2018年 5月末 アルマゲドン―①

 ――アルマゲドン、開始五分前。


 目の前を覆い尽くしてるのは、まるで樹海のような深い木々。事前に確認した中では東西にエリア分けされていて、それなりの道が用意されているらしい。


 今までならば、ここでどういった方向性で動くのか意見を聞くのだけど――その対象は VCボイスチャットで繋いでいる[シトリー]のみだった。


『とりあえず、有利だからって迂闊に突っ込んだりしないよう調整はするつもりだけど。いざというときはフォロー頼むねぇ』


 [シトリー]は[シトリー]で、いつも通り自陣の奥へと引っ込んでいるし。[o葵o]もアルマゲドンには参加しているようだが、姿は見えない。……開戦を目前にして隣に誰もいないだなんて、何か月ぶりのことだろうか。


『……あぁ。了解した』


 ――事前に[ダンタリオン]が言っていた勝率は80%。その情報は概ね信用できる。ほぼ勝ちは決まっていて……それでも、20%は負ける確率が残っているんだけどさ。


 その内訳の殆どが、前[ケルベロス]だった[ЯU㏍∀ルカ]さんがどう動くか、といったところ。[シトリー]の言うフォローが、どこまでのことを示しているのかは分からないけど。最悪の場合、自分が抑えに行く必要もあるのだろう。


『ルカさんの相手かぁ……憂鬱になるなぁ……』

『今更ボヤいたってどうにもならないじゃないのさ。ほら、もう始まるよ』


 ――高らかに、開戦の喇叭らっぱが鳴り響いた。


『そんじゃ、今日も頑張りますかねぇ』


 五月の締めくくりとなるアルマゲドンが――始まる。






 [ЯU㏍∀ルカ]さんのいた時とは違う、本来のスタイルに戻って序盤を過ごす。つまりは戦況が動くまで、自軍前の東西が合流するポイントでの待機だった。


 予想通りボーナスの加護は大きく、展開は悪魔こちら側が優位に立ったまま。[シトリー]によると、未だに向こうのトップの姿は見えず、全体的にこちらがジリジリと押しているらしい。


『そろそろ動いた方がよさそうかも』


 [シトリー]からの指示が飛んでくる。さぁて、ここで自分が取るべき行動は――


『――東側の応援か』

『だねぇ。そっちのが押してるし。ベリアルたちも少し前から出てるし』


『あれだな……』


 言われた通りに目的のポイントへと向かう最中に、移動速度の遅い[ベリアル]たちを追い込す。あれが辿りつく前に片付けておかないと……。


 そうしてグネグネとしたけもの道を抜けて、戦闘がまさに現在進行形で行われている所に混ざっていく。手あたり次第に妨害系統のスキルをばら撒きながら、右へ左へと駆け抜けて。こちらもバフが付与されているだけに、すこぶるダメージの乗りが良い。


「好調だなグラシャ=ラボラス! おかげで仕事がしやすくて助かってんぜ」

「……おう。それじゃ、相手の砦は任せた」


 後ろから追い付いていた[ベリアル]に労われて、自分は一仕事済ませたので待機。あのまま押し込んでいけば、順調に砦の破壊もできるだろう。多少の強敵が現れたところで、こちらの人員にはまだまだ余裕もあるのだし。


『向こうは完全に後手後手だねぇ』

『あっちも、アルマゲドンが始まる前から不利なのは分かってるだろうからな』


 東西に分かれた二つの部隊。どちらかが攻めきることができれば一気に崩せるとは思うけど、そう簡単に行くわけはないだろう。


『……向こうの大将は何をしているんだ?』

『まだ出てきてないみたいだけど。今から出てきたところで、間に合わないんじゃない?』


『この戦況を押し返せるとは思わないけど、妙だな……』


 未だ情報が上がってこないことに、多少の不気味さを覚える。


「おい! まずいぞ!」


 突然、全体チャットで発言したのは――敵陣の砦を破壊しに向かった[ベリアル]だった。短く発されたその言葉は、異常事態であることを示していて。


『うわ……。向こう――もう、自棄になってる?』


 追って[シトリー]の方には、別の【シトリー】からの情報が入ってきたらしい。苦々しく吐き出された呟きを聞きながらミニマップを確認すると――マップ上に表示されている味方のマーカーが、その先頭部分からガリガリと削られていた。


『どうしたんだ……!?』


 その勢いが、あまりにも早い。……いや、いくらなんでも早すぎだろ。


『向こうの四大天使トップ四人――四人ともがこっち側に来てる』

『なっ――』


 確かに、これは自棄としか言いようがない。こちらに殆どの戦力を割いた以上、反対側ががら空きになったも同然ってことだろ? ……籠城を決め込むことはないと思っていたけど、まさか主力がまとめて突っ込んでくるとは思いもしなかった。


『ダンタリオンはなんて?』

『もう対策に出てるって。【フォラス】と一緒に動いてる!』


 ――【フォラス】の役割も【ダンタリオン】と同じく味方の指揮で。強化や回復量増加などのバフをばら撒いて、補助に回るのがメインの悪魔だった。


『……そりゃあ心強いな』


 こっちで倒すか押し留めるかしている間に、西側向こうが本陣に攻め込めば勝ちは決まったようなものである。……しかし、油断するわけにはいかない。


 万が一にもこちらが全て片付けられて引き返されでもしたら、逆転される可能性もある。……足止め役として自分も控えているから、そう簡単に逆転を許すことはないと思うけど――


「原始的な戦いになりそうですね。あまりこういうのは好きではないのですが」

「……行くぞ、パイモン」


『バアル=ゼブル……』


 決め手となる大将がここで出てきたということは、このまま正面から押し切るつもりらしい。一気に勝負をつけるため、そのまま二人は戦闘の中心になっている部分へと向かう。


『反対側は大丈夫なのか?』

『大丈夫、【バルバトス】や【サブナック】が前に出て、上手く押してる』


 となれば、向こうも時間の問題。こっちでも[バアル=ゼブル]たちを投入した以上、敵の主力を片付けるのにそう時間はかからないだろう。悪魔陣営の勝利に向けて、順調に進んで――


『……俺もバアル=ゼブルの加勢に回った方が良さそうだな』


 …………?


 ――このまま順調にいくのか? 本当に?

 なにか忘れてはいないだろうか。


『「キミは万が一のことを考えて、そこで待機しておいて」ってダンタリオンが』

『……万が一のこと?』


 勝ちを目前にして、何に警戒する必要があるんだ?

 何に? ――誰に?


『――っ!』


 ……誰だった?

 今回のアルマゲドンで、一番注意をしなければならないのは――


『シトリー! ルカさんは――……っ!?』


 ――気を抜いていたのなら見逃してしまうような、殆どサブリミナルに等しいレベルでの視界への介入。その赤い影が、チラリと覗いただけで思考の一部を喰い殺す。


『回避!』

『――――っ!!』


 どちらからそれ・・が来るかも分からないまま、回避のためのスキルを発動させた次の瞬間、すぐ目の前が炎に包まれた。


『まだ来る!』

『分かってる――!』


 スキルの温存なんて言える状態じゃない……!


 がむしゃらにスキルを使って、今いる場所から飛び出す。効果範囲から外れたころには――自分のすぐ傍にいた悪魔たちが軒並みリタイアとなっていた。


『ルカさん……四大天使を囮に――!?』

『全力で抑えて! そこが倒れたら、バアル=ゼブルが挟み撃ちされる!』


 一気に心拍が高まる。


 あくまで仮だったが、師と――目標としていた彼女が。今、敵として目の前にいる。マフラーを着けてるいるかどうか、背中から白い翼を生やしているかどうか。見た目ではそんな些細な違いしかないのに、[ЯU㏍∀ルカ]さんから感じたのはこれまでのものとは別種の恐怖だった。


『死の天使っつうのは、こういうのを指すんだろうな……』


 あの四大天使たちと違って、温かさといったものが一切感じられない。あれらを陽光に例えるならば、目の前のこれは月光だ。


 纏っているのは、全身の血液が冷えるような神々しさ――


 ここで負ければ戦況が悪くなるかもしれない。……いや、この人ならば逆転まで持っていきかねない。そのプレッシャーが、じわじわと自分の精神を侵してゆく。


『……ルカさんはここにいる奴らで抑えておくから、他は頼んだぞ』


 手柄欲しさなのか、まだ相手が[ЯU㏍∀ルカ]さんだと気付いていないのか。周りの奴らが我先にと飛び掛かっていくのを補助しながら様子を見る。


 ――落ち着け。落ち着いて対処すれば何とかなる。三下よろしい考えだけども、数ではこちらが勝っているんだし。[ЯU㏍∀ルカ]さんだって、いつかは限界が訪れるはず。


『無茶やって落ちないでよ』

『ボーナスで強化されてんだ、そう簡単には崩れないだろうさ』


『……そんじゃ、任せたよ。終わったらまた繋いでねぇ』


『慢心して足元掬われなきゃいいけどねぇ』と残して、VCから外れる[シトリー]。……嫌な言葉を残して行くのはやめてくれませんかね。


『ここが正念場かね……』


 普通に考えれば、まず負けることはない。そう、普通に考えれば――

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