2018年 11月末 アルマゲドン―②
『《奥義》のリチャージが済むまで待ってやるよ』
『……その言葉に、甘えさせてもらいます』
拒否したところで、メリットは全く無い。
最大限、時間稼ぎに使わせてもらう。
当然、その間は手持無沙汰になるわけで――
決闘フィールドの外から声をかけられることは、想像に難くなかった。
「羨ましい限りだな。変われよ、[カマエル]」
「寝言は寝て言え。邪魔をしたら殺すぞ」
[ラファエル]の言葉に対して、物騒な物言いで返す[カマエル]。
どこをどう聞いても、仲間のする会話じゃないだろう。
本気でやりかねない所が怖い。
……周りの天使たちも、同じ考えなのだろう。
その証拠に、話しかけてくるのは同程度の実力のある四大天使たちのみだった。
[ガブリエル]に関して言えば――
周囲をグルグル回りながら、こちらを眺めている。
「わざわざこっちに飛び込んでくるなんてねぇ。ワンちゃんも張り切っちゃって」
檻の中の猛獣のような気分だった。
正確には、猛獣と同じ檻に入れられている草食動物の気分だ。
見世物のような状態で戦うのも気が気ではないので――
こうして、リチャージが済むまで待てる、というのは有難い。
「前回は醜態を晒しちゃったもんねぇ」
『前回……?』
『……先月のアルマゲドンです』
そう、言葉を押し出した自分の表情は――
きっと苦虫を噛み潰したようになっているのだろう。
「んー? ワンちゃん? どんな気分だった?」
安全圏にいるのをいいことに、ここぞとばかりに煽ってくる。
「……
『……それだと、自分が天使の中に放り込まれるんですけど』
アルマゲドンを含む、戦闘エリアでは味方同士の決闘は不可となっている。
必然的に、フィールド無しで戦うことになるので勘弁してもらいたい。
『……冗談だ』
「……あー怖い怖い。“元悪魔”はこれだから」
しかし、その言葉に気圧されたのか――
これ以上、[ガブリエル]がこちらに向けて発言することはなかった。
「貴方には、なるべく早く加勢して欲しいところですが……」
「そりゃ、
止めるべき対象が[
他の天使ならば、わざわざリチャージを待つようなことはしないだろうし――
そもそも、こうして決闘に持ち込むことも難しい。
唯一、可能性があるのは[ラファエル]ぐらいだろう。
[ミカエル]の指示があれば、すぐさま勝負を仕掛けてくるに違いないが。
「さて、もうすぐ五分経つ。“門”が消えるよ。」
「はいはーい。それじゃあ、いくよー」
「≪
――[ガブリエル]の奥義。
あたりにいた天使全員に対して、一瞬で強化バフが施される。
…………
「こっちの天使たち、バフかけて突撃するつもりだぞ」
こっそりと、味方に情報を流しておく。
せっかく敵陣に単身乗り込んでいるのだ、最大限に有効活用してやろう。
と、思ったのだが――
「そんなこと分かってるよ! バーカ!!」
「絶対! 終わったあとに説教だかんね!」
……二人からお叱りの言葉を頂いた。
…………
そして――
戦場を分断していた“門”も消え始めていた。
「お前たちの戦いを観られないのは残念だ」
「そっちが終わる前に片付けちゃえば、また袋叩きにできるよねぇ?」
「[カマエル]が止めを刺したいって言うなら、諦めた方がいいと思うけど?」
「……好きにしろ」
好き勝手なことを言いながら、天使達が戦場へと向かって行った。
主力同士の激戦が、再び始まる。
『……他の人の戦闘を眺めるだけって、何とも言えないですね』
天使一人に対して、二人以上で挑んでいる形。
ここを制した方がほぼ勝利を手にするだけあって――
本来、直接戦闘に参加することのない面子までが前に出ていた。
今年最後のアルマゲドンに相応しい、まさに最終決戦だった。
――――
『――さて、始めるぞ』
『……はい』
マウスを握りなおし、椅子に座りなおし。
深呼吸をして、[カマエル]の挙動に集中する。
『あんまり気を逸らすなよ? 腑抜けた戦いしてると――』
『
『――――!』
凶悪な響きを備えたその言葉に総毛立つ。
さっきの[ガブリエル]と違い、ストレートに傷を抉ってくる。
そして間髪入れず、戦いの幕が――
『≪
文字通り、切って落とされた。
『いきなり《奥義》――!』
――ゾンッ!
身構えていたために、発動を確認してから回避に移ることができた。
――が、それも始まりに過ぎない。
向こうの《奥義》はいくらでも使えるだろうが――
こっちは一度でも使った時点で、ほぼ負けが決まってしまうのだ。
透明化が切れる前に倒しきればいい。
なんて、淡い希望は捨てた方がいいだろう。
今までのスタンスを続けるだけ。
避ける。
避ける。
避ける――
一発一発の威力が上がる代わりに、手数が減っているのが救いだった。
攻撃の挙動を見て、こちらもスキルを使用することができる。
反撃として撃ち出している攻撃は、確実に届いているのだが――
いくら当たっても、まともに削れている気がしない。
固い、重い。
――強い。
『こっちは全神経を集中して、避けに徹してるってのに――』
与えている攻撃の回数が全然違うにも関わらず――
そのダメージ総量は、こちらが圧倒的に負けている。
絶対的な、防御力と体力の差。
どれだけ努力を重ねても、越えられない壁というものはある。
それを無慈悲に見せつけられていた。
……それでもいい。
勝ちの目が絶望的でもいい。
『あのころに比べれば、大したことはないっ』
【ケルベロス】ではなく【カマエル】であるおかげで――
攻撃のタイミングが、格段に読みやすくなっている。
HPが0になるまで、勝負は終わらないのだ。
少なくとも、この戦いで求められているのはそれだ。
『確かに、【ケルベロス】の時よりは弱くなっている、かもしれないが――』
――限界がきていた。
『それでも、私の方が、強い』
これ以上、攻撃が当たれば負け。
例えそれが通常攻撃でも、一発でも当たったら終わりだ。
ギリギリの状態。
――最後のあがき。
「≪
たったの二十秒。
それだけの時間を稼ぐための《奥義》だった。
『ほぅら、王手がかかったぞ』
『クソッ! いいですねぇ! そっちは楽しそうで!』
向こうも、透明化中は攻撃が当たらないのを分かっているため――
無駄な攻撃を撃ってくる事はなかった。
しかし、こっちがいくら攻撃を当てたところで……。
≪影縫い≫によって《バインド》効果にしたものの――
この狭いフィールドの中の、どこにいようと無駄なのはわかっていた。
『元々
こちらからの攻撃で、どこにいるかも筒抜けなのだろう。
自身に強化を施しながら、冷静に距離を詰めてくる。
『二度目だよなぁ。この台詞は』
そして透明化の解除。五秒間のスタンが始まった。
――来る。
『≪
[カマエル]の《奥義》が、体を両断する。
自分のHPが0になると共に、決闘フィールドが解除され――
今度は、決闘に敗北したペナルティとしてのスタン状態となってしまう。
六十秒間無防備な状態。
――格好の獲物だ。
戦場のど真ん中で、攻撃されない筈がない。
身動きを取ることができない自分の目の前に――
[カマエル]との間に割り込む形で、
『
見たところ、既に最大まで強化済み。
倒れることなく、間に立ち塞がり続ける。
そして――
「≪
見慣れた“門”が、視界を遮る。世界を分断する。
隔てた先に、絶望を置いて。
――どうやら、十分に足止めできていたらしい。
“門”によって安全が確保された今、周りにへと目を向ける。
決闘フィールドの解除によって、
……[ケルベロス]からの通話呼び出しが、さっきから喧しいことこの上ない。
…………
『……信じてたぞ、お前ら』
『よく言うよ。ホントにギリギリだったんだから』
総力戦を勝利で収めた仲間たちは、見るからにボロボロだった。
戦闘が始まる前に見た中で、何人かもリタイアしている――
そして――
我らが大将、[バアル=ゼブル]の姿もそこにはない。
『……[バアル=ゼブル]は――』
『
『……え?』
答えになってない[ケルベロス]の言葉に、首を傾げる。
――が、すぐさまその疑問に答えるように、答えが出てきた。
「≪
[バアル=ゼブル]の《奥義》――!
門の向こう側から、激しい戦闘音が響いてきた。
――――
『……向こう側はどうなってるんだ?』
『“門”が消えるまでは、ゆっくりしとけばいいよ』
向こうの様子が丸見えのはずの[シトリー]だが、実況するつもりはないらしい。
……まだ怒っているのかもしれない。
――五分後、“門”が消えて。
そこに[カマエル]の姿はなく。
残った雑魚の掃討に移った[バアル=ゼブル]がいた。
“門”のこちら側にいた
「この戦争、俺たちの勝ちだ」
残り時間は半分を切っているが――
四大天使も[カマエル]も落ち、あとは残った天使を処理するだけ。
ここから立ち塞がってくるような天使は、殆どいないだろう。
[バアル=ゼブル]が高らかに勝利の宣言をしたことで、更に士気が上がる。
万が一のことを考えて、天使の残党を刈りながら自陣へと戻ったころには――
高らかに、終戦を知らせる
全滅ではなく、タイムアップでの終戦。
それでも、悪魔陣営の勝利であることは一目瞭然である。
『大勝利だったね、今回は』
『……前回のリベンジ達成だねぇ』
悪魔陣営内は祝勝ムードに包まれ――
あちこちで自分たちの勝利を称える会話が飛び交っていた。
『あぁ、今年最後のアルマゲドンに相応しい勝利だろうな』
そして最後に残るは特大イベント――
[サタン]の登場が、目前に控えていた。
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