が負けた場合、レイドボス【ルシフェル】を倒して加護を得る権利を奪う。

 取られた方も、今度はレイドボスを倒して取り返す。

 ――これの繰り返しとなる可能性が高い。


 あくまで、④番が実装された場合は、という話だが。


「やっぱり、やることは変わらないんだねぇ」


 ……結局、今回の招集で得るものはあったのだろうか。

 いや、確かに自分が全く考えていなかった意見もあったけども。


 中途半端な意見も、他の人によって現実味のあるものへと昇華はしていたので――

 全くの無駄ではなかったのだろうと思う。


「まぁ、あくまで予測を並べただけだからね。でも、今後の動きを予測する上ではとても参考になったと思うよ」


「今月も気を引き締めて頑張れよってことだろ」

「……そうだな。各自、何があっても対応できるようにはしておいてくれ」


 そう締める[バアル=ゼブル]。


「――それでは、これで解散とします。皆さん、お疲れ様でした」


 アップデートの内容が、今回挙げられたうちのどれかだった時――

 確かに驚きは軽減される気がしないでもない。


 そういった意味では、自分たちにとっても役に立ったのだろう。

 大勢で話合うのも、いい刺激になったと思う。……たぶん。


 そう自分に言い聞かせて、地獄街へと戻った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る