2018年5月 第4週


地獄の宮殿パンデモニウム


 五月末のアルマゲドンを控えた今、集まっているのは自分を含めた十二人の悪魔。


 そこで[バアル=ゼブル部屋の主]を上座に、傍に立っている[パイモン]を除いた残りのメンバーが向かい合うように座っている。


 その姿を照らしているのは、壁から吹き上がっている紫色の炎と、テーブルの上にある燭台だけ。ゲームの中だから『何言ってんだ』って感じなんだけど、熱いとかそういう印象は全く受けない。むしろ、深い海の底のような静謐せいひつさが滲み出ていて。


 内装が不必要に物々しいこの部屋、【バアル=ゼブル】第一位に用意された特典のようなものらしいのだけど――仕様は他のギルドルームと大して変わらない。ギルドとは別に自由に使えるというだけのもので、[バアル=ゼブル]はアルマゲドンなどの前にいくつかのグループの一位を集め“会議部屋”のように利用していた。


 ――会議とはいっても、そんな仰々しいものでもないけど。


 話の内容としては、アルマゲドン前に陣営の状況を確認して、あらかじめ動く指標を定める程度。


 有利と判断したならば、裏をかかれない程度に警戒を。不利と判断したならば、どこかで勝機を掴める部分がないか戦略を練る。よくて、そのレベルの話し合いだった。


「今月のNPCの数はこっち側の圧勝……かな」

「【ブエル】と【デカラビア】が頑張ってたらしいねぇ」


 今月に入って【デカラビア】のボーナス対象が変わったことに加え、先々週の出来事から、【ブエル】も特殊ボーナスを活用し始めたおかげってところだろうか。[ダンタリオン]から出されたデータによると、天使陣営との差がこれまでにないぐらい開いていた。


「来月には天使も対応してくるだろうから、今月限りのアドバンテージだけど……。是非とも有効に使いたいね」


 参加人数が多いアルマゲドンで、悪魔プレイヤーたち全員に強化バフがかかるのは大きい。もとより悪魔側の方が陣営ボーナスを取りやすいようになっているのだけれど、それも土台の戦闘能力では天使よりも劣りがちなためで。


 陣営ボーナスを取りやすいようにはなっているのだから、取れるだけ取っておくのが無難だった。その割合が大きければ大きいほどバフの効果も上がるので、十分に期待できるだろう。


「敵の街への侵攻は、これまでケルベロスが大暴れしてたんで問題ナシだ」


 天使陣営の施設の破壊を行って、向こうの土台を削るのが【べリアル】の“仕事”で。領地としている街によって、資金などさまざまな部分が補正を受けているのは向こうも同じ。そこが破壊されれば、そのままにしておくわけにもいかず、修復に天使達も数を裂くのは当然のことだろう。


「このままいけば勝率は80%ぐらいかな」

「80%か……」


『あくまで順調にいけば、の話だけどね』と、付け加える[ダンタリオン]に[バラム]が口を挟む。表情の殆どを覆う無機質な暗視ゴーグルが、光を反射していた。


「なんせ、そのケルベロスが……」


 ……このタイミングで来たか。[バラム]は前[ケルベロス]――[ЯU㏍∀ルカ]さんのことを快く思ってなかった節もあるし。


「その[ケルベロス]が」


 [バラム]の口からその先は出てこず、後を続けたのは[パイモン]だった。


「先月のアルマゲドンを最後に、天使陣営へ移った。ということに関してなのですが……」


 ……歯切れの悪い言い方だな。


 ――明らかにこちらを意識していた。それでも反応を見るに、[ケルベロス]と深い関わりがあった自分と[シトリー]が責められる、というわけではないらしい。


「まー敵に回った以上、四大天使以上に警戒はする必要があるよね」

「行っちまったものは、仕方ないっつーことで」


 [アスモデウス]たちがそう言ったように――嘆いたところで何かが変わるものでもなし。『昨日の味方は、今日の敵になることもある』というのが、この場での結論だった。


「それはもちろんのことなんですが、あと一つ」

「……あと一つ?」

 

 というよりも、こちらが本題のようで。敵として対応することになったこと以外で、これ以上なにを話すことがあるのだろう?


「……現[ケルベロス]はどうなんだ?」


 ――[ЯU㏍∀ルカ]さんが座を離れ、その後に一位になった[ケルベロス]について。


 元々は八人の王での会議に使用するつもりだったこの部屋に、更に五人のそれぞれの代表がいる今――それ以外の一位も、この場に呼ぶかどうかという話は前々から議題には上がっていた。


 当然、β時代からのプレイヤーというのも含めた実力――そして戦闘職という、うってつけの立場にある[ケルベロス]も対象に入っていて。


「あぁ……今度はどうだろうって話な」


 しかし、あの[ЯU㏍∀ルカ]さんである。当時から破天荒な行動を取って、殆ど一匹狼のような振舞いなのは言わずもがな、会議に参加する意味を成さない、という結論が下されていた。


「新しい[ケルベロス]によっては呼ぶのもやぶさかではない、ということなわけねぇ」


 もちろん前任者が前任者だけに、判定は厳しいものになるだろうけど。


「んー。当たり前のことだけど、一位になったばかりだろうし……。しばらくは保留でもいいんじゃない? いろいろと面倒があっても嫌だし」

「……せめて二、三か月ぐらいは必要かもだな」


「【ビフロンス】の例があるから、慎重になるのは仕方ないわな」


 伯爵――[ビフロンス]がこの場にいない理由。これまた極端な話なのだけれど……このグループに限っては、未だ毎月のように第一位が入れ替わっていた。


 サービスが始まってまだ数か月しか経っていない、というのもあるけども、それでも大半のグループの順位は安定し始めているのだし。あらかじめその可能性を考えているとしても、入って次の月には『はい、サヨナラ』では、あまり気分がいいものではない。


 ……一位を維持する努力と実力が備わっているのが最低条件だった。特にこの集まりにいるメンバーは、少なくとも各自で自分のスコアを賄えるぐらいには動けていたのだし。


 この場にいる誰もが、一位の座と共に名を得た瞬間から、他のプレイヤーたちにそれを譲ったことはない。過度に依存することも、依存されることもなく。ただ対等に、それぞれが第一位として君臨していて。


 そこまで至るまでの道のりには違いはあるものの――玉座に乗せられたわけじゃない。自らの手で勝ちとった者達の姿がここにあった。


「まぁ、そこらへんは、おいおい見極めながらだねぇ」

「別に[バアル=ゼブル]の自由なんだから、僕としては人が増えようが減ろうが構わないけど」


「……いや、この話はしばらく様子見としておこう」


 ――結果、保留ということになり、この話題を最後に今回は解散となった。


「よぅし、終わった終わった」

「それじゃあ、かいさーん」


「さぁて、来月はなにか面白いイベントあったかなー? 海ー!……はまだ先になるだろうし」

「アスモデウスさん気が早すぎます……」


 それぞれが、ログアウトしたりエリア移動をしたり。一人、二人と数を減らしてゆく。そしてその中で――


『――――』


 会議に参加していた[シトリー]も同じように、何処かへ行こうとしているのを見つけた。


 今のうちに話をしておくか……。


「おいシトリー」

「んー?」






「今月はいろいろと忙しくて、【シトリー】全体で協力してもらってたんだって?」

「あー、藍玉らんぎょくサンから聞いたらしいねぇ」


 ――いつも飄々ひょうひょうとしており、何でも要領よく済ませてしまう[シトリー]にしては珍しい。一月ひとつきまるまるそうなのだから、余程のことなのだろう。


「なにか手伝える部分があれば手伝うぞ?」


 そんな面倒事なら手を貸してさっさと片付けてやろうと、声をかけてみたのだけれど――


 …………


 少し間が開く。


「……どうした?」

「寂しいなら素直にそう言えばいいのにねぇ」


 ……アホかい。こちとら親切で尋ねたのにこれである。


 こうやって会話していても通常運行、会議でも特におかしい様子は無かったし――けれども、なんだか煙に巻こうとしているような気もして。反論しようと、文章を打とうとしたところで、[シトリー]が言葉を続ける。


「安心しなよ。今月のアルマゲドンが終わる頃には元通り・・・だから」

「……あぁ?」


 元通り? ……何がだ?


「そんじゃ、今月のアルマゲドンも頑張ってよねぇ」


 ――結局、自分の申し出に対しての答えを出すことなく。まるで、これ以上会話を続けさせないかのようにログアウトしていったのだった。

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